第6話 ふれあい
「あんた可愛い顔してるな。俺と一晩遊ばないか。」
ぼんやりと歩いていたのが駄目だった。キリトが気づいた時には、人通りの少ない道でガラの悪い酔っ払いに腕を掴まれていた。
「は、離して。」
振り払おうとするが、強い力で引き寄せられる。酒臭い息が顔にかかる。どうしよう、と恐怖に身を竦ませたところで頭上から声がした。
「手を離せ」
眉間に皺を寄せ怒った顔をしたレイルだった。
レイルが酔っ払いの腕を掴み足を払うと、男は音を立てて地面に転がった。
「なにしやがる」
唾を飛ばしながら大声を上げて向かってくるのを一瞥すると、レイルは男の鳩尾に拳をお見舞いした。そう強く殴ったようには見えなかったが、男は泡を吹いて地面に蹲った。
「行こう」
レイルはキリトの手を取り歩き出した。
自分より一回り小さな手に触れて、レイルは自分の中に何かが灯るのを感じた。
「レイル、あの、ありがとう」
ずんずんと手を引いて歩いていくレイルに、慌てた様にキリトが言う。
「助けてもらうのは、これで三度目だね。何かお礼をしないと。」
風がひとしきり吹いて、二人の髪を靡かせていく。
「じゃあ、ハグっていうのは?」
「は、ハグ?」
黒い目を丸くして聞き返すキリトに、レイルは我慢できなくなってキリトの腕を引いて建物の間の小道に入った。自分の腕の中にキリトを閉じ込める。
黒い髪が鼻先にあった。長い睫毛を瞬かせて、先ほど酔っ払いに絡まれた恐怖からか、寒さからか、かすかに肩を震わせている。想像したよりも線の細い体を抱いて、知らずに押さえ込んでいた劣情が吹き出すのを感じた。
「まずいな」
キリトが見上げると、レイルは手のひらで口を覆って顔をそらした。
********
なんとなく気恥ずかしい様な気持ちのままキリトとレイルが宿に戻ると、サガンと共に初老の男が待っていた。
「お久しぶりですな、レイル様。」
「カゼイン、無事だったのだな。」
「サガンから話は聞きました。そちらが異能のある方ですね。」
カゼインと呼ばれた男は、白髪混じりの茶髪で60歳くらいに見えた。顔中に刻まれた皺がこれまでの経験の過酷さを物語っているようだ。
「まずは異能を見せて頂きましょうか。」
カゼインが眉間の皺を深くして言う。
レイルは腰に下げていた長剣をわずかに抜くと、キリトが止める間もなく自分の指を切ってしまった。レイルの指に血が伝う。
「キリト、力を見せてくれるか。」
キリトはレイルにそう言われると、覚悟を決めた様に僅かに頷き、レイルの手に自分の両手をかざして目を閉じた。
手が熱くなりレイルに向けて膨らんだ力が吸い込まれていくようだ。以前と同じ様に目の前が明るくなり花弁が舞う。
目を開けるとレイルの指の傷は無くなっていた。
「なんと、紋様も詠唱もなく、跡形もなく傷を癒したと。」
カゼインが驚きの声を上げた。
「ついでに夢見の能力者ときている。」
サガンが言うと、カゼインは低く唸って目を閉じた。何かを思い出すように目を開くと虚空を睨んだ。
「私に代替わりする以前に、そのような力を持つ子供が居たという話を聞いた事があります。奇跡の子と呼ばれていましたが、先王と一部の強硬派による混乱のうちに、いつのまにか姿を消してしまったと。あまりの能力の高さに秘密裏に葬られたのではないかと噂されていたのを覚えております。」
カゼインは厳しい顔のままキリトを見た。
「あなたは、これまでどう過ごしてこられたのです?」
「ロベルトという名の養父に育ててもらいました。ロベルトがこの冬に亡くなってからは一人で過ごしていました。」
キリトがそう言うのを聞くとカゼインはまた唸った。
「ロベルト、彼が。そうですか...」
カゼインは何かを考えながら顔をレイルに向けると言った。
「我ら異能の衆は、レイル王子、あなたに付きましょう。」
「それは...」
レイルとサガンが驚いた顔でカゼインを見る。願ってもない話だった。
「第一王子も第二王子も我ら異能の者の力を恐れて無理やり従わせようとし、自分に従わないと分かると今度は遠ざけるばかりか、あまつさえ殺そうとした。実のところ我らにはあなたの他に選択肢はないのです。それに加えて癒しと夢見の力を持つ奇跡の子があなたに付いた。これで、話は決まりですな。」
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