第26話 請われる魔法菓子職人
「大型の首輪だけ残っちゃいましたね〜」
「というか一日で二匹も魔物を従えるなんて、ちょっと普通ではないというか……初めて見たね」
「あ、ああ……」
横にヨタヨタと歩くアサシンローウルフ改めスコーンと、肩にリトルコング改めリンゴ。
普通はこんなこと、ないのだそうだ。
第二開発拠点に辿り着くと、数人の職員が駆けてくる。
「エイリー様! ちょうどいいところに!」
「んん? どうかしたのかな?」
「王都からの……例の……」
「あ、ああ。またなにか無茶を言ってきたのかい?」
「はい。第四拠点の建設を来月までに完了させ、エリアボスの発見と情報収集をしろと……」
「はああぁ!? バカじゃないのか!? 第四拠点は次のエリアボスを倒したあとの話だぞ!? それに、エリアボスを一ヶ月以内に捜し出して情報を集めておけだと!? 数ヶ月単位で行うことを……人をなんだと思って……! ……ああああもう! どこからの連絡かな!?」
頭をぐしゃぐしゃに荒らして、エイリーが顔を赤くしてホリーとティハを振り返る。
「ティハ、そこで従魔登録しておきなさい! わからないことはホリーに聞くこと! じゃあ、私は仕事ができたから!」
「ああ、大変だな」
「い、いってらっしゃい〜」
と、手を振ってエイリーを見送る。
なんとなく、不安を感じてしまう。
歩きながらされた騎士団遠征の話の中で、実家の家名が出た。
長男が婚約した話も、時期的に間違いない。
実家がこれほど大勢の人に迷惑をかけているという事実に、胃が痛くなりそうだ。
「あの、来るんですかね、王国の……」
「あの様子だとほぼ間違いなくゴリ押しで来るつもりなのだろうな。王国側の言い分もわからないでもないし、王国騎士団が魔物掃討作戦に参加するのも問題はないのだ。ナフィラの安全を思えば、魔物はいくら倒してもいいのだから。ただ、彼らの態度がな……」
「んん……」
「不安か? 不安なら、彼らが居座る一週間はティハも家に引きこもっているといい。今のうちに食糧を買い込んで、備えておくのがいいだろう。この町の住人も王国騎士団が来る時期はほとんどがそうしている」
本当にものすごく嫌われているな、と眉尻を下げてしまう。
住民がそんな様子なので、町の機能が一時的に停止してしまうような状態だ。
領主一族としても魔物掃討作戦は歓迎だが、その態度で町が機能停止するのは頭の痛いことだろう。
もちろんなんの手も打ってこなかったわけではない。
住民への過度な横暴な態度を改善するように、王国騎士団には再三伝えてきたという。
しかし、ウォル家を中心に王国騎士団の貴族は『平民は貴族にあらゆるものを尽くすべき』という選民思想が色濃く、改善は一向に見られない。
さすがに今回はかなり強めのゴリ押しで遠征の話を進めているので、それを盾に態度の改善を国王に直訴するのではないか、というのがホリーの予想。
一番偉い国王陛下なら、騎士団を変えられるのではないか、と。
「そうですね……なにかあったら怖いんで、騎士団が来ている間は引き篭もろうと思います〜」
「わかった。では今日はもう帰って少しずつ食糧の買い込みをしよう。目的の従魔は……まさか二体も手に入れるとは思わなかったが」
「本当ですよね〜。可愛くていい子が来てくれて嬉しいです〜」
「帰ったらちゃんと風呂に入れた方がいいと思うが……風呂が無理そうなら浄化魔法で綺麗にしよう」
「あ、そうですね〜。ホリーさん、よろしくお願いします〜」
「ああ、任せろ」
まずは従魔の登録。
転移魔法陣の部屋があるからと案内される。
しかし、そこへ行く前に数人の冒険者が声をかけてきた。
「君! そこの青髪の!」
「んえ? 僕ですか〜?」
「そう、君! 君だろう!? 北部支部で魔法付与のアイシングクッキーや魔力底上げクッキーを売っている魔法菓子職人!」
「ん、んぇぇ……は、はぁ〜……」
職人と名乗ったことはないし、クッキーしか作っていないのに“菓子職人”と呼ばれることにまったく慣れない。
困惑しつつ「クッキー作ってますね〜」と言うと肩をガッと掴まれた。
驚いた顔をすると「頼む! クッキーを売ってくれ!」と叫ばれる。
「んえええ、んえええ!? あのあの、今日の分はもう完売しちゃったんですよ!? だから無理ですね〜!」
「わかっている! 販売量を増やしてはもらえないか!?」
「頼む! 魔法付与のされたアイシングクッキーがどうしてもほしいんだ!」
「頼むよ、頼む! それがないと――俺たちは死ぬかもしれないんだ」
「ど、どうしたんですか〜? えっと、事情があるなら話してほしいです」
「落ち着けお前たち。それでは意味がわからない。ティハも困ってしまう。こちらで話を聞かせろ」
「あ、うう……」
様子がおかしい。
彼らを落ち着かせて話を聞くと、彼らは領主から次のエリアボスの居場所を騎士団とともに探してもらえないかと依頼された上級冒険者たち。
それぞれ別のパーティーに所属しており、兵団の数隊と騎士団の応援のために同行を頼まれているので、どうしても魔法付与のアイシングクッキーがほしい。
それが新エリア探索から生きて帰るための綱になる。
切々とそう語られて、ティハは思わずホリーを見上げた。
ホリーは渋い表情で、こくりと頷く。
「そんなに危険なんですか〜……うーん……」
「実際未知の魔物と遭遇することが多い。だが、冒険者とはそういう未知のものと対峙することを前提とした職業のはずだ。冒険者になった時点で、その覚悟はあったのだろう?」
「もちろんだ! これでも前線にだって出る! だが……今回は準備する時間が足りなさすぎるんだよ」
「ホリーさんだって頼まれたら困るだろう? 一つでも多く生きて帰れるためのできる準備はしておきたいはずだろう!?」
「……そうだな。できる準備はするな。……ティハ、こいつらは明日には未知の領域の調査に、ろくな準備もできずに行かなければならない。彼らにクッキーを売ってやることはできないだろうか?」
ホリーの困った表情。
ゆっくりと目を伏せる。
この人たちがこんなふうに必死に縋ってくることになってしまったのは、ウォル家のせい。
(なんでこんなことを……)
彼らにとって、平民もティハと“同じ”なんだろう。
でもティハからすると彼らは自分とはまったく違う。
これもまた、彼らと自分の価値観の差なのか。
「わかりました〜。ホリーさん、お家にこの人たちを招いてもいいですか〜? 乾かしてある明日用のアイシングクッキーが、もうラッピングできるようになっていると思うんですよね〜」
「ああ、もちろん」
「それで大丈夫ですかねぇ?」
「あ、ありがとう! 恩にきるよ!」
「ありがとう! ありがとう!」
「これでポーションが多く使える! ありがとう、本当に助かるよ!」
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