お猫様の思し召すままに
汐なぎ(うしおなぎ)
全一話
彼女には三分以内にやらなければならないことがあった
今日はデート。
前日までに選んでいた服も着た。
髪のセットもメイクもバッチリだ。
あとは家から出て電車に乗るだけ。しかし、思いのほか準備に手間取って、もう三分以内に出かけないと間に合わない。
なにせ彼女の住んでいるところからは、唯一の交通機関であるバスが一時間に一本あるだけ。これを逃せば遅刻ではすまなくなる。
慌てて出かけようとしたその時。突然、彼女の
「え? ちょっと待って!」
捕まえようとしても、猫も驚いて走り回っていて、彼女の言う事など聞ける状態ではない。そして、本気で逃げ回る猫を取り押さえることなど、三分で出来るはずもない。
「待ってってば!」
電話をすれば良かったのかもしれない。しかし、彼女は、まともな判断力が奪われていた。
「待って! 走り回らないで!」
ティッシュを持って必死で猫を追い回す彼女。逃げ回る猫。
それから格闘すること二十分。なんとか猫を捕まえるが、部屋の中は
彼女は、このまま出かけようかとも考えた。それでも、確実に一時間の遅刻だ。しかし、帰宅した後のことを考えるとこのまま出ていくのがためらわれる。
それになにより、彼女が整えた髪も、メイクも崩れまくっているのだ。おまけに服も汚れてしまっている。
彼女は途方に暮れた。
片思いの彼に猛アタックをしまくって、なんとかこぎつけた初デートなのだ。もう、正常な判断力など失われている。
床に手をついて
「どうしよう」
その時、スマホが鳴った。彼からの電話だ。絶対に怒っている。
「ごめんなさい。えっとえっと、猫が暴れて。部屋がすごくて。ごめんなさい。ごめんなさい」
状況はうまく説明出来ないが、謝りまくった。
それに、スマホ越しに彼が「ふっ」と息を吐く。
「いや、こっちは大丈夫。それより、なんか大変みたいだな」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「それより、猫。大丈夫なの?」
「え? 猫?」
彼は大の猫好きだ。お互いの仲を取り持ったのは、猫と言っても過言ではない。
「そう。なにかあったの?」
彼女は、愛猫の心配をしてくれる彼に、赤面しつつ状況を説明した。
「無事で良かったよ。それより、どうする? 待ってようか?」
まさかの申し出に彼女は困惑した。今から準備をしても、確実に二時間は遅刻する。
「悪いよ。でも、帰らすのも悪いし。ごめんなさい!」
彼女はもう、ひたすら謝ることしか出来ない。
「どうせ、このあと用もないし。出てこれるようなら、近くの店で本読みながら待っとくよ。でも、出かけるのが無理なら……」
「行きます! 行きます! すぐ行きます!」
彼女は電話を切ると、大急ぎで掃除をし、恥ずかしくない程度に身支度を整えると、二本遅れのバスに飛び乗ったのだった。
お猫様の思し召すままに 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi
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