第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜④

 目の前に母親と(オレ自身の認識は別にして、少なくとも、この世界では、そういうことになっている)同居人が居る手前、オレの記憶にある病院のベッドの時と同様、あわてて右上の角に小さく表示されたバツ印をタップして、スクリーンを消す。


 片手をフワフワと動かすオレの仕草に、少し戸惑った表情を見せたものの、二人は、オレの顔色が悪くないことを察したのか、しばらくようすを見てから病院に行かせるべきか判断しよう、と決めたようだ。


「相談は、後にするから……お兄ちゃんが正気に戻ってたら、また夕方に部屋に来てもイイ?」


 そうたずねるももに、「もちろん!」と答えて、二人が自室を出たことを確認し、オレは再度、後頭部をなでる。


 意図したとおり、青く美しい惑星があらわれたことを確認したオレは、ついさっきタップした箇所から少し左下の位置にあるバツ印に触れて、惑星がひとつだけ表示されていた全体画面を閉じ、いくつもの天球が表示されるサムネイル画面を確認する。


 よく見ると、画面の中央の惑星を囲むウィンドウのようなアイコンの外側のふちをなぞるように、やや薄い黄色の枠線が、ゆっくりと点滅を繰り返している。


 さらに、その薄い黄色の枠線で囲われたアイコンのふたつ上の箇所には、左上に小さな緑色のチェックマークが付いていることがわかった。


 ももや親友の冬馬とうまと一緒にオレが所属している高校の『放送・新聞部』では、部室のデスクトップパソコンを使って、プリンタで印刷作業を行うことが多いが、世界的に普及しているオペレーション・システムOSのデバイス追加画面を参考にするなら、このチェックマークが、もっとも利用頻度の高いモノになっているハズだ。


 ただ、という、いま現在の状態も、キッチリと覚えておかないといけないだろう。


 思案しながら、おそらく現在の立ち位置を示す枠線が黄色く明滅するウィンドウに少し長く触れると、小さく別のウィンドウが開き、小さなのようなアイコンが表示された。


(これで、ブックマークを付けられるのか?)


 そう考えて、しおりアイコンをタップすると、名前を付けるようにうながすような横長の空白バーがあらわれた。


ももが同居人)


 脳内で、このの特長を思い浮かべると、その文字列が空白欄に、そのまま表示された。


(おっ! ここでも考えたことが、そのまま反映されるのか!? そのままでOKだ)


 そう反応すると、文字列がタイプされた横長のバーは消え去り、黄色く明滅するウィンドウの右上には、しおりが貼り付けられた。


 ためしに同じウィンドウを長押しすると、やや上の位置に透過スクリーンがあらわれ、ブックマークとともに、


ももが同居人


という文字列が表示されている。

 これで、オレが事故に遭っておらず、浅倉桃あさくらももが我が家に同居するという、自分にとっては不可思議なセカイに目印をつけることができた。


 この説明書もなければ、使用方法を検索することもできない、目の前の巨大スクリーンの使い方が少しづつ理解できてきたことに、オレは満足感を覚える。


 そして、次に自分の考えが正しいかどうかを確認する作業に移ることにした。


 オレの想像が正しければ、あのチェックマークの付いている惑星は――――――。


 そう考えながら、ブックマークを付けた場所のふたつ上のチェックマーク付きアイコンを軽くタッチすると、これまでと同じく、惑星が巨大化する。

 

 先ほどと同じように、自分たちが住む人工島の名前を思い浮かべると、地図グラフィックが拡大されていく。


 これまた、同様に、自分たちの住まう人工島の上空であることが認識できるくらい拡大されると、地図は、鳥瞰図に切り替わり、人工島の上空を周回し始める。


 そして、鳥瞰図を2D表示に切り替え、画面の右下に表示されている人型のアイコンを指でつまみ、水色で示された我が家の上空に配置する。


 すると、想定したとおり、CGのような解像度で表示されていた街並みが、一気に高精細に切り替わった。

 だが、先ほどとは異なり、オレの身に瞬間移動のような現象は起こっていない。


 周囲を見渡すが、オレ自身の記憶と寸分違わない、自室の光景が広がっている。


 急に違った場所に移動するような危険な現象が起こらなかったこと、いや、それ以上に、ここまでの自分の予測が当たっていることに満足し、オレは、ニヤリとほくそ笑んだ。


 そして、すぐに、屋内に居るであろう人物に現状の確認を取りに行く。


 二階の自室から一階のリビングに降りたオレは、キッチンで昼食のそうめんを茹でる準備をしていた母親に声をかけた。


「母さん、ももに……浅倉桃あさくらももに、オレの退院後のことって、なにか伝えてる?」


 沸騰寸前の鍋を目の前にして、額に浮かぶ汗を拭きながら、母は、いぶかしがることなく応じてくれた。


ももちゃんに伝えたのは、退院日のことだけだね。なにか言っておかなきゃいけないことでもあった?」


「そっか、ありがとう。入院中に心配かけたお詫びも含めて、必要なことはこっちから伝えておく」 


 予想どおりの答えに満足感を深めたオレは、笑顔で母に返答する。


「もうすぐ、茹で上がるからリビングで待ってな」


 そうめんを鍋に投入した母の言葉にうなずき、に戻ってきたことに安堵しながら、オレは、午後から行うセカイ探索の計画を練り始めた。

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