07

 この状況になってようやく、アヤちゃんは部屋着に着替えるのを受け入れた。


 マナティのプリントティーシャツにハーフパンツ。その上にカーディガンを羽織って戻ってきたアヤちゃんは、二本目の缶ビールを手にしながら、ローテーブル前に腰を下ろした。


「で、なんだよ話って」


 ソファーからアヤちゃんを見下ろしながら聞いた。


「この前話した、お姉ちゃんの将来について覚えてる?」


「ああ、あの世迷い言ね」


 うんざりしながら肩をすくめた。


「なに、まだ諦めてないの?」


「リンに言われた後ね、改めてVチューバーのことを調べて反省したんだ。みんな頑張ってやってることを、お姉ちゃん軽く見てたんだって」


「わかったならいい」


 アヤちゃんの殊勝な態度に、つい面食らってしまった。


 なんの心境の変化があったのか。悔い改めるなんて、アヤちゃんらしかぬ心がけだ。


 でも、アヤちゃんだってバカではない。むしろ頭はいいほうである。人気Vチューバーになる絶対的な方法なんて、いくら調べても見つかることはない。でもそれを調べる内に、Vチューバーで食べていく難しさはわかったのだろう。


 Vチューバーを軽く見ていた。界隈のファンから見たらブチギレ案件かもしれないが、軽い気持ちでなにかを始めてみたい、という思い自体はあってはならないものではないはずだ。


 メジャーリーグで活躍する野球選手を見て、野球を始めてみた。手軽に投稿できる小説サイトから大ヒット作が出て、小説を書いてみた。大好きなゲーム配信を見て、ゲーム配信を始めてみた。


 アヤちゃんがVチューバーで食べていこうと思うと言い出した動機は、それらと根っこは変わらない。


 ただ今回ばかりは、始めるハードルが高すぎる。始めてからはもっと大変だ。


 始まる前から自分で調べてわかっただけでも、アヤちゃんにしては上出来――


「どんなキャラクターで売り出していくかも決めずに、なにがVチューバーで食べていこうと思う、だよね。だからちゃんとね、今回は考えてきたんだ」


「本当に反省してんのか?」


 Vチューバーになることを諦めていなかったアヤちゃんに、眉間に深いシワが刻まれた。


「これ」


 するとアヤちゃんは、自分のスマホを渡してきた。


 受け取り画面を見ると、純正のメモ帳アプリが開かれていた。びっしりと文字で埋め尽くされている。


「お姉ちゃんね、TS設定のキャラでやっていこうと思ってるの。男とかいらない! 可愛い女の子こそが正義! って売り込めば、安心してファンになって赤スパ投げられるでしょ?」


「ほんと見積もり甘いなアヤちゃんは」


 ここまでいったら才能である。もちろん、浅はかさのだ。


 どんな浅はかな設定なのかと、アヤちゃんが書いた駄文キャラ設定に目を落とした。




・ヒィコ・ナーヴェ


大学三年生、渡辺彦之介はある日目が覚めると、六歳の幼女の身体になっていた。


調べていく内に、ここは中学二年生のときに出会い、今も大好きなゲーム、『くらき虚飾の黎明期トワイライト』、通称クラトワの世界だと知った。


今の自分は、昏き乙女の実験体。本編では出てこないで無名のキャラクター。このまま実験体として使い潰されて死ぬはずだった存在だった。


彦之介はその豊富なゲームの知識を使って、昏き乙女の実験を成功させた。その手にした力を振るって、この組織を滅ぼした。


なによりも愛したクラトワの世界。


誰よりも愛した魂の嫁キャラ、ユリアがいる。


ただしユリアはクラトワではメインヒロインのライバル。どのルートでも必ず死を迎えるキャラクターである。


それを覆すため、渡辺彦之介改めヒィコ・ナーヴェとして、魂の嫁キャラの最高のハッピーエンドを目指すのだった。




 最後まで読み終えると、頬が引きつっているのを自覚した。


 ただ、酷いものを見せつけられたからではない。


 同じ酷いでも、既視感を覚えたのだ。いや、思い出したのだ。


「アヤちゃんが前になろうで書いてた、小説のキャラじゃないか!」


「昔取った杵柄ってやつだね」


 アヤちゃんは誇るように胸を張った。


 一週間でエタった小説のネタを引っ張り出して、なぜこんな顔ができるのか。わけがわからなかった。


「よりにもよってランキングにも乗らなかった、クソ小説のネタを使い回すな!」


「リンったら酷い! お姉ちゃん、一生懸命考えて書いた小説なんだよ!」


「なにが一生懸命だ。異世界転生TS百合ものアニメを見て書いた、ただのテンプレ欲ばりセットじゃないか!」


 よくもまあ、今になってこのネタを引っ張りだせたものだ。


 まさに恥知らずの蛮行である。


 そして恥の代わりに詰め込まれたなにかが、アヤちゃんの頬を膨らませていた。


「で、でも……! オリジナリティがあって面白いです、って感想書いてくれた人いたもん!」


「ああ、あれは僕が書いたやつだから」


「……え」


 アヤちゃんの目から光が失われた。


 当時の僕は中学二年生。厨二病に犯されるがまま、高二の姉が書いた小説が胸に刺さったのだ。マジで神作品だ! 我が家に最高の文豪が生まれた!


 というわけではない。


「ブクマ1すらつかずに、可哀想だったからね」


「えーん、そんなこと聞きたくなかったー!」


 二年越しに明かされた真実に、アヤちゃんはテーブルに突っ伏し泣き出した。


 これで少しは恥というものを覚えてくれればいいのだが。


「わざわざ黒歴史を掘り起こすからこうなるんだ。これに懲りたらVチューバーになるのは諦めろ」


 弱ったところにしっかりと釘を刺したのだ。


「Vチューバーを舐めんな!」


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