第17話 休日(4)


「ただのクッキーが一枚千マリーはさすがに高すぎませんか~?」

「ただのクッキーじゃないから! 前魔法師の長年の夢なんだよ! 苦痛と激痛からの開放! それらがなくても魔力器マジックべセルズ未使用部分の拡張できる”なにか”は!」

「ん、んぇ、んぁ……は、はあ……」

 

 熱のこもり具合がすごい。

 確かに訓練の話は聞いただけで痛いけれども。

 というか、あの『爪を剥がれるような』という表現がもう痛い。

 クッキー数枚で痛みから解放され、時間はかかるが魔力器マジックべセルズ未使用部分の拡張できるなら安いもの……なのかもしれない。

 激痛と速度とお金をかけない方法を選ぶか、無痛だが時間とお金がかかる方を選ぶか。

 それは本人の自由。

 むしろ、今までは激痛一択。

 そこまでして技スキルを充実させたいと思う冒険者、兵士、騎士もいなかった。

 いままで魔力器マジックべセルズ未使用部分の拡張に興味を示さなかった層が強化できるという面が大きいのだと、エイリーが熱弁する。

 いまいちピンとこないティハ。

 その様子にホリーが「せっかくの休みだし、それなら魔法師や冒険者に試食してもらって感想を聞いてみたらいいんじゃないか?」と、提案する。

 それだぁ! とまた腕を掲げて叫ぶエイリー。

 いや、テンション高すぎる。

 

「試食会、いいな! それで冒険者たちにいくらくらいが妥当な値段かか聞いてみるといい! こんな画期的なものはこの町でしか手に入らない! 私がしっかりとプレゼンしてやる!」

「まあ、うるさいがエイリーがいれば面倒なことやいい加減なことを言う者も出ないだろう。これでもこの町のナンバー2だ」

「ん~……ん~~~……は、はあ。まあ、二人がそう言うなら……」

 

 ティハとしてはこの町のナンバー2がなんでここにいるんだろう、と思わないでもない。

 しかしそれなら準備しなければ、と大量に焼いたクッキーを小さなバスケットに並べて入れて、ポシェットにしまう。

 焼き上がったアイシングクッキー用は並べて冷ましておく。

 アイシングクッキーは冒険者拠点に卸さねばいけないので、試食用はない。

 なので、魔力底上げクッキーのみ、持って外出することに。

 

「どこへ行くんですか~?」

「今日から三日ばかり、ほとんどの冒険者は休日を取る。だが中には他の未開放エリアに稼ぎに行く者もいるし、次のエリア開放に向けて装備を整えるべく冒険者拠点北部支部に集まっているはずだ」

「北部支部は最前線の最重要支援拠点だからね。意識お高めの冒険者がいるはずだよ」

「んぇ……」

 

 と、言って二人に連れていかれたのは大通りの大きな建物。

 首を傾げて中を覗くと、ものすごい数の人が行きかっている。

 円形の建物で、中へ進むと多くの部屋があり、人が列を作っている不思議な建物。

 

「えっと、ここは……」

「転移駅という建物だ。各冒険者拠点の他に、ナフィラ領館、ナフィラ領立図書館、東西南北の大通り、ナフィラ市民病院、ナフィラ騎士宿舎、東西南北の貴族商店街――まあ、行先は色々あるが、ここに来れば町の好きな場所へ一瞬で行くことができるんだ」

「この町の外にもお金を払えば行くことだできるよ。たとえば王都。三年に一度、魔物の大氾濫……スタンピードが起こることがある。我々の努力が足らず、魔物の討伐が至らないと起こるものなのだがそれを防ぐために王都騎士団が大規模討伐に協力してくれる。そういう時や、ナフィラで討伐された魔物の素材を出荷する時などにこの駅は使われているんだ。スタンピードが起こった時に多大な被害をこうむり、復興する時やスタンピードを防ぐための防衛費……とにかくこの町は金がいくらあっても足りないからね。まあ、今年はギャビック・ピーマンボスエリアを確保できたからスタンピードが起こる危険性は限りなく低くなった。王都騎士団や近隣の兵団への大規模討伐作戦への協力は、頼まなくても大丈夫だろう。来年の予算に回せるだけで、心にも余裕ができるというものだよ!」

「そ……そうなんですね~……」

 

 次兄ヴェイルが「野垂れ死ぬのなら北のダンジョンが広いから、そこで死ね」と言っていたのか、と実感する。

 数年に一度、魔物の大氾濫――スタンピードが起こる場所。

 平和で安全な日々の裏に、スタンピードが起こらぬよう日々命を懸ける人たちがいるのだと。

 

「僕の作ったクッキー、皆さんの役に立ちますかね~?」

「立つとも! 実際、ホリーの鬼人族にしか使えない超強力な技スキルでギャビック・ピーマンボスを倒せたのだから!」

「ぐ……」

「あ」

 

 なんでお前が言うんだ、という悔しそうなホリーにやっちまった顔のエイリー。

 せっかくティハの好感度を得られそうだったと言うのに。

 

「僕みたいなのでも人の役に立てるんですね~。嬉しいです! じゃあ、えーと……どうやって行くんですか?」

「ホリー」

「え!? あ、ああ! ナフィラの町と、ナフィラ領内の村や他の町などは無料で行き来できる。が、ナフィラ領の外は有料で、距離によって価格が変わる。ナフィラ領の外へのの転移魔法陣は二階より上だな」

「おすすめは領立図書館だよ!」

「僕、文字読めないんですよね~」

「勉強しよう!」

「…………」

「思い切り目を背けるね!?」

 

 勉強は苦手なので。

 

「北部支部はこっちだ」

「はい~」

 

 勉強の話はスルーして、北部支部への転移魔方陣と向かう。

 北部支部への転移魔方陣付近は冒険者や兵士、騎士らしき装いの者が集まっている。

 手始めにここにいる者に声をかけて試食してもらおう、とエイリーがウキウキ声をかけ人を集め始めた。

 さすがナフィラ領のナンバー2。

 談笑していた部屋の中の冒険者や兵士や騎士が、すぐに集まってきて話を聞いてくれる。


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