怪力乱神を好まず

@fukakou_

何も無い

 父の話である。父は名うての地方新聞記者として名を知られていたということだが、一貫として、孔子曰く「怪力乱神を語らず」という言葉の信奉者だったと思う。何か事象があれば何か原因がある、そういう性情でドンドン切り込んで行ったようだ。そんな父が60歳で退職し、天下りというと語弊があるが、これまでの取材等のツテで、とある職場に勤め出してからの話である。

 丁度その頃、私はTwitter等SNSを経由してホラー小説に嵌り、各地の怪談情報やその怪異の話を読むのにのめり込んでいた。そんな中、身近に全国有数の危険怪談スポットがある事に気付いたのである。夜中行くと取り憑かれ命に関わる、近くを通っただけで勝手に車のエアコンが付くラジオがかかりだす、など、その現象は蛇口の水を捻ったが如く多々観察されているようであった。そして、そのスポットは父の現職場へ行く途中にある場所だったのだ。

 それは何時だったか確かではないが、父の職場へ私も行く事になり、夜半に家に帰宅しようかという時、丁度思い出した彼の怪談スポットの話などをしたのである。普段であれば、どんな下らない話でも蘊蓄を喋り続けるような父が、顔を顰めて

「そんな話は馬鹿げている。絶対にそのような事は無い。」

と言った後、黙ってしまった。

その時点では、毎日の通勤路で特に注意をしていなかったんだろう、と考えていたのだが、その日の晩酌に付き合った時に判明した。判明してしまったのだ。

 父は、その現象が発生した時に、取材で現地に居た、というのだ。父が、一面の地獄を見て何を思い、何を書いたのかはわからないが、そこには確かに在ったそうなのだ。怪力乱神を発生するものが。だから、その場所には何も無いのだ、と。

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