波乗りジョニー
@J0hnLee
4000字小説
『波乗りジョニー』
飽きもせずにずっ~と波乗り。
疲れないんだろうか?
賢人のサーフィンに付き添って私は浜辺で海を眺めている。
それはそれで大自然の恵みをもらえているような気がしてまあ良いかと思ったりもする。
波が荒い日は寒い。
寒さなんか気にせず賢人は楽しそうに波と戯れる。
夏だけにしてくれれば良いんだけどなあと思う事もしばしば。
こんなに寒いのに海から上がって来る気配はない。
「神様!早く上がらせて下さい」
とお願いしてみても通じない。
神様の役立たず!と私は不謹慎にも悪態をつく。
裕介は賢人のサーフィン仲間。
いつもつるんでいる。
裕介といる時は私はそっちのけでサーフィンの話をしている。
「俺が優勝でお前が準優勝だよな、賢人」
「なに寝ぼけたこと言ってんだよ。お前が準優勝で俺が優勝だよ」
二人とも夢みたいな事を言っている。
日本全国からサーファーが集まる全日本サーフィン選手権茅ヶ崎大会に二人は参加する。
全国から94人も参加する大会で賢人か裕介が優勝、準優勝するなんてありえないと私は
思ったが私は黙って二人の話を聞いている。
「裕介、腰が高いんだよ、そんなんじゃ安定した波乗りにはなれないぜ」
「人の心配する前に自分の心配しろ。近い所ばっかり見てるから次の波が見えてないんだ
よ賢人は」
お互い相手の短所をののしり合っているように聞こえるが助言をしっかり吸収して成⾧し
ている。
大会後、三人でバーに来た。
「やっぱりだめだったか~」
「全国大会だぜ、優勝は難しいよ」
あれだけ優勝すると豪語していた賢人と祐介はしょんぼりしている。
「神奈川県の代表として参加できただけでもすごいじゃん」
と私は二人をねぎらった。
「まだまだなんだよな?俺等みたいな若造は。ベテランの壁は厚いなあ…。でも30代40代
が引退していったら、俺たち20代がベテランになるわけだから、いつか優勝できるよな
賢人」
「バカかお前は!歳いったらみんなが優勝できるんなら優勝者だらけじゃないかよ」
「あっそうか。しかも波乗りがうまい若い奴らがどんどん増えて来るよな。祐介は賢いな2 -
ぁ」
私はサーフィンしか脳のないバカな二人の話を笑顔で聞いている。
「俺とばっかりくっちゃべってないで、茉里香とも話せよ、彼女なんだから」
祐介が気を使う。
「二人の話聞いてるとバラエティ見てるみたいで楽しいよ」
「くだらねえ話ばかりでゴメンな。ほら賢人も頭を下げろ」
と祐介は賢人の頭を押す。
「ほっといてゴメン」
「心こもってねえなあ賢人の謝罪は」
「いいのよ、ほんとに二人で話してて」
と言うと二人は一旦黙った。
その後
「なあ、祐介、俺ジョニーってミドルネームにするわ」
と切り出す賢人。
「じゃあ俺はジョージだ」
どうして急にミドルネームの話?と私は思ったが楽しいそうだったので放置。
「優勝は加山ジョニー賢人さん、準優勝は牧野ジョージ裕介さんです」
また私は蚊帳の外の人となった。
「バカヤローちゃんと歩行者見て運転しろ!」
賢人が大声で怒鳴った。
江ノ島駅前の横断歩道を渡っている時、左折車が私達二人を引きそうになった。
「ありがとう賢人。あなたが私の手を引いてくれなかったら死んでたかも」
「それにしてもひどい運転だよな。全然減速してなかったよ」
「運動神経の良さはサーフィンだけじゃないんだ。すごい反射スピードで慣れた反応だっ
たね」
「昔、事故で妹を亡くしたんだ。俺が小学二年生で妹が年⾧さんだったよ。あれから車に
対しては、過剰なくらい気をつけてるんだ。二度と悲劇を起こさないようにね」
「賢人は命の恩人ね」
「やめろよ照れるじゃないか」
全国大会が終わって賢人とのデートは少し増えた。
江の島にかかる桟橋に吹く風で秋の気配がわかる。
いつもおしゃべりな賢人が黙っている。
「どうしたの?元気ないよ」
「うん、さっきの暴走車で妹の事思い出しちゃってさ」
「ごめんね。私を助けてくれてから思い出しちゃったのね」
「茉里香のせいじゃないよ。気にするなって」
私はそれ以上何も言えなかった。
お土産物屋さんが並ぶ参道の坂を登る。
「ねぇ賢人、射的やろうよ」
「おう、俺の腕前を見せてやるぜぃ」
切り替えが早いのが賢人の良いところ。
「おかしいなあ~俺とした事が一発も当たらねえなぁ」
「心が穢れてるんじゃないの?」
私は10発中7発当たりドヤ顔を賢人に向けた。
「どうしたら当たるんだよ。教えくれよお願いだ!茉里香」
「もう何よ?当たるコツを教えてあげてもできないんだから。肩に力が入りすぎるのよ
賢人は」
「まあ、俺には向いてねえな射的は」
「究極の開き直り!お見事です」
「というわけでだな」
「どういうわけよ」
「まあいいからいいから。今度は俺が勝てる勝負をしよう」
「何でも結構ですよ私は」
「エスカー対駆け登り勝負だ」
「あなたはアホなんですか?エスカレーターは直線、江の島の上り坂は曲線です」
「サーフィンで鍛えた脚力さ。負けるわけないじゃん」
よーいドンでスタートした。
「早いなあ茉里香」
当然私の勝ち。
「私ここから見える富士山が大好き」
「ほんとに綺麗だ。今までサーフィンにかまけてたけどこれからいっぱいデートしような」
デートをしような…と賢人は言ったものの、やっぱり茅ヶ崎で賢人のサーフィン見学は
変わらない。
「今日は祐介来ないの?」
「ああ、入院したんだって」
「何の病気?」
「教えてくれなかったよ」
「これからお見舞い行こうか?」
「なんだか今は家族だけなんだって面会は」
「あら、そう」
「祐介がいないとサーフィンにも気合が入らねえよな~」
「気合が入らない時はダラダラする。その方が早くやる気が出るわよ」
「じゃあ今日はやめた」
「そうそう。若いからって無限にあるわけじゃないよエネルギーは、節エネよ」
「いつも良い事言うよな茉里香は。俺の天使だよ。天使にキッス」
4 -
賢人は私の頬にキスをした。
そして肩を引き寄せて唇にキスをしようとした。
私は賢人をはねのけて拒絶した。
「なんでだよ。大好きなのに」
「どうしてもそれだけはだめなの。許して」
「どうしてもってなんだよ」
「それは言えない。ごめんね」
「なんだかわからないけどもういいや」
賢人の気持ちはわかるけど素直に受け取ってあげられない。
沈黙が続いた。
夏のなごりの麦わら帽子が波にさらわれて漂っている。
私はそれをぼんやりながめている。
あれだけ賑わった海水浴場も人影もまばらで今は寂しそう。
賢人は虚ろな目で烏帽子岩を見つめている。
どれだけ時間が経っただろうか。
私は何も言えなかった。
賢人が
「そろそろ帰ろうか」
と自転車のキャリアにサーフボードを載せた。
風を受けて134号線を自転車で走る二人。
「祐介が死んだよ」
賢人から電話があった。
えっ…と言ったきり私は言葉が出なくなった。
「白血病らしくて進行が早かったそうだよ。祐介は誰にも言うなって家族に口止めしてた
んで闘病中は何も連絡が来なかったんだ」
「心配かけないようにしてたんだね祐介らしいわ」
その後、賢人は祐介の死から立ち直れずに家に籠もりっきりになった。
百ヶ日が済んでもサーフィンをやろうとしない賢人。
「もうサーフィンはやらないの?」
「うん」
「友達を見捨てる人でなし」
私はあえてきつい言葉を選んだ。
「俺は祐介を見捨ててないよ」
「サーフィンはやらないんでしょ、裏切りじゃん。賢人に裏切られた裕介は成仏できずに
地獄に落ちるわ。それでいいなら勝手にして」
とまたきつい言葉をかけた。
どれほど沈黙の時間が経っただろうか。
考え込んだ後
「俺が祐介を天国に行かせてやるよ」
と賢人が言った。
きつい言葉が効いたと私はホッとした。
「言い訳はやめた。優勝と準優勝は俺と祐介だ」
「じゃあ明日からまたサーフィンやるよ」
私は⿁の応援団⾧になろうと決めた。
団員は天国にいる祐介。
「こら!あきらめるな!バテるなもう一回」
海から上がろうとする賢人を追い込む。
「早く海から上がっきて欲しいなあ…賢人」
と思っていた時とは正反対だ。
「大会まであと少しだよ。ジョニーが1位、ジョージが2位なんでしょ」
我ながら私は応援がうまいとウットリする。
そして年に一度の大会の日が来た。
今年は宮崎だ。
競技が終わって結果が発表される。
優勝者発表のアナウンスが流れる。
「優勝は千葉代表、松本翔太さんです」
ガックリうなだれる賢人。
「元気だして。また来年も頑張ろう」
「祐介の分まで頑張ったから優勝だと思ったんだけどなあ」
「でも今回は94人中47位だよ。成⾧したわ。去年はビリに近かったもん」
私の役目は終わった。
私は祐介が亡くなってどん底だった賢人をここまで引っ張って来た。
私は賢人の前から姿を消した。
そして賢人の夢枕に立った。
「行かないでくれよ」
と言う賢人に私は振り向きざまに
「さよなら」
と言った。
あたふたと私を探し実家に賢人がやって来た。
私と祐介は天国で賢人の振舞いを笑顔で眺めている。
「加山と申しますが、茉里香さん帰ってませんか?」
「茉里香?家に女の子はいませんよ」
「え?」
「え?」
今度は裕介が言った。
「茉里香って荒木家の⾧女じゃなかったの?」
「見ず知らずの荒木家の住所を勝手に賢人に伝えてただけで、本当は加山陽菜っていうの。
祐介にも仮の名前で通しててごめんネ。荒木家の皆さんもごめんなさい」
「別にいいけど…うん?加山って言うと」
「そう、加山賢人の妹よ」
「幼稚園児の時に交通事故で亡くなった?」
「うん、お兄ちゃんは優しいけど心が折れやすいから助けるため地上に舞い降りた天使が
私ってわけ」
「賢人が口づけは許してくれないって言ってたのはそこなんだね」
「お兄ちゃんとキスは嫌でしょ?」
「だよね」
お兄ちゃんは今日もサーフィンの練習に汗を流す。
浜辺でコーヒーブレイクをしながら
「祐介よぉ、茉里香はかげろうみたいに消えちまったけど俺が次の大会で優勝したらまた
ひょっこり戻ってくるよな」
と季節外れの海を見つめてつぶやいた。
私は
「早く新しい恋を見つけろよ、波乗りジョニー」
と上から目線で言った。
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