幕間その1~Not Ready to Make Nice(イイ娘でなんていられない)~前編(下)

 その日の二時間目の授業科目は、体育。

 

 バレーボールの授業のため、体育館に移動し、ネットを張り終えるなど準備を整え終わった頃、不意に周囲から視線を感じ、背後からクスクス、という笑い声が聞こえたような気がした。


 一時間目の教科書のこともあり、視線に過敏になっているだけか、と思い直して、準備体操のあと、数名のグループに別れて行うトス練習を始めたんだけど……。

 同じクラスの新堂さんと鈴置さんとグループになり、ボールをトスしようと構えると、


 バシンッ!


という音に続いて、背中に強い衝撃を感じた。


「ッ!!!!」


 声にならない声をあげて、後ろを振り返ると、わざとらしく語る女子と、彼女に合わせてクスクスと笑う二人組の姿があった。


「ごめ〜ん! 手が滑っちゃった〜」


 自分の所属する三組とは違うクラスなので、ふたクラス合同で行う体育の授業くらいでしか面識がなかったが、こちらに顔を向けながら悪びれもせず、ニヤニヤという表情を崩さないのは、四組の中井なかい野本のもと平田ひらたの三人だった。


 一緒に練習の準備に入っていた進藤さんと鈴木さんは、ボールが転がるのも気にせず、オロオロとした表情で、ワタシと三人を交互に見ている。


「そう……気をつけてね」


 なるべく、表情を変えずに三人に告げたあと、自分のグループの二人には笑顔を作って、


「ゴメンね! 練習を続けよう」


と、声をかける。

 

「う、うん……」


「そうだね……」


 気をつかいながら、お互いに視線を交わしている彼女たちは、自分とは違う小学校から山の手中学に進学してきているので、まだ、人となりなどの細かなところはわからないが、きっと優しい性格なのだろう。


 二人に迷惑がかからないように、トスの練習を続けながら、ワタシは考える。


(もしかして、教科書の落書きも、同じクラスの男子ではなく――――――)


 明らかにこちらに敵意を向けてきた三人も、新堂さんと鈴置さんと同じく、ワタシとは違う小学校だったので、彼女たちの性格は、まだ良くわからない。


 それでも、自分が、彼女たち三人から目の敵にされる理由については、残念ながら、容易に想像がついた。

 直接か間接かはわからないが、おそらく、ワタシが、告白を断った男子たちの誰かに、その原因があるのだろう――――――。


 ただ、理由が判明しても、こうして、直接的な行動で敵意をぶつけられると、やはり、気持ちが沈んでしまう。


(桜花センパイには、『女子から人気を得られるようにしてほしい』って言われているのに……)


 告白を断った男子から恨みを買うのは仕方ない、と思っていたが、まさか、女子から、こんな風に、敵意を向けられるとは思っていなかった。


 ゴールデンウィークの間、ワタシは、放送部の活動日が少ないこともあって、SNSで90万人以上のフォロワーを持つ、女子高生インフルエンサー・瓦木亜矢かわらぎあやの配信動画を参考にしたりして、自分なりに女子にウケる(あるいは、少なくとも嫌われない)話し方を研究していた。

 

 それらの努力もムダに終わりそうだ。


 そのことが何より悲しく、桜花センパイの期待に答えられない自分が不甲斐なさが、情けなかった。


(ワタシたちの放送番組が始まるまでに、自分でなんとかしないと……)


 週末には、第一回目の放送が、校内に流れることになっている。


(その時までに、いまの状態が続いていると、番組にも、放送部にも迷惑がかかってしまう……)


 そう考えたワタシは、放送部の活動に参加する前に、三人と話しをしておこうと覚悟を決めた。


 ※


 週末までには、どうしても、体育のときに絡んできた三人と話しをつけておきたい、と考えたワタシは、昼休みに隣の四組を訪れ、放課後に話しがしたいということを伝えて、約束を取り付けておいた。


 この日、自分に身に降りかかったことは、放送部のセンパイたちに知られるわけにはいかなかった。


 こんなことで、新しい番組の出演が取りやめになるのはゴメンだったし、上級生から同情を買いたくなかった。


 そして、なにより、放送部に迷惑がかかるようなことだけは、絶対に避けたい――――――。

 

 頭のなかでは、その想いだけが、グルグルと回ったまま、ワタシは放課後を迎えていた。


 放課後になって、四組の三人と合流すると、ワタシは、話し合いの場所として人目につかない駐車場を選び、彼女たちをその場所に誘った。


「私たちに、何の用なの?」


「これから、部活に行かないとなんだけど?」


「話しがあるなら、早くしてくれない?」

 

 駐車場に着くなり、口々に不満を表す言葉を吐く三人に対して、ワタシは、感情を押し殺しながら、


「ワタシに悪いところがあったら謝るし、なんでもするから、どうか放送部には、このことを言わないでほしい……」


と、口にする。

 しかし、こちらの要望を述べた言葉は、逆に彼女たちの感情を刺激してしまったのか、


「はぁ? ナニ言ってんの?」


「あんた、自分がナニしたかわかってる?」


と、さらに、非難の言葉が浴びせられた。


 そして、二人が言い終わったあと、最後の一人はニヤニヤしながら、自分にとって、絶望的なセリフを口にした。


「ずいぶん、放送部のこと気にしてるみたいだけどさ〜。あんたのこと、放送部のボックスに意見して入れといたから」


「『放送部1年の佐倉桃華の声がムカつく』って書いてね」

 

「!」


 あいらんど中学の放送部では、元号が平成から令和に変わっても、放送室前に設置されたリクエストボックスに、手書きのメモを投函するというカタチで、昼休みに掛ける音楽のリクエストを募っていた。


 さらに、このリクエストボックスは、非公式ながら、放送部に対する要望を受け付けることも黙認している。

 彼女の言葉を耳にした瞬間、思わず身体がこわばるのを感じた。


 もし、彼女たちが投函した内容をセンパイたちが重く受け止めたら――――――。


「なに? このコ、マジでビビってない? ウケるんだけど」


「謝るって言うけど、何について謝るの? 自分が谷口くんにしたこと、わかってんの?」


「そうそう! 謝るなら、ここで、土下座してみろよ!」


 自分が彼女たちにそうした行為を行う必要などないことは、少し考えればわかるはずなのだが、『放送部』のことを口にされたとたん、冷静でいることはできず、ワタシは、駐車場となっている砂地の地面に膝をつき、頭を下げる。


 さらに、額を地面に近づけると、


「ちょっと可愛いからって、調子にのってんじゃねぇよ!」


と、一人が声をあげて、足を前に蹴り出すと、


 ザッ――――――


という音とともに、砂が頭に掛かってくるのが感じられた。


 その理不尽な仕打ちに胃から苦いものが込み上げ、視界が滲むのを感じる。


 ただ、その瞬間、聞き慣れた声が、ワタシの耳に入ってきた。


「おいおい、なにがあったんだ? こんな場所で、おだやかじゃね〜な。ウチの一年の部員が、なにかしちゃったか?」


 その声に気づいたのは、ワタシだけではなかったようで、三人の女子は、一斉にそちらに視線を向けて、


「ハァ……!? 誰ですか、あなた?」


と、口にする。

 その苛立ったような言葉づかいに対して、突然あらわれたセンパイが、続けて語りだす。


「オレは、放送部二年の玄野くろのだ。今朝、放送部のリクエストボックスに校内からの貴重なご意見が届いていてな……自分たちの放送をより良くするため、投書してくれた生徒に詳しい話しを聞かせてもらおうと、こうして放課後の校内を回ってたんだ」


 そう言ってから、彼が、紙切れを取り出した途端、三人のクラスメートたちの顔色が、サッと変わったのがわかった。

 その反応に手応えを感じたのか、センパイは、さらに語り続ける。


「あと、ウチら放送部の部長は、生徒会長も兼ねてるんだけど……あいらんど中学の生徒会は、生徒指導の先生と一緒に『いじめ防止』にチカラを入れててな……たとえば、道徳の教科書に落書きなんかされてたら、すぐに先生を通じて、書いた人間に弁償してもらうことになってんだ。あっ、ゴメンな! なんの関係ない一年に、こんな話しをしてしまって」


 彼が、とぼけた調子で語る言葉を言い終えると、三人の顔は、いよいよ青ざめていった。

 そして、言葉を発することができない彼女たちに向けて、彼が語りかける。


「引き止めてしまって、スマンな……ウチの後輩が迷惑をかけて申し訳なかった。部活の始まる時間だし、用が済んだなら、浅倉あさくらを連れて行っても良いか?」


 そう言い放つと、三人は、


「私たちも、クラブに行かなくちゃなんで……」


「これで、失礼します」


浅倉あさくらさんも、それじゃね……」


と言って、足早に駐車場から去っていった。

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