第2章〜Everything Everyone All At Once〜⑮

 ブルームの話しにうなずきながらも、あらためて彼女に託された小さな木製の楽器に目を向けると、


(連邦政府とやらは、よくこんな物騒な機器に使用許可を出したな……)


と感じざるを得ない。


 そんなオレのようすに気づいたのか、上級生の姿をした連邦捜査官は、説得するようにこんなことを言ってきた。


玄野くろのくん、怪訝な表情をしているけど、私たちのセカイよりも、貴方たちのセカイに近い場所でも、このコカリナは使われていたみたいよ?」


 そう言って、彼女はスマホを取り出して、SNSの『ミンスタグラム』のアプリを起動し、ディスプレイにあるユーザーの投稿を表示させた。

 

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 ooshima_yumiko 


 今日のプールは、とっても楽しかった!

 時間が止まったと思うくらい一瞬、一瞬が充実してた!


 不思議なんだけど、ホントに時が止まったように感じる瞬間があったんだよね 

 夏海が首に掛けてたアクセと関係あるのかな? 

 

 #夏のプール

 #ビッグパトス

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「えっ!? ビッグパトスで?」


 オレは、思わず声をあげる。

 

 その書き込みには、たしかに、オレが手にしているコカリナという楽器と同じ木製器具が写った画像が投稿されていた。


 ビッグパトスとは、オレたちの通うこのあいらんど高校から、新交通システムのマリンパーク駅を挟んだ向こう側にある夏季限定営業のアミューズメント・スポットだ。

 まあ、平たく言えば、ウォータースライダーなどが揃った巨大なプール施設なのだが、まさか、自分の住む街で、そんな空想科学や現代ファンタジーじみた現象が発生していたとは思わなかった。


「祖父によると、このコカリナを譲ってくれた知人は、同じモノをお孫さんに授けると言っていたそうだから、その授けられたコカリナが、どこかの使われた可能性はあるのよね」


 自分自身を納得させるように、独り言のように語るブルームの言葉を聞きながら、彼女が示した投稿と関連の高い内容を眺めていると、こんな書き込みも見つかった。


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 ooshima_yumiko

 JRの駅前にあるカリヨンの伝説って知ってる?

 このカリヨンの音が奏でられている間に、駅前のペデストリアンデッキで恋人同士がキスをすると、『永遠の愛』が約束されるんだって!

 とっても、ロマンチックだね!!


 #カリヨン広場

 #フランドルの鐘

 #カリヨンコンサート

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 自分が元いたセカイでも、同じように都市伝説じみた言い伝えがあったような覚えがある。


 そのウワサ話を聞いた中学生のとき、冬馬とうまと一緒に、このエピソードの元ネタが、古い映画なのか、テレビゲームなのかを議論した覚えがある。

 結局、どう話し合っても結論は出なかったが、その都市伝説の出どころが、こうしたSNSの書き込みに端を発しているなら、答えが出ないのも当然のことかも知れない。


 ともあれ、自分が暮らしていたセカイと同じような価値観を持ったセカイが他にもあることを肌で感じることができたことで、やはり、自分の住むセカイだけでなく、他のセカイの存在も尊重しなければならない、という想いが強くなる。


 そして、もしも、他のセカイに住む自分自身と価値観を共有できるとしたら――――――。


 あらゆるセカイを統合しようと目論む『ラディカル』のメンバーの考えを変えることもできるのではないか?


 そんな想いを抱き、の住人であるふたりにたずねてみた。


「オレは、結果的に異なるセカイの自分に迷惑を掛けることになってしまったけど……ブルームやゲルブは、どんな風に、そういう危険を回避している? トリップしたセカイに住んでいる自分とはどうやって、折り合いをつけているんだ?」


 その方法を知った上で、これからは、異なるセカイにトリップする時にも注意深く行動するようにしたい。


 そんなオレの想いが通じたのか、ゲルブが、感心したように大げさにうなずきながら、ホクホクした笑顔で応じる。


「ボクらのやり方に興味を持って参考にしようと考えているんだね。なかなか殊勝しゅしょうな心がけじゃないか。ボクらのセカイで、トリッパーとして認められるには特殊な手術を受けないといけない、と言ったけど、それは、脳の記憶領域を増幅する内容なんだ」


「なぜ、そんなことをする必要があるんだ?」


「キミが言ったためだよ。この施術のおかげで、ボクらは、脳の記憶容量を増やして、トリップしたセカイの自分の記憶や価値観を同期したり、共有することができるんだ。異なるセカイの自分の価値観を知るというのは、捜査官という肩書きを持つトリッパーとして、必要不可欠な要素だとボクは思ってる」


「なるほど……それなら、『ラディカル』のメンバーとは、価値観が合わなさそうだな……」


 苦笑しながら、そう応じると、「そうだろう?」とゲルブもニコリと微笑む。

 その笑顔は、オレが良く知る親友・黄田冬馬きだとうま面持おももち、そのものだった。

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