プロローグof魔術師

 ある日、松崎零児オレは古い約束の話をふと思い出した。

 もう6年ほど前だったか、アイツが俺の元をおとづれたのは。

 今から6年前の秋の終わり頃の話だ。

 『松零会』ウチには似つかわしく無い可愛いお客が一人、俺を訪ねてきた。

 知らない仲では無いがこう、一対一で話すのは初めてだったが。


「……」


 目の前で無言で固まっている少女に目をやる。

 その体はひどく震えていた、不意に娘の言葉を思い出す。


『パパ顔怖い』


 そうだ、俺の顔は子供には怖く見えるらしい、なら、笑顔で対応してやれば良い。

 そう笑顔だ。

 敵意がないことを示せば目の前の少女も何かしら喋ってくれるだろう。


「なぁ、蒼葉あおばの嬢ちゃんなんか話してくんねぇかなぁ?」


 精一杯の笑顔で少女———アキルに問いかける。

 アキルは一瞬いまにも泣き出しそうな顔をしたが、すぐに顔をぶんぶんと振って意を決したかの様にその口を開いた。


松崎まつざきさん……零児れいじさんは覚えていますか?」


 場の空気が変わる。

 約束、約束ねぇ……

 アキルの真っ直ぐな目を見て確信する。

 こいつは読んじまったんだ忘れてしまえば良い業を、一族が残していった呪いを。


「あぁ、覚えてるさ、あんたらが忘れた後もずっとな」


 アキルは少し目を逸らす、それは逃避の為と言うよりは罪悪感から来るものの様だ。


「ごめんなさい、私なんかが謝ってもどうにもならないけれど、本当にごめんなさい」


 土下座しながら泣きそうな声でアキルはそう繰り返す。


「おいおい、やめてくれよ、俺はそう言う趣味ねぇんだからさ、だから顔を上げてくれ、な?」


 アキルは恐る恐る顔を上げた、その表情は今にも泣き崩れてしまいそうな程に危うかった。


「けど、けど……」


「OK……いったん落ち着こう、深呼吸するんだ」


 そう言ってアキルを宥める。

 少ししてだいぶ落ち着いたのかアキルはポツリポツリと話し始めた、いや懺悔ざんげって奴だろうか? 


「私は、私は本当に知らなかったんです! まさかあんな恐ろしい存在をこの地に私の一族が呼んでしまったなんて、そのせいでたくさんの人が犠牲になってそれで……」


「確かに、お前のところはを呼び出そうとしたかも知れねえ、けどな、それは俺たちの一族も同罪なんだよ。結局はどっちかが遅かれ早かれ呼んでいたんだからな」


「だけど!」


「だけども何もねえよたまたまタイミングが悪かったのさ」


「……」


「で、お前さんはなんのために今日ここにきたんだ? 俺に懺悔を聞いてもらうためか?」


「いいえ、私は……《big》私の一族が犯した罪の清算がしたい! 《/big》悔しいけどそれは私だけじゃそれはできない。だから、どうか力を貸していただけないでしょうか⁉︎」


 少し考える。

 なるほど、罪の清算ねぇ……

 いつもの俺なら適当にはぐらかすところだが今回ばっかりは、にしたってなんともまた不器用な子だ。


「アキルよぉ、お前は罪の清算なんて言っているけどよぉ、具体的にはどうするつもりなんだ? 全員殺すのかい?」


「そうよ! アイツらを殺して元の予玖土町よくどちょうに戻すのよ!」


「んんー、それは同意しかねるなぁ」


「どうして! 彼らは危険な存在なのよ! 零児さんもよく知っているでしょう!」


「確かにアイツらの中には危険な奴もいるさ、けどな、この町で静かに生きていこうとしている奴らだっているんだぜ? お前はそいつらの平穏な日々まで奪うのかい?」


「そ、それは……」


「そうだよなそんなことしたらそれこそと変わらねえもんな」


「……」


 少し言い過ぎちまったかなぁ、けど、これは大事なことなんだ。

 さっきも言った様に少なからず真っ当に生きようとする奴らだっている。

 そいつらを危険な存在だからと殺すのは俺は違うと思ってる。

 わかってくれりゃあ良いんだがなぁ……


「なら……」


 アキルはその思い口を開く


「なら、私はどうすれば良いんですか? 知ってしまったことを忘れれば良いの? わからない、わからないよ……」


 そう言ってアキルは泣き崩れた無理もない、まだ齢10のガキだぞ、そんなガキが知ってしまうにははあまりにも重すぎる。


「無理に受け入れろとは言わねえ、目を逸らすのも答えの一つだ、そうしてお前だけの答えができたらまた俺の所に来い、その時は最後まで付き合ってやるよ」


 そう言って泣き崩れた彼女を宥め家へと送った。




 ———六年後 予玖土町 蒼葉邸応接間にて




「今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」


 眼前のソファに鎮座する凛とした短い白髪の少女……蒼葉あおばアキルはそう言って深々と頭を下げた。


「そう、かしこまんなって、知らねえ仲でもねぇんだから。つうか、オレの方が来る事になるとはな! だいぶ変わったな、蒼葉の嬢ちゃん!」


「ふふ、そうですね。ですが、一応貴方の方が年上ですしね。そこら辺りは弁えているんですよ、私」


「そうかい、良い心掛けだが俺には必要ねぇよ、それにお互い同格だろに……」


「そうですか、でしたら少し楽な口調にさせてもらうわ」


「おう、そうしとけ、にしても本当にだいぶ変わったな?」


「ええ、あれからずっと考え続けていましたから」


「じゃあ答えは出たのかい?」


「……私はこの街にが蔓延ることは許せません、呼び込んでしまったのは私の一族ですが、あれらは根本的に人類と共存できる様な存在ではありません。……ですが、零児さんの言う通り、少なからず人と共に生きようとするものたちも存在します。貴方のところのナズナちゃんとかね、だから私は考えたのです。人やそれと共にあろうとする存在に危害を加える奴らを排除する。それが私の答えです」


「そうかい、まぁ無難な着地点だな」


「でしょうね」、とアキルは微笑む。


「けど意外だったぜ、お前が皆殺し以外の答えを選ぶなんてな」


「まぁ、この前まではどっちかって言うと皆殺しの方でしたよ、ただ……」


 少し目を瞑って思いふけた後アキルは続けた。


「ただ、ナズナちゃんと紫苑シオンの二人を見てもしかしたら分かり合えるんじゃないかな、なんて思えてしまっただけですよ」


 悲しそうなそれでいてどこか嬉しそうな顔をしてアキルは言う。


「そうかい、ならよかったんじゃないか? 案外アイツらも上手くいってるしちゃんと分かり合える日が来るのかもな!」


「ええ、その為にも最後まで私のわがままに付き合ってくださいね?」


「おうよ、約束は守らねえといけねえからな!」


 そう、それが蒼葉アキルの始まりだった、この時の私たちはきっと彼らとも分かり合えると思っていたのだ。

 そんなことは絶対にあり得ない甘ったるい幻想にしか過ぎないことを痛感させられるまでは……

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