悪意の始まりI
———
ナズナちゃんの一件から数週間。
あれ以降これといった問題は起きていない。
強いて言えばまた、行方不明者が出たことが気がかりだ。
近いうちに調べなくてはいけなくなるかもしれないが、今は一先ずの平穏な日々を噛み締めている。
願わくば、このまま何も起こらずにいて欲しいものだが、そんなささやかな願いはスマートフォンのコール音でかき消された。
「やあ、蒼葉の嬢ちゃん、今電話いいかい?」
「構いませんよ、後、いい加減その呼び方やめません?」
「悪りぃな、直そうとは思ってるんだがね」
電話の主は案の定、零児さんだ。
この人から電話がかかってきた、と言うことはロクでもないことが起きた合図だ。
「まぁ、それはさておきだ、
「えぇ、一応知っています。新種の幻覚剤を売り払ってるチンピラ連中でしょう?」
「なんだそこまで知ってんのかい、なら話は早いな。まぁ、もともとこの予玖土町は俺ら『
「なるほど、だから『スティギア』とは仲が悪いと」
「そうそう、でまぁ、この前うちの若いのが『スティギア』の連中がヤク売ってるところ見つけちゃってちょっとしたイザコザがあったんだわ」
「……それで?」
「そん時にさぁ、ちょっと奇妙なことがあったらしいのよ。なんでも見えない化け物に襲われて血を吸われたーとかなんとか。あ、うちの若いのはなんとか逃げられはしたんだけどな?」
「見えない化け物、ねぇ……」
「でだ、その手の化け物、なんか心当たりあるだろう? 俺は嬢ちゃんよりはそう言うのに疎いからさぁ」
「なくはないですね」
「やっぱりな!」
「はぁ……できればこう言うことはない方が良いのだけれど、さすがに見過ごせないわね」
「あ、『スティギア』の方は気にしなくていいから、こっちでやっとくから」
「……そう言うのってそんな気楽にやっていいものなんです?」
「まぁ、今回は相手が先に手ぇ出してきたし、何より組織としてだいぶ小さいからねぇ、この手のは早いうちに潰しとくに限るのさ。それにそのうち潰す予定ではあったしな」
「なるほど、わかりました。その化け物とその飼い主はこっちでどうにかしてみます」
「あいよ、じゃあ飼い主わかったら教えてくれや。そっちに合わせてこっちも動くからさ」
「ええ」
「そいじゃ」
そういって零児さんは電話を切った。
「はぁぁぁ……」
大きくため息をつく。
話し合いの余地がある相手なら幾分か気が楽だけど、今回のは絶対無理そうね。
なんなら戦闘にもなるかもしれないし。
にしても、血を吸う見えない怪物ねぇ……どんなのだったかしら?
確か地下書庫で読んだ覚えはあるのだけれど、これはまた読み直しが必要かしらね?
あまりあの本達を読み直すのは気乗りしないけれど事態が事態だ、つべこべいってられない。
とにかく今は情報を集めるのが最優先だ。
私は地下書庫で怪物について調べよう。
他の情報についてはケイトに任せれば大丈夫だろう、依頼のメールを送っておけば勝手にやってくれるだろう。
屋敷の地下へと向かう。
地下書庫と言ってはいるがちょっとした図書館くらいには広い。
まぁ、目当ての書物は別の場所にあるのだけれど。
地下書庫から続く長い廊下の先にある部屋、厳重に施錠された保管室に足を運ぶ。
パスコードと虹彩認証のロックを経て保管室の中へと入る。
あぁ、ここはいつ入っても嫌な気分になる。
書架に収められた無数の悍しい本の中から件の怪物について調べる。
何度も読んだものとは言え、やはりいい気分ではないな、ひどく気が狂いそうになる。
けれど、弱音なんて吐かない、そう6年前のあの日に私は決めたのだから。
数時間ほど様々な本を読んでようやく
星の吸血鬼、あるいは星の精と呼ばれる怪物は普段は不可視の化け物だ。
血液を主食とするのが星の吸血鬼と呼ばれる理由らしい。
そして、強力な魔術師なら彼らを従えることさえ可能だと言う。
やっぱり、と言うか当然と言うかその手の人間の仕業か、わかってはいたけれど私以外にもこの手の存在についての知識が深い人間はいるようだ。
別に知っているだけならどうでもいいのだが、その知識を悪用しているのはいただけない。
この町でその行いを許すことはできない。
不意にスマートフォンが鳴る。
どうやら、頼んでおいた情報が手に入ったようだ。
相変わらず仕事が早いものだ、と感心してしまう。
「アキル〜今大丈夫?」
「ええ、問題ないわよ」
「はいはい、とりあえず色々わかったわ。多分怪物の飼い主は『スティギア』の下っ端の『スティーブン・ウェストマン』って奴ね。今は他の連中と一緒に幻夢街の
そうなのか? ケイトがそう言うのなら私の認識違いか? アイツの他者評価は信用できるが……
「そう、とにかく一旦屋敷に帰ってきてちょうだい。あぁ、もしかしたら後をつけられているかもしれないから気をつけてね?」
「そこら辺は問題ないわよ?一応今回はバイクだし、護身用にダガーも持ち出してるからね」
「……町中では使わないでね?」
「大丈夫よ、バレないようにするから!」
「そう、取り敢えず気をつけて帰ってきなさい」
「はーい、そんじゃまた家でねー」
プツンと電話は切られた。
本当に大丈夫なんだろうか……いやアイツなら大丈夫だな、うん。
それよりケイトが帰ってきたら本格的に動き始めなくては、早ければ明日にも決着をつけたいところだ。
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