第15話 休日(2)


 

「まあ、さすがに他人の魔力器マジックべセルズの中身まで見るには専用の魔法を使わなければいけないけれどな。というわけでせっかくの機会だからティハの魔力器マジックべセルズを見てみてもいいかな?」

「んぇ……!? は、はあ……い、いいですけど〜……」

 

 ウォル家で調べてもらったのは五歳くらいの頃。

 あまりにも熱を頻繁に出し、体調がさっぱりよくならないので両親が心配してあらゆる手を尽くして原因を調べていた結果、もしかしたら魔力器マジックべセルズ魔門眼アイゲートに問題があるのでは、ということで調べてもらうに至った。

 その時に魔門眼アイゲートが機能していないことが発覚し、屋敷の中で放置されてきたのだ。

 それ以来、調べてもらったことはない。

 今はどうなっているのか、自分でもわからないので正直なところ少し興味があった。

 実質、大人になってからは不明な状態なので。

 

「では診させてもらうよ」

「それは必要なことなのか?」

「魔力排出を手助けできる魔石道具を開発する時に、参考にする。医療行為の一環だよ」

「むう……」

 

 目を丸くする。

 医療行為?

 

(僕を、治せる? エイリー様なら? 本当に?)

 

 毎日数時間、野菜に擬似魔門を向けて過ごす日々。

 この先の人生も毎日毎日それを行う。

 それがティハの人生だと思っていたけれど――

 

(いやいや、期待しちゃダメですよ。貴族の親が早々に諦めたんですから、僕を治すなんて無理なんですよ。期待したらダメだった時がっかりしちゃいますからね〜。期待しないのが一番です)

 

 うんうん、と一人頷いてエイリーを見上げる。

 ソファーの横に立ち、親指と人差し指を立たせて右の人差し指を左の親指と合わせ、四角を作った状態でティハを覗き込む。

 四角の中に薄い水色の膜が張り、ジッとティハを観察するエイリー。

 

「なんだ、これは……こんな……これが、人間……?」

「どうした?」

「んぇ……? あの、どうしました?」

「信じられない。鬼人族並みの大きさの魔力器マジックべセルズだ。これは……っ」

 

 手を下ろすと、エイリーが急に苦しげに表情を曇らせてティハの隣に座り込む。

 首を傾げると苦々しく「よくこんな状態で……生きて……」と呟かれた。

 

「エイリー?」

「あまりにも大きい。鬼人族並みの大きな魔力器マジックべセルズ。いや、鬼人族は頑丈な肉体で巨大な魔力器マジックべセルズを利用し、身体を強化するが……ティハは人間。柔らかな全身の肉の器を圧迫しているのは、かなり苦しかろう。その上、中心部の魔力はやはり濃度がかなり濃くなっていて、結晶化が始まっているな。このまま濃度が高いまま維持されると、魔石ができてしまう。そうなった時の人体への影響は――前例がない。まさか魔物になるようなことはないと思うが……」

「んええぇ!?」

「魔物に……!? ティハが!?」

「最悪、そうなるかもしれないという話だ。人間の体内で魔石が形成された場合の影響は不明だ。魔力の濃度を上げ、圧縮し、魔石を作ることは王宮魔法研究所で成功しているけどね。うーん……魔門眼アイゲート以外で効率よく魔力排出をするには――」

 

 と、悩み始めるエイリー。

 まさか自分の状態がそこまで悪いとは思わず作った擬似魔門に視線を落として俯くティハ。

 期待はしてはダメ。

 けれど、逆は考えていなかった。

 けれど同時にすんなりと「それもそうだな」と受け入れたりもした。

 魔物以下の、疎まれるだけのゴミが。

 魔物になれるのならもう魔物以下ではないのでは。

 

(でも、人の迷惑にはなりたくないですね〜……)

 

 魔物になったら人を襲おうとするかもしれない。

 ホリーの近くにいれば、魔物になっても人を襲う前に倒してもらえるだろう。

 

(なら、このままホリーさんに見張っててもらった方がいいんですかねぇ〜)

 

 そんなことを考えて、目を閉じて小麦粉に魔力を注ぎ続ける。

 ふと、エイリーとホリーがそっと小麦粉袋を追加で持ってきた。

 

「んえ……なんですか〜?」

「今日は徹底的に魔力を排出することに注力すべきだと思う」

「睡眠で回復してしまうのは難点だが、減らせる時に減らせばいいと思う」

「あ〜〜〜〜……そう、ですねぇ〜」

 

 これは、バレるな、と目を閉じる。

 ティハが睡眠を取らなくても、魔力を回復してしまうということを。

 

(これが体質のせいなのかも、エイリー様に聞いてみるといいかもしれないですね〜)

 

 とか思っていると、減っているはずの魔力がゆっくり回復していることにエイリーが気づく。

 ティハが思っていた以上に早い。

 やっぱり貴族様は優秀なんだなぁ、と思っていたらすごい焦った表情で「どういうことだっ」と詰め寄られてしまう。

 

「今度はどうしたんだ、エイリー」

「排出された分の魔力が回復している!」

「は!? どういうことだ!?」

「えっと〜、僕寝てなくても魔力回復するみたいでぇ〜」

「魔石のせいじゃないか!?」

「んええ!?」

 

 エイリー曰く、魔物の中には戦いながら魔力を回復する個体がいるらしい。

 倒して体内から取り出すと、効果は消失する。

 つまり、体にどんな影響があるのかわからなかったティハだがその戦いながらでも魔力を回復できる個体と同じタイプの魔石が体の中に形成されている可能性が高い、と。

 

「それではいくら排出しても、回復してしまうということなのか!?」

「ぐっ! 魔法師としては羨ましすぎる体質というか……いや、体内に魔石がある影響と思えばそれは体内に魔石を取り込めば、私にも同じことができるという証明にもなるわけだが……ティハの場合は命に関わる問題。逆になにかこう、魔力をずっと別なところに流せるようにしたらいいのでは……いや、まず魔石を魔力器マジックべセルズ内から取り出すことが先決なのでは……ってそんなことできるのか!? 魔力器マジックべセルズから取り出すことができれば私の魔力器マジックべセルズの中に取り込むことも可能になる! 魔法学に新たな進化の一ページが……」

「おいコラ途中から完全に私欲に染まっているぞ!」

 

 なんか自問自答が始まった。

 ここまでポジティブだと羨ましくなる。

 

「でも体外に出たらその魔石、効果無くなっちゃうんですよねぇ〜?」

「そうだったっ!!」

「そもそも魔力器マジックべセルズに干渉することなどできるのか?」

「その方法は研究中のはずだ。魔力器マジックべセルズを成長させる研究も行われているが、結論として成長しきった魔力器マジックべセルズはそれ以上大きくならないとされている。だが、ティハのように体内に魔力回復効果のある魔石があれば、魔力器マジックべセルズを肥大化させる必要はなくなる! 魔法師界で求められ続けていた理想の答えが今目の前に!」

「落ち着け。今その話はしていない!」

 

 エイリーの脳天を殴るホリー。

 なんというか、さすがのティハも「ああ、この人こういう人なんだなぁ〜」と理解してきた。

 完全に、ウォル家の人間とは種類が違う人種だ、と。

 あまり警戒しなくていい人だと、悟った。


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