天狗の花嫁

明樹

第1話 出会い

鬱蒼うっそうと木々が生い茂る暗く細い道を、僕はとぼとぼと歩いていた。

兄ちゃんとその友達の後について遊んでいたはずなんだけど、いつの間にかはぐれてしまい、しかも今、自分がどこを歩いてるかもわからない。

ぐずぐずと鼻を鳴らし、溢れてくる涙を服の袖で拭う。だんだんと足が疲れてきて、道の脇にある大きな岩のそばに座り込んだ。


「兄ちゃん…どこ?こわいよぅ…ふぇっ」


僕がひざを抱えてぐすぐす泣いていると、突然、頭の上から声が聞こえてきた。


「おまえ、どうしたんだ?迷子か?」


僕は、肩をびくりと跳ねさせて、恐る恐る顔を上げる。そこには兄ちゃんと同じ年くらいの、綺麗きれいな顔をした少年が、身体をかがめて僕の方を覗き込んでいた。


「だ、だれ…?」


びくびくと怯えながら、彼から少し身体を遠ざけて聞く。


「俺?俺はしろがねと言う。おまえは?」 「し…しろ、が?」

「ふふ、こう書くんだ」


少年が、僕の隣の地面に小枝で字を書きだした。


「これはぎんという字だ。しろがねとも読める」

「しろ…が…、し…ぎん、ちゃん…」

「…まあ、いいか。おまえの名前は?」

「りん…えとね、こう書くの」


僕も地面に、みみずのような字で名前を書いた。


「ふ~ん、凛…ね。で、凛はなんで泣いてるんだ?」

「兄ちゃんがどこかに行っちゃった…。ここ、どこ?」


しろがねと言った少年が、頭をがしがしといて唸り出した。


「う~ん、人間はここまで入って来れないはずなんだけどなぁ。おまえがここから出るには、陽がもう少し落ちないとダメだ」


彼の言葉に、僕はまた涙をぽろぽろと零した。


「うぇ…っ、凛、帰れないの…?う…うわぁん!」


少年は慌てて、僕を優しく抱きしめてきた。


「だ、大丈夫だ…っ。俺がちゃんと連れて帰ってやるから。な?だからもう泣くな…」


少年に背中を繰り返し撫でられて、僕の涙もだんだんと落ち着いてきた。僕は、少年の胸に顔を擦り付けて、すんすんと鼻をすする。

しばらくして僕はそっと顔を上げると、「銀ちゃん…ありがと…」と言って笑った。


その瞬間、彼が驚いた顔をした後に頬を赤く染め、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。


「おまえ…可愛いな。よし、帰る時間まで俺と遊ぶか」

「うんっ!銀ちゃんと遊ぶっ」


銀ちゃんは上を向いて「はあ…やべ…」と大きく息を吐くと、僕を見て優しく笑い、頭にぽんと手を置いて撫でてくれた。

銀ちゃんは僕を立たせると、手を繋いで歩き出した。


「銀ちゃん、どこ行くの?」

「俺のお気に入りの場所があるんだ。そこに連れて行ってやるよ」

「ほんと?うわぁ、楽しみっ」


僕はにこにこと笑うと、銀ちゃんの手をぎゅっと握りしめた。

銀ちゃんもにっこり笑って、握り返してくれる。


「凛は何歳なんだ?」

「五歳!夜でも一人でトイレに行けるんだよ。すごいでしょ!銀ちゃんは?」

「俺は九才だ。おまえの四つ上だな」

「すごーい!兄ちゃんよりおっきい」

「そうか?凛もさっき、難しい名前を書いてたじゃないか。すごいぞ」

「うふふ、凛すごい?ありがと」


僕は繋いだ手をぶんぶん振って、銀ちゃんをきらきらした目で見上げた。


「ふっ、ところで凛の兄は幾つなんだ?」


銀ちゃんが楽しそうに聞いてくる。


「えっとね…八才なの。兄ちゃんはかっこいいんだよ。凛…遊んで欲しくて、いつも兄ちゃんの後について行くんだけど、たまに凛を置いてどっか行っちゃうの。今日も、凛がきれいな赤い葉っぱ集めてたら、どっか行っちゃった…」


また悲しくなってきて、しょんぼり俯くと、銀ちゃんがしゃがんで、僕の顔を下から覗き込んできた。


「でも、そのおかげで俺は凛と出会えた。俺は凛と知り会えて嬉しいぞ」

「うん…ありがと。凛も銀ちゃんに会えて嬉しい!」


そう言った僕の頬を、銀ちゃんが繋いでない方の手でむにむにと摘むと、また立ち上がって歩き出した。


僕の他愛のない話を、銀ちゃんが「うん、そうか」と返事をしながら聞いてくれている間に、いつの間にか銀ちゃんのお気に入りの場所に着いたみたいだった。

薄暗い林の中を抜けたそこは、開けていてとても明るい。

僕は銀ちゃんの手を離すと、光が射す場所に向かって走り出した。


この広場の周りを囲むように、赤や黄色い葉っぱの木が並んでいる。地面には、赤や黄色の葉っぱがいっぱい積もっていて、とっても綺麗だった。


「銀ちゃん早く来てっ。きれいな葉っぱがいっぱいだよ!」


僕は葉っぱを手にすくって、銀ちゃんに見せる。


「ほらっ」

「おう、綺麗だな。いいだろ?ここ。春には桜がたくさん咲いて、その時も綺麗だぜ」

「えーっ、すごい!凛、桜も見たいなぁ」


銀ちゃんが、僕の頭に乗っていた赤い葉っぱを手に取って、腰を屈める。


「ふっ、凛のほっぺと同じ色だな。いいよ、桜の時も連れて来てやるよ」

「ほんとに?いいの?ありがとっ」


僕は葉っぱを放り出して、銀ちゃんの腰に抱きついた。

銀ちゃんが僕の頭をぐりぐりと撫でる。

さっき会ったばかりなのに、僕は銀ちゃんのことが大好きになっていた。


葉っぱの上で寝転んだり、とっておきの綺麗な葉っぱを探したり、いっぱい話したりしてるうちに、空が赤く染まってきた。

銀ちゃんが「そろそろ帰れるか…行くぞ」と言って、僕の手を握った。


来る時はいっぱい歩いたと思ったのに、帰りはすぐに、山の入り口にある神社に着いた。僕の知ってる場所に出て、ほっと息を吐く。


「じゃあな、凛。気をつけて帰れよ」


僕の頭を撫でる銀ちゃんの腕を、慌てて掴み、眉尻を下げて尋ねる。


「銀ちゃん…次、いつ会える?凛、また銀ちゃんに会いたい」

「いいぜ。でも一つ、俺と約束するんだ。俺と会ったことを内緒にできるか?誰にも言わないと約束できるか?」

「うん、できる。銀ちゃんと凛だけの秘密だね!」

「そうだ。凛はいい子だな。俺に会いたい時はこの場所で俺を呼べ。すぐに迎えに来てやる」

「わかった!銀ちゃん、またねっ」


僕は銀ちゃんに大きく手を振ると、家に向かって走り出した。




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