滲む文字たち
海湖水
滲む体質
ぽつりぽつりと雨が降り始めた。空には暗雲が立ち込め、目の前には、スーパーのセールを知らせる張り紙があった。いつもどうり、私は張り紙に触れる。
その瞬間、スーパーの文字が滲み始めた。指を横にスライドさせると、それを追うように、軌跡の文字も滲んでいく。
いつからこうなったのだろうか。何か文字の書いている紙は、細心の注意を払って、手袋をして、やっと触れることができる。
手で触れてしまうと、紙に書いている文字が「なぜか」滲む。私に後天的に備わった、体質だった。
傘に当たる雨の勢いが強くなってきたのを感じた私は、張り紙から手を離すと家へと戻った。
雨が降ればどっちにしろ紙の文字は滲むのだ。私が1、2枚無駄にしたところで、影響なんて微々たるものだろう。
次の日の朝、私は隈を作りながら、登校していた。校門を通り、靴をしまうと、教室へと向かう。
学校では必ず紙に触れないように、注意を払って過ごさなければならない。学校の人たちには私の体質のことを一切話していないからだ。
「はぁ。私も他の人たちと話したいなあ」
私はこの体質のこともあって、あまり他の人と関わることはない。まあ、人との付き合いでこの体質が問題になることはそうないだろうが、一応は警戒しなければならない。というか、この体質がバレてしまったら、どこかの研究所に入れられたり……それだけは絶対に嫌だ。
「別に指が濡れてるわけでもないし……何で滲むのさ……。私は生まれた時からこうじゃなかったはずなのに……」
そんなことを考えながら、私は黒色の手袋をつけた。
流石に、学校でノートをとったりする以上、手袋はつけなければ話にならない。授業に集中できないこと間違いなしだ。
手袋をつけるときに、少し油断していたからか、机の上に置いていたノートに指の一部が当たってしまい、その部分の文字が滲んで、完全に見えなくなる。
そんな、ところどころに生まれる滲んだノートたちを前に、私は大きくため息をついた。
私の学校内での評判だが、別に悪くはないらしい。人と関わることがないから勉強の時間は他の人よりもとれる。
別に顔も悪くはないだろう。ただでさえ他人と関わることがないというのに、見た目で悪い印象を持たれてしまうと、たまったものじゃない。まあ、隈をよく作っているのは問題だと思うが。
そして、学校で聞く私の性格についてだが、どうやら「落ち着いていてお淑やか」らしい。
「オチツイテイテ、オシトヤカ」ねぇ。
マジで言ってる?
私の普段の生活とか、「オシトヤカ」の対極に位置してるぞ?
「……帰るか。……あの人たち、私に対して偏見だらけじゃん……」
その偏見はやめて欲しい。別に陰キャとか、コミュ症とか、その辺りの偏見なら全然良い(というか結構正しい)。別に潔癖症とか、その辺りの偏見も……まあ良い。
私はそんなことを考えながら、靴箱へと向かった。私は靴箱から手袋を取って靴を取り出す。そのときだった。
「うわぁっ‼︎」
靴箱から飛び出した紙に触れたことで、私は叫び声を上げた。
ああ、触れてしまった。こうなっては、もうどうしようもないか。さて、この紙は一体何なのだろうか。それだけは知っておいた方がいいだろ……
「…………これ、ラブレター?」
中から飛び出している手紙は既にほとんどが滲んでしまっているが、ハートのシールや、校門の前で待っているという文字によって、大体の内容は理解することができた。
「これ、誰が私に送ってきたんだろ……。どうしようかな……困った……」
しょうがないとはいえ、これはどうすればいいのだろうか。私の体質のことを話して…どうするのか?
「……まあ、ラブレターを貰ったってことは、喜んでもいいかな…?」
私の顔は半分くらいは喜んでいたが、もう半分は少しだけ歪んでいた。
全く、文字でも運命でも何でも歪ませる、迷惑な体質だ……。
滲む文字たち 海湖水 @1161222
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