第13話 盟約
小高い丘を背景に草原が広がっている。丘の麓に集落と思われる建物の屋根の連なりと、煮炊きの為であろう煙が見て取れた。細い煙が幾筋も風にたなびいて、曇りがちな空へと溶けていく。
腰まである茶色い髪を風に遊ばせ、旅装の男が立っている。手には何故か子供をぶら下げている。歳の頃は六つほどだろうか。
首根っこを掴まれ片手で軽々と持ち上げられて、じたばたと足を動かす子供に、長身の男は言った。
「おまえはこの辺りの土地では力が強くなるのだな。」
男はニヤリと笑い、言葉を続けた。
「丁度良い。盟約といこう。この地で私の為に力を使うと誓え。」
男をキッと睨み上げて子供が叫んだ。
「まずは手を離せよ、タコ助やろー!!」
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子供の大声に驚いてキリトはハッと目を開けた。途端に自分が夢を見ていたことに気づく。
一行は王都まであと半日という辺りまで来ていた。休憩の最中で眠りこけてしまっていたらしい。
「無理をせずにもう少し寝ておけ。疲れが出たんだろう。」
レイルが目を覚ましたキリトに言った。旅の間に少し伸びた茶髪を耳に掛け、筋張った太い首筋を覗かせている。キリトは何となく眩しいように感じてレイルから視線を外した。
「あと半日歩けば王都だ。風呂に入れるぞ。」
サガンが笑って言う。旅の道中で街道脇の宿屋に泊まる事もあったが、たらいの湯で布を絞って体を拭くか足湯がせいぜいだった。
「お風呂!お風呂!」
とふざけてはしゃいで見せると、皆一様に笑顔を見せた。
休憩を終えて歩き始めると、遠くに見えた王都の街の影が段々と近づいて大きくなってきた。街の背後に見え隠れする丘の形に奇妙な既視感がある。更に歩き進んで丘の全貌が見えてくると、今朝夢で見た光景と重なった。
夢ではこんなに立派な街ではなく小さな集落だったが、やはり同じ場所のように思われた。
王都の擁壁の門をくぐると、街並みの向こうに王宮が見えてきた。灰色の石を積み上げた基礎の上に白く優雅な塔が数本聳え立ち、ドーム型の中央の建物を囲んでいた。青く晴れた空を背景に白い壁が輝いて見えた。
初めて見る王都に、キリトは物珍しそうに首をあちこちと巡らせた。
コルドールが配下を走らせて先に知らせてあった為だろう。一行は止められることもなく城壁の門を通過すると王宮内に入った。
出迎えたのは宰相だという三十歳頃に見える男だった。珍しい灰色の髪を肩あたりまで伸ばし、目の色も灰色だった。
「レイル様、到着をお待ちしておりました。ご無事で何よりです。」
「トルガレ、お前が宰相になったというのは初耳だ。」
「第1王子、第2王子の事件の顛末の責任を取って、先任者が辞任したのです。」
ため息をつきながらトルガレが言った。心なしか目の下に隈ができ服もよれている。事件があってから多かったのだろう苦労が体に滲み出ていた。
二十日程の間一緒に旅を続けてきた一行はここで解散となった。寂しそうな顔をするキリトに、
「そんな顔をするな、またすぐに会えるさ。」
とコルドールが言った。そういうコルドールも他の面々も少し寂しそうな顔に見えた。
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トルガレはレイルとキリトを王宮の一室に通すとお茶を振舞った。キリトがそろりとカップに口を付けてみると、苦さと仄かな甘味が口に広がった。すごくいい香りがする。
「話は伺っています。あなたがキリト様ですね。」
一口お茶を飲んだ後、物珍しげに部屋の中を見回すキリトにトルガレは声を掛けた。
レイルは当然のような顔をして、二人掛けの椅子のキリトの横に座って長い足を組み、口元に微かに笑みを浮かべながらキリトの様子を眺めている。
落ち着かない様子のキリトを見てトルガレは、
「まずは王宮内を案内しましょうか。」
と提案すると先に立って歩き始めた。
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王宮の中心のドームの金色の細工に囲まれた入り口を入ると、すぐ右側の壁に肖像画が飾ってあった。
腰まである茶色い髪に緑の目、銀色に輝く鎧を着けて、上から差し込む光を受けて斜め前方を睨んでいる絵だ。面差しはどこかレイルに似ている。
更に、今朝夢で見た男と、そっくりそのままであった。
まさか今朝の夢は、夢見の力によって見たものだったのだろうか。
肖像画をじっと見つめるキリトの為にトルガレが説明を始めた。
「これは我が王国の初代の王の肖像です。」
目に驚きの色を浮かべるキリトに、コルドールは続けて言った。
「今から遡ること三百年程の建国の折、初代の王が異能の者と盟約を結んだ為、異能の力は王家の血を引く者に対して、強く働くと言われています。キリト様がレイル様の傷を癒した時も、力が強く働きはしませんでしたか?」
キリトは驚きながらわずかに頷いた。自分やロベルトの傷は上手く治せなかったのに、レイルの傷は完全に治せたのはそのせいだったのだ。
「初代の王と盟約を結んだ異能の者は、当時まだ子供だったと言われています。王に相見えるや否や、その威光に感銘を受け地面に膝を着き頭を垂れると、王とその子孫の為に力を使うと誓いの言葉を述べ、それを寿ぐように小鳥が歌い天からは光が降り注いだと伝えられています。」
今朝見た夢と大分違う様子に、キリトはううんと唸った。
もしかすると伝承や言い伝えというのは、こんな風に伝わっていく内に事実と異なっていくのかも知れない。
「王都の辺りでは異能の力は強くなるのですか?」
今朝の夢を思い出してキリトは聞いた。
「その通りです。キリト様は既にお気づきになられたのですね。」
三百年も前の盟約の場面を夢で見たのも、王都に近づいた事で夢見の力が強くなったことが原因なのだろうか。
今日は長旅でお疲れでしょうから、というと疲労の色が濃い宰相は執務室へと戻っていった。
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