とある魔法使いの簡単だが素敵なお仕事

蒼井星空

とある魔法使いの簡単だが素敵なお仕事

僕の名はシン。シン・ラインハルトだ。


このアスガルド皇国において、もっとも優勢なラインハルト公爵家の三男。


本当はもっと長ったらしい名前に加え、栄誉ある称号も持っているが、まぁ今は置いておこう。


この国には至る所に魔法障壁を作り出す魔道具が安置されている。


その点検と修理が僕の仕事だ。


凄いだろう。これができるのは僕しかいない。


魔法障壁を作り出す魔道具は、古の魔道具である。


多くのものは触れることすらできない。


なぜ僕だけがそんなことができるのかはおいおい語ろう。


ここでは"僕がすごい"ということだけ、覚えておいてもらえればいい。


そう、僕はすごいんだ。


容姿に自信はないけども...




この旅は長い。国内には約100もの魔法障壁が存在する。


そのすべてに当然ながら発生させる魔道具がある。


その安置場所は、皇都にある皇城と都市を囲む城壁、公爵領都、歴史ある貴族の城、砦などの軍事的建造物、王や重鎮が乗る海空の軍艦、竜の宮、重要な港湾、月の門、星の神殿などだ。


ん? いくつか不思議な言葉が混ざってるって?


それはそうだろう。ここはそういう世界だ。




この世界の歴史は古く、軽く1万年は遡れる。


それだけの間、記録が残されているということだ。


神も存在するし、わかりやすいところで行くと竜や悪魔もいる。


獣耳の娘? もちろんいる。


獣耳のおっさんも......需要ないとか言うな。わかってるよ。


お前は獣耳に興味あるかって?いや、普通に存在する種に対して特別な感情などない。


僕には最愛の妻もいるわけだし、浮気など......ない!


間があったとか言うな。ころさ...脱線させないで涙




そう、この世界には魔法があって、神がいる。


楽しいよ? 魔法は。


とても興味深い。奥も深い。複雑だし、工夫しがいがあるし、未知も多い。


スキルと組み合わせれば、自由度も高い。


スキルってなんだって? うん、やめとこう。


ここでは説明しない。短編なんだから。


魔力があって、スキルがあれば、魔法が使えるということだけ覚えてくれ。




僕はこの国でもっとも大量の魔力を持ち、もっとも優れたスキルを持ち、


そのスキルを活かして複雑な古代の魔法障壁を生み出す魔道具の持つ構造を読み解いたり、


干渉することができる。


そのため、皇王様の命のもと、国内を旅して順番に点検している。


なにせ、これができる人間は300年ぶりだ。


ん? どういう意味かって?


魔法障壁を生み出す魔法具を点検して治せる人間はそれだけ少ないということさ。


魔法障壁を生み出す魔法具自体は基本的に長く使える。


1,000年以上動いているものも世界には存在する。


しかし、長く使うと構造の一部が破損したり、おかしな魔力が溜まることで


機能が低下したりといったことが起きる。


だから、点検は重要だ。


そして、破損部を修理し、溜まった淀みを掃除する必要がある。




僕にとってはそんなに難しいことじゃない。


難しいのは同じことの繰り返しで面白みが薄れてくることだが、その対処もばっちり。


ムフフ......


気持ち悪いとか言うな。


誰だって楽しくなるさ。


最愛の妻と一緒に旅をし、各地の名所や名品を楽しみ、給料も高いし、


名誉もある。最高じゃないか。


妬むやつはいるけど、明確に敵対するものは少ない。


というか国内でそれをやったら生きていけない。


なにせ魔法障壁は盾なのだ。


隣国からの侵攻、悪魔たちの攻撃、場合によっては天災から身を守るための盾。


それが魔法障壁だ。


たとえ神でも、5級神クラスの攻撃であれば防ぐことができる


逆に敵対国などからは狙われることもある。


でも大丈夫。僕は強い。




移動手段は何だって?剣と魔法のファンタジーなら馬車か?


それならお尻が痛くなるだろうって?


あっはっはっはっは


そんなことにはならない。


そんなわかりやすい苦痛。一般庶民なら(ごめんなさい、決して貶めてません)ともかく、


この名誉ある仕事をこなす地位の高い僕にそんな苦痛が降りかかると思うのか。


移動手段は様々だ。騎獣もあれば、空船もあるし、海船、馬車もある。


いずれにせよ、技術と魔法の粋を集め、快適なものになっている。


最高だよね、膝枕とかって


今?


今はされてない。ハニーは寝てるから。僕の膝の上で。


お前がやらされてるとか言うな!


最高だろ。好みの顔の寝顔。ねぇ僕の心も飛んでるよ?いいのかな?


明るい茶色味を帯びた金髪をなでる。


とても華やかだ。愛らしいほっぺをつんつんしたい。




「エンブレイズ様! そろそろ到着します。ローゼンバーグ城が見えてまいりました!」


「ありがとう。予定通りですね」


「はっ!」


「それでは着陸を頼む」


「かしこまりました!」




......エンブレイズって誰だって?


僕だ。


僕の名は、シン・ウィルヘルム・エンブレイズ・フォン・ラインハルト。


魔法障壁を治すことができるのはエンブレイズだけ。


僕は魔法技術を磨き、試練を突破してエンブレイズとなった。


祖先の霊たちに認められ、エクストラスキルを授かり、そして今それを活かして生きている。


真面目に、丁寧に。




そろそろ僕は行くよ。


妻を起こさなきゃ。


......どうやって起こそう。


これやっぱ男の夢だよね。美人さんを起こす。


キスしようか......〇〇を〇もうか......


女の敵ではない。相手が嫌がらなければ。


よし、いや、うーん。どれにしよう。やっぱりお......


「ん? あっ。ふぁ~あ...おはよう、シン♡」


起きてしまったorz




「おっ、おはよう、ラフィリアさん」


ヘタレとか優柔不断とか言うな(T_T)


この日差しのような暖かい笑顔を見れるだけで幸せだ。


「もう、相変わらずね。ラフィとかでいいのに。リアちゃんとかでも」


幸せだ。


「そろそろ到着するよ。つかまってて」


「うん。ありがとう♡」


気を取り直して...深い深い奈落の底から天上まで這いあがった僕に


しっかりしがみついてくれる美しき妻...


最高だ。




(閑話休題)




「よく来てくれた。シン!」


「お久しぶりです。お元気そうで。この度はお世話になります」


気さくに挨拶してくれる熊みたいなおっさんに恭しく挨拶する僕。


熊の後ろにはたくさんのゴリラたち。


ん?この状態の僕のどこが偉いんだって?違うんだ。しょうがないんだ。


これは僕のおじさんなんだから。


おじのローゼンバーグ公爵だ。名前......なまえ......namae......


僕の母はこの熊みたいな公爵の妹、だから彼は僕の伯父だ。




「そこまでは久しくないだろう。君の結婚式ぶりだ。いや、もう3年前か」


3年の結婚生活を経てそんなに初々しいのかとか言うなよ。


僕の妻は天使で女神で子猫ちゃんなんだ。愛おしくてしょうがない。




「はい。3年ぶりです。それでは見せていただいても?」


「そう急ぐ必要もなかろう。そろそろ夕食時。今日はゆっくりして、明日からお願いしたい」


「ありがとうございます。しかし、性分でして。


 後回しにするとその間楽しめないのです。見るだけでもいいので


 見せていただけると助かります」


「まじめだな。わかった。こちらは歓待の準備をしておこう。その間に......それでは頼む」


「ありがとうございます。行こう、ラフィリア」


「はい」


僕も妻も完全な仕事モードだ。偉いだろ?


まだ飛んでいくわけにはいかない。




「待ってくれ。ラフィリア殿もか?」


熊が何か言っている。


当然だろう。僕の妻は天使で女神で子猫ちゃんなんだから。


「はい。私は助手ですから、一緒に見せていただきますわ♡」


えーと、ごめんなさい。


僕の助手でもあるからです。


でも、そこで愛嬌を振りまく必要はない。振りまく相手は僕だけでいいんだ。


「わかりました。それではお願いします。ご案内せよ」


「はっ!」


熊を残して......正確には熊とその部下のゴリラたちを残して僕らは地下に降りる道を案内してもらう。


案内の人は中肉中背の普通の男性だ。文官なのだろう。


わかっていると思うが、ゴリラは武官だ。


ここは人間の国アスガルド皇国。獣人は少ない。




「これはすごい」


地下深くに存在する魔法障壁を生み出す魔法具が安置された大きな部屋。


このローゼンバーグの城の歴史は古い。


今から1,500年ほど前に建てられたものとされ、歴史の中で魔法障壁の魔道具が置かれた。


誰が造ったものかはわからない。


神なのか、悪魔なのか。きっと竜ではないと思う。エルフはありえそうだ。


まぁ、置かれて以降、この場は守りの拠点となり、長く長く使われてきた。




「破損もなく、きれいな状態ですね」


「本当ですか?」


「ええ。間違いなく」


この魔道具はきれいだった。ローゼンバーグを表す色は赤。あざやかな赤だ。


この場に漂う魔力も赤やピンクを帯びており、それが流れ込むこの魔道具はとても綺麗だった。


魔道具の状態をほめただけなのに、なぜか案内の人は嬉しそうだ。




「......」


そしてなぜか僕の天使の機嫌が下がった。


なんで?


「見てごらん、ラフィリアさん」


「確かに綺麗だよね(棒)」


なんでや!


「ただ、淀みはありますね。300年も経つので当然ですが」


僕は案内の人に伝える。


淀みはあった。明日からこれを取り除き、魔力の流れを整えるのが僕の仕事になる。


簡単な仕事だ。こんなに綺麗にしてくれるとこばっかりだったらもっと楽なのに。


違う理由で泣きそうだけども。




「では、明日からはお掃除ですね(棒)」


天使をなだめる方が難しい気がする。そもそもなんで怒ってる?


あれか......助手的に役割がないからかな。




「ラフィリアさんもやってみる?


 破損もなくきれいな状態だから掃除の経験を積むにはいいと思う」


「わかった(棒)」


違ったorz




女心はわからない。


基本奥手というか、魔法にすべてを費やしてきたため引きこもり気味だった僕には


女の子の心の機微はわからない。ということでよろしくお願いしたい。


誰によろしくだって?もちろん妻にだ。お前らなんてどうでもいい。




「それでは、状態は確認できたし、明日からの仕事も決まりました。


 掃除だけだから2, 3日もあれば終わります。


 きれいに使ってくださっていることへの感謝を私が示したことも含めて、公爵に報告願います」


「わかりました! エンブレイズ様にお褒めいただき恐縮です」


うん。髪の毛ほども僕のテンションには影響を及ぼさないけども、案内の人は喜んでくれている。


まぁ、エンブレイズの称号はそれほど重いというか、荘厳なのだ。


いや、称号が荘厳って意味わかんないけども。あれだよあれ。


えーと、うん。まぁいいや。


僕には妻の機嫌の方が大事だ。




この部屋の光景はやっぱりきれいだ。魔力の流れが赤い奔流となっている。


赤く輝きながら魔道具に流れ込む魔力と、その射線にない場所の暗い影。その陰影。


深みのある銀色の美しい魔道具のフォルムもあって、とても綺麗で幻想的だ。


掃除しているとき、きれいなんだろうな。この赤い奔流の中にたたずむ天使......最高だな。


「掃除しているとき、きれいなんだろうな。この赤い奔流の中にたたずむ天使......最高だな」


「本当?嬉しい♡」


よし!


頑張っていこう。いや、頑張れる。まだまだやれる。最高すぎる。




僕らはあてがわれた部屋で腰を下ろす。


もちろん隣だ。密着している。


「シン。ちょっと暑いよ」


「ごめん」


そう言って僕は小さな風の魔術を行使する。あ~気持ちいい。


「気持ちいい♡でもそうじゃなくて、ちょっと離れて」


何が駄目だったんだorz




落ち込む僕に妻は言い放った。


「あっ、ごめん、そうじゃなくて。まだお風呂も入ってないし、


 お昼寝起きだったから汗がにおうかと思って」


くんくんくんくんくん


「ばか!」


殴られた。でも、心は飛んで行った。




さて、気を取り直して。


熊が......違った、。伯父上が歓迎してくれるらしい。


身だしなみを整えるために僕は自分と妻にクリーンの魔法をかけ、


正装に身を包む。


親族なので略礼装ではあるが。


久しぶりに会う従兄弟たちは元気だろうか。


みんな熊になっていないだろうな。




「では行こうか」


「うん♡」




簡単な仕事をして、天使で女神で子猫ちゃんな妻とともに旅をし、


美味しいものを食べ、きれいな景色を見て、時には親族と交流する。


さらに給料は高い。


最高すぎるだろう?


前世からの善行に感謝するとともに、来世以降に対価を払わされそうで怖い。


どうしよう、蟻に生まれ変わったら。






エンブレイズの旅は続く。


それはそれは大きな歴史の中の小さな出来事。


しかし、未来は壮大で、凶悪で、でも慈悲がある。


これはそんな未来に続く歴史の一幕。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある魔法使いの簡単だが素敵なお仕事 蒼井星空 @lordwind777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ