新幹線と妻

七三公平

第1話 お題「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。新幹線の自由席、隣には妻が座っている。この一時間半、妻の態度は頑なだった。


 俺は一年前から、仕事で単身赴任をしている。月に一度、家には帰っていた。今回も家に帰り、何事もなく単身赴任先に戻る予定だった。しかし、浮気を疑った妻が、俺が乗る帰りの新幹線に乗り込んできた。


 確かに、俺はウキウキしていたかもしれない。いま思えば、それがマズかったのは分かっている。この後、新幹線を下りたら、午後はテーマパークに行く予定にしている。そのために、新幹線を下りたところで、待ち合わせをしていた。俺は、その人と妻を会わせたくなかった。


 今、妻は黙っている。どうして、女はこういう強硬な手段に出るのか、俺には理解できなかった。


「分かった。確かに、俺はこの後に待ち合わせをしている。だけど、君を会わせるわけにはいかない。遠くから一目見たら、帰ってくれないか。」

「どういうことよ! 私が、邪魔者みたいじゃない。浮気じゃないなら、何も問題は無いでしょう。挨拶ぐらいするわよ。」


「悪いと思ってはいるんだけど、今日は楽しい時間を過ごしたいんだよ。初めから、空気を悪くしたくない。」

「なぜ、私が行くと空気が悪くなるの?」

「なるんだよ。俺の楽しい時間が、台無しになる。」


 こんな事を言われて、妻が納得いかないのは分かる。だけど、俺だって久しぶりに会うのに、その邪魔をされたくはない。


「嫌よ。信じられない。私も行くわ。」


 そう言われて、俺は溜め息を吐いた。新幹線が駅に着こうとしている。


「わかったよ。」


 俺は言って、席を立った。妻と一緒に降車ドアへと向かう。そして、俺はドアが開いた瞬間、走り出した。妻が、慌てて追いかけてくる。


 俺は、改札を出て、目的の人を抱きかかえると、そのまま妻から逃げた。弟が、俺にしがみ付いて、驚いて俺を見る。


「遙ちゃん、今日は二人で楽しもうな。」

「うん。もう遊園地みたい。」

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