第六章【技術者は一寸の光陰軽んずべからず】

第56話【退屈な日常を壊してあげることが、私から貴方に提供する最高の利益よ】

 夢を見た。


 自分ではないゼーレ・アップヘンゲンという人物が、アインツィヒ、ウテナ、ストラーナ、ミウリア、ファルシュ、ユーベルとも出会わず、メーティス学園に行かず、何事もなく、普通に生きていた。


 大したことがない。

 何の面白味がない、普通の人生。


 何が楽しいのだろうとゼーレは思った。


 自分ではないゼーレも、楽しくない訳ではないが、何か決定的に欠けているものがあると感じていたらしい。


 彩りのない人生に彩りを付けようと企んだのか──とにかく、刺激が欲しかったのだろう。


 何の偶然なのか、夢の中のゼーレは、デリットという人間と出会った。


 冬休みに、行ったことがない国に行ってみようと、ローゼリア王国に旅行に行ったときの出来事だ。


 そのとき、夢の中のゼーレは、彼を唆した。


 好きな相手を手に入れたい彼に、確実に手に入るが、心身が病む方法を、かなり遠回しな方法で提示した。


 あくまでも小説の話。

 ちょっとした雑談での出来事。

 夢の中のゼーレはオススメの小説の内容を口にしただけ。


 その結果、デリットがどうなったのか分からない。ただ、彼は真面目に検討している様子だったので、実行したのかもしれない。


「──私に協力してくない? そこの貴方」


 ミウリアだけど、ミウリアではない少女が、突然夢の中のゼーレに声を掛けて来た。


「退屈な日常を壊してあげることが、私から貴方に提供する最高の利益よ」


 ミウリアはこんなことを言わないため、このミウリアは、夢の中のゼーレ同様、ミウリアではない別の何かなのだろう。


 見た目がミウリアにそっくりの別人。


「私と一緒に犯罪組織を滅茶苦茶にしましょう」


「まだいいって言ってないんだけど」


「言ってないだけで、提案に乗るつもりはあるのでしょう? なら、意見を聞く必要なんかないじゃない」


 強引で傲慢だが、妙に惹かれるものがある──と、夢の中のゼーレは、そう感じたらしい。


「もし、そうだとしても、デメリットが大きかったら、流石に引き受けられないよ」


「そうかしら? 人を見る目がある私から言わせれば、全然そうは思わないんだけど。だって、お前、日常がぶっ壊れることを心底望んでいるのでしょう?」


「……見る目ないよ、アンタ」


「私がそうすると決めた以上、そうするのよ。例えお前の言う通り、私に見る目がないのだとしてもね」


「組織をぶっ壊すって言っても、具体的にどうすればいいんだよ。普通は出来ないでしょ。たった一人をぶっ殺すならまだしも」


「だからお前を選んだのよ、非日常のためなら命すら惜しくないお前を」


「そんなこと言われましても」


「まあまあそんなことを言わずに、私が所属する組織を一緒にぶっ壊しましょうよ。絶対に退屈させないし、面白い思いをさせてあげるから」


「学校があるので、学校が始まる前に終わらせてくれると約束してくれるなら、協力してもいい」


「大丈夫、一週間あれば終わるから」


 夢の中のゼーレは、夢の中のミウリアそっくりの少女の手を取った。


 そこで夢は終わった。

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