第29話 墓参り
窓から海の匂いのする風が吹き込んでくる。太陽が砂浜に照りつけ、その凹凸に濃い影を作っているのが部屋の中に居ても見てとれた。窓辺の机には、林檎が一つ乗っている。
何の拍子にか、第一王子が言った。
「知っていたか、僕たちは母上は違っても父上が同じなのだから、みんな兄弟なんだ!」
「ぼく知ってる。兄弟は助け合うんでしょ?」
第二王子が答えて言う。
「そうだよ。だからこの林檎も三人で分けて食べよう。」
「あれ、切ったら四つになった。」
「仕方ないな、レイルに二つあげるよ。ぼく、小さい子に優しくするんだ。」
「ありがとう、にいさまたち。ひとつサガンにあげてもよいですか?」
********
レイルは寝台の中で目を覚ました。窓からは早朝の光が細く差し込んでいる。
ずいぶんと懐かしい夢を見た。そういえば昔そんな事があったが、ずっと忘れていた。
第一王子と第二王子は王宮で育ったが、レイルは海辺の屋敷で育った。今になって思えばレイルの母親の身分が低いためだったが。
先ほど夢で見た、海辺の屋敷に遊びに来ていた幼少の第一王子と第二王子と交わした会話を、複雑な気持ちで思い返した。
第一王子と第二王子は亡くなり、王位を望んでいた訳でもない自分が王位に就こうとしている。
一体どこでボタンを掛け違えてしまったのだろうか。周囲を取り巻く大人達は三人の兄弟を権力の道具にしたがったが、当の兄弟達は顔を合わせる機会は少ないものの、取り立てて仲が悪い訳ではなかった。
レイルはため息を吐くと、顔を洗うために寝台から起き上がった。今日も忙しい一日が始まる。
********
キリトがいつもの様に異能の力の訓練をする部屋に入ると、カゼインは言った。
「訓練に入る前に、少しお話ししたい事があるのです。」
カゼインは何かを思い悩む様に目を閉じた。ややあって目を開けると、キリトの左手首に巻き付いた腕輪を見つめて言った。
「レイル様と正式にご婚約された今、お伝えすべきだと思ったのです。」
「何でしょうか?」
「キリト様のご両親のことです。 ...キリト様のご両親は、お二人とも異能の持ち主でした。」
キリトは目を見張った。初めて知る事実だった。
「特にお母上は異能の力が強く、先代の王に重用されていたと聞いております。」
カゼインはキリトの反応を確かめる様に、キリトの顔を見ると続けた。
「ですが先王は、あまりに強い力に恐れをなし、だんだんと異能の衆を遠ざけ、ついには強硬派に唆されて無実の罪を着せて処刑するようになりました。」
「そんな...」
「キリト様のご両親も、先王によって処刑されたと記録に残っています。」
「....!」
「いずれキリト様のお耳にどこからか話が入るよりは、私の口からお話した方が良いと、思ったのです。」
カゼインは顔の皺を深めて苦しげな表情をしている。
キリトは何と言っていいか分からず、無言のまま部屋を後にした。
********
キリトはレイルの執務室に居た。
レイルは、青白い顔をして突然部屋を訪れたキリトを見ると、執務の手を止めて人払いをして言った。
「何かあったか?」
「レイルは知っていたの?僕の両親のこと。」
「…ああ。イズノールから王宮に戻った後、カゼインから報告があった。」
「…そっか。」
「…王族が憎いか?父が、…俺が。」
「…正直、よく分からない。両親の顔を見たこともないから。」
「すまなかった。」
「…どうして謝るの?」
「先王が異能の衆を遠ざけ迫害する事を止められず、キリトの両親も殺されてしまった。」
「…レイルは僕の両親に会ったことがあるの?」
「いや、会ったことはない。俺は子供時代、別の場所で育ったんだ。王宮に住まいを移した時には、既に異能の衆の迫害が始まり、多くは殺され、残った者は各地に身を隠した後だった。」
「...そっか。」
キリトは顔を俯かせ、表情は読めない。しばし沈黙が流れた。
「...異能の衆の共同墓地があるんだ。キリトの両親もそこに埋葬されている。…一緒に墓参りに行かないか?」
キリトは少し躊躇った後で頷いた。
********
異能の衆の共同墓地は、王宮の外れの背丈の低い木々に囲まれた場所にあった。水色の小さな花があちらこちらに咲いて、蝶々が何匹か空を舞っている。
墓石は、子供の背丈程の四角い石にびっしりと細かい文字が刻まれたものだった。
レイルはカゼインも墓参りに誘い、レイル、キリト、カゼインの三人でこの場所にやってきた。
レイルとキリトは墓石の前に並んで立ち、片手を胸に当てて俯くと目を閉じた。
初夏の風が花々を揺らしていく。
並んで墓に参る二人の後ろ姿を見て、不意にカゼインの胸中に、過去に見送った異能の衆の者達との思い出と、悔恨の思いが去来した。
先王は異能の衆を重用し、やがて恐れ強硬派に唆されて処刑し、晩年になるとまたその力に惹かれて傍に置くようになった。第一王子、第二王子もまた異能の力を手に入れようとし、意のままにならないと悟ると殺そうとした。
自分を慕ってくれた者、まだ幼かった者、友と呼べた者。救う事ができずにこの手をすり抜けていった沢山の命。
「レイル様、キリト様、お話ししておきたい事があるのです。」
墓参りを終えた二人にカゼインは言った。レイルとキリトは顔を見合わせた。
「レイル様は私の異能の力をご存知ですな。」
「ああ、知っている。」
「キリト様はまだご存じありませんでしたな。少し、お見せしましょうか。」
そう言うとカゼインは小枝を拾って地面に紋様を描き始めた。
やがて紋様が完成すると、カゼインは無言で立ち上がった。
「?」
どこからともなく蝶々が飛んできて、地面に羽を広げて止まった。
見るともなく見ていると、蝶々の羽の模様がだんだんと動き、やがて人の顔のようになった。
「これは...!」
そして、その人の顔の口がパクパクと動き「レイル様万歳!キリト様万歳!」と甲高い声を上げた。
「さあ、ここまでです。」
カゼインは言うと、ぱんと手を叩いた。
「私の異能は、幻覚を見せること。」
キリトが驚いて目を丸くしていると、カゼインは言った。
「...さて、ここからが本題です。第一王子と第二王子が刺し違えて、都合よくお二人ともが亡くなるなどという事が、そう簡単に起こると思われますかな?」
「カゼイン、まさか...」
「左様。私は身の危険を感じてイズノールに身を隠す前、一枚の紙を配下の者に託しました。その紙には、私の力を込めた紋様が描いてありました。第二王子が刀を抜いて斬りかかってくる幻覚が見える紋様です。」
「なんだと...」
「第一王子、第二王子の二人が揃った場で、第一王子にその幻覚を見せれば、どういう事になりましょう?結果として、お二人は斬り合いを始め、お二人ともが命を落とすことになりました。」
「それは、本当か。」
キリトが見上げると、レイルは青ざめて険しい顔をしていた。
「なぜ、俺達に話した?」
「二人揃って墓参りをしてくださったあなた方に、誠意を見せたかったのが一つ。もう一つは、我々異能の衆を蔑ろにすればどのような事になるのか、知っておいて欲しかったのです。」
「俺を脅すのか。」
「いいえ、私はレイル様にこの命が尽きるまでお仕えすると誓いましょう。ですが、レイル様にも誓って頂きたいのです。異能の衆を迫害するような事はしないと。」
レイルは険しい顔のまま黙っている。流れる重い沈黙とは裏腹に、暖かな日差しが降り注ぎ、温んだ風が三人の間を渡っていく。
「少し、時間をくれ。」
レイルが苦しげな声で言った。
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