当時中学生だった私が初めて会ったお兄さんの言う通りにしていたら、人生が詰みかけた話

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自分の体は大事にしましょう。


 20年前の夏の日、とある事件が起きた。

 人様の面前で、自らの下半身を露出した者が現れたのである。


 犯人は、私。

 そこまで自分が善良な人間だとは思っていないが、その頃の私はまだ中学生。そんな破廉恥なことをするほど、落ちぶれてはいなかったはずなのに。


 ではなぜ、そんな馬鹿なことをしてしまったのか。その経緯を少し書いてみようと思う。



「こ、これ欲しい!!」


 夏休みを謳歌していた当時の私は、テレビで流れていたコーラのCMを見て思わず声を上げた。


『応募シールを集めて、ビーズ入り巨大クッションを当てよう!』


 私の目が釘付けになったのは、今でも家具店で販売している、あの人をダメにする系のクッションである。


 しかしあの頃はまだ市場にはそれほど流通しておらず、誰もが羨む素敵アイテムだった。


 恥ずかしながら、私はそのクッションにひと目惚れしてしまったのだ。


 あのクッションさえあれば、古民家カフェを数段ボロくしたような見た目の我が家も、少しはオシャレになるかもしれない。


 そう思った私は居ても立っても居られず、小銭を握りしめてスーパーに駆け出した。



 だがクッションを手に入れるには、大きな難題が立ちふさがっていた。


 キャンペーンは夏休み前から開始しており、応募までの猶予が残り少なかったのである。よって私は、夏休み中に大量のシールを集める必要があった。


 残されたタイムリミットはあと3週間ほど。だが、クッションのためには覚悟を決めねばなるまい。


「お母さん、ちょっと相談があるんだけど……」


 親にお小遣いの前借りを頼み込み、どうにか軍資金を得た私は毎日のようにスーパーへ走る。


 こうして私のコーラ漬けの夏休みは始まりを告げた。



 だが開始わずか数日後で問題が発生。

 予定のペースよりも、まったくシールが集まっていなかった。というのも――。


「もう、飲みたくない……」


 当然と言えば当然なのだが、四六時中飲んでいたせいで味に飽きたのだ。


 基本的に甘いモノは好きな私だが、さすがに限度というものがある。


 ずっと飲み続けていると、あの甘ったるさで脳が溶けそうになるのだ。クリスマスにイチャつくカップルを見た時のように、私の体に拒否反応が出始めた。



 ――だがここで諦めたくはない。


 自室に並ぶペットボトルを眺めながら、私は勇気を奮い立たせる。


 仕方ない、なにか別の方法を考えよう。

 そうだ。甘いのが嫌なら、しょっぱいものを食べればいい。


 そう、まさに逆転の発想(?)である。


 こうして私はポテチや某有名チェーンのバーガーをローテーションで食べながら、コーラを飲み始めた。


 甘いとしょっぱいを繰り返せば、どうにか飲み続けられる。余計な出費が増えた分、財布には厳しいが致し方あるまい。


 唇を噛み締めながら、コーラを啜る毎日。無限とも思えるコーラ地獄にどうにか耐え続けていた。



 だが神様は私を見放さなかった。


 この時期限定でビッグなバーガーを食べると、なんと割引チケットがもらえるキャンペーンが始まったのだ。このバガチケさえあれば、次の日に再びバーガーを低価格で買える。


 まさに神の思し召しである。ありがとう、コーラの神様。


 こうしてこの日本に、コーラを片手にバーガー店を毎日訪れる、妖怪バガチケ小僧が爆誕した。


 そうした日々を2週間ほど続けていると、カウンターで注文をせずともお金を払うだけでビッグなバーガーが出るようになった。


 クーポンも見せずに割引きにしてくれた。なんとも優しい店員さんである。ちなみに私をバガチケ小僧と名付けたのは、このお姉さんである。ゆるさん。



 途中で「別にコーラを無理に飲まずとも、取り敢えず先にシールだけ集めれば良くない?」とようやく気が付いたのだが、習慣とは怖いものでコーラとバーガーを摂取する生活はダラダラと続いていた。


 この頃にはコーラの扱いにも慣れ、コーラを砂糖の代わりに入れた煮豚や煮魚を作って遊ぶという余裕も見せ始める。


 残りキャンペーン期間はあと一週間ほどだが、このままいけばタイムリミットにはなんとか間に合いそうだ――。


 そうホッとしたのも束の間。第二の試練が私の元を訪れた。




 ある日の晩。

 私は翌日に友人たちと映画を見に行くため、早めに布団の中に入っていた。


「踊る大捜査線の新作、楽しみだな~」


 なんて考えながらウトウトとし始めていた私を、強烈な痛みが襲った。


「い、痛い! お腹が痛い!!」


 それもただの腹痛ではない。

 今まで味わったことのない激しい痛みだ。


 食べ過ぎか? いや、いつもの(バーガー1個とコーラ1本)しか食べていない。


 変な物でも食べたか? いや、いつもの(バーガー1個とコーラ1本)しか食べていない。


 なのに下痢や嘔吐が止まらない。

 レインボーブリッジを封鎖する前に、自分のお口が全然封鎖できない。


「誰か助けて――」


 しかし家族はみな寝てしまっている。

 どうにか横になって朝になるのを待とう。額に脂汗が滲む。夜明けまでが異様に長い。



 ――ちゅんちゅん。


 布団の中でひたすらお経を唱えているうちに朝になり、外が明るくなってきた。


 庭でラジオ体操のイントロが流れ始める。

 この時ばっかりは、朝からやかましい祖母に感謝した。


「ばあちゃん、助けて。腹が痛い……」

「あん? 正露丸でも飲んで寝とけ!」


 ダメだこのババア、正露丸と赤チンさえあればどうとでもなると思ってやがる。


(この婆さんはその2つだけで100歳近くまで生きたので、実際なんとでもなったのだが)これだから戦時生まれは無駄にタフで困る――。


 思わずそんな悪態をつきたくなるのを我慢し、今度は母に助けを求めた。


 必死の説明により、同じく正露丸を飲んどけと言う母をどうにか説得(目の前でゲロゲロした)して、自宅の車で病院へ。



「うーん、盲腸かなぁ。なにか夏休み中に不摂生なことでもした?」


 ベッドの上で息も絶え絶えになっている私に、医師はそう問いかけた。


「び、ビック○ックと……コーラを……」


 思い当たることを正直に答えたつもりだった。しかし痛みで呼吸もままならず、なかなか言葉にならない。


 口をパクパクさせながらどうにか捻り出すように説明したのだが、その姿はどう見ても死に掛けなまな板の鯉。涙を流しながらマ○クのメニューを連呼する、コイキ○グと化していた。


「だ、だすげて……」


 私の渾身の命乞いに、医師の隣にいた看護師の口からヒグッ、という人生で一度も聞いたことがないような呼吸音が聞こえた。


 その時の私の目は思いっきり見開いていただろうし、寝不足でかなり血走っていたと思う。そんな恐ろしいモンスターが、ベッドの上でジタバタしているのである。


 こっちは必死なんだから笑ってないでどうにかしてくれとは思ったが、今思えば朝から水揚げされた無様なコイキングを見せられたわけである。看護師さんの立場からしたら、たまったものではない。同情の意を表する。



 医師は震えた声で再び、「どうしてそんなことをしたの?」と訊ねてきた。


 そう言われても自分自身、なぜこんな目に遭っているのか分からない。どうしてもなにも、私はただクッションが欲しかっただけである。


「おぼぉおぇっ」


 別のことに意識ソースを割いたせいで、残り僅かな理性で抑え込んでいたモノが限界を超えた。


 私の口から、ハイドロポンプが噴き出した。おかしいな、コイキ○グの技じゃないぞ。モンスターとしてのレベルが上がって、進化したのだろうか。


 お次は下半身から”はかいこうせん”を繰り出そうとする私を見て、「一刻も早くコイツとはさよならバイバイしないとマズイ」と思ったのか、医師は他の患者よりも先に私をX線検査に回してくれることになった。



 さて、それこそが悲劇のキッカケである。


 すぐさまレントゲン室に連れ込まれたのだが、私は室内を見て絶望の表情を浮かべた。


 この病院には、立って撮影する古いタイプの機械しかなかったのである。


「じゃあ、私はあちらの部屋から指示を出しますので。言われた通りにしてください」


 少し神経質そうなレントゲン技師のお兄さんは私にそれだけ伝えると、私のカルテを持ってさっさと隣の部屋に移動していった。


 とてもクールである。冷たい印象というより真面目な職人気質といった印象で、決して悪い感じはしない。


 しかし大丈夫だろうか。レントゲン技師さんはカルテにある「盲腸疑いの患者」という情報しか得ていない。いかに私が危険なモンスターなのか、知らないのだ。


 自分で説明できたらよかったのだが、「あー」とか「うー」しか口にできていない私はもはやアンデットタイプのモンスターにクラスチェンジしており、おおよそ人間としての機能をはたしていなかった。


「はい。じゃあ、お腹の撮影をするので服を脱いでもらえますか」


 スピーカーから淡々とした声が聞こえ、部屋を隔てるガラス越しに技師のお兄さんと目が合った。


 撮影室には私一人で、着替えを補助してくれる人はいない。今さら助けてくださいとも言いにくい雰囲気だ。



 ――耐えろ、耐えるのだ私。


 腐ったコイキングになってしまったけれど、お兄さんにまで迷惑を掛けたくはない。


 私は分別のあるモンスターでいたいのだ。お兄さんに言われた通り、私はその場でそそくさと服を脱ぎ始めた。


「ぶ、ぶふぉっ!」


 下着を脱ぎ終わったと同時に、スピーカーからくぐもった音声が流れた。


 機械の故障か?

 そう思った私はすっぽんぽんの状態でそちらに目を向ける。クールなお兄さんは、真っ赤にした顔をそむけていた。



 どうしたんだろうか、彼も盲腸になってしまったのだろうか。


 しかし申し訳ないが、私もそろそろ限界だ。早く終わらせてほしい。


 下半身を丸出しにしたまま、奇怪なゾンビの動きでお兄さんに近寄っていった。


「あの、私を撮影してもらえますか」


 その言葉を掛けた瞬間。お兄さんは口元を押さえ、うずくまりながらプルプルと震え出した。


 多少なりとも頭がイカれてなければ、お兄さんは「下着姿になってもらえますか」という意味で言ったのだと私も理解できただろう。


 しかしゾンビ頭だった私は何も考えずに受け取った言葉通り一糸纏わぬ姿となり、真面目なお兄さんに私の粗末なギ○ラドスを披露してしまったのだ。


 その後、どうにか服を着直して撮影をしてもらったとは思うのだが、直後に盲腸の摘出手術が決まり、全身麻酔で眠らされた影響かあまり記憶にない。


 だが術後の検査をするたびに


「服は下着までで大丈夫ですからね」


 と一言添えられるようになったので、おそらく私のカルテには何かしらの特記事項が記されていたと思われる。いわゆる前科一犯というわけだ。


 次にその病院で露出行為をしたら、私は入院ではなく牢屋で過ごすことになるかもしれない。くれぐれも、健康には気を付けていきたいものである。







 ちなみに入院が長引いたせいで、コーラのキャンペーンには間に合わず。退院後、部屋に転がるペットボトルたちを見て崩れ落ちたそうな。




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