心友
細蟹姫
心友
『HR中にマンガ読んでたら副担に見つかって没収された。今週2回目。月末、3者面談で返すとか言ってるのマジで最悪なんだけど。ヤバイ、親に殺されるかも。いっそ死にたいわ。死のうかな』
世間を賑わせていた2000年問題もノストラダムスの大予言も当たる事なく、昨日と何一つ変わらない退屈な日常が続いていた頃。
中学生だった私には、日々の苛立ちや不安を毎日のようメールする、2人の友人がいた。
1人は、優等生気質で粛々と正論を投げかけて来る【
もう1人は、共感力が高く常に寄り添った優しい言葉がけをしてくれる【
性格が真反対の彼らと、何に対しても悪態をつかずにはいられない情緒不安定な私。
歪な3人でのグループメールを、私は心底楽しんでいた。
――― ブッブ
折りたたまれた携帯電話の背についている小さなディスプレイが、バイブレーションと共に黄緑色の光を放つのは、決まって夕食後。
買ってもらったばかりのパソコンを使って文章を書いたり、ゲームをしたり、PCメールを確認したりとのんびり過ごしている頃。
『それはアイちゃんが全面的に悪いよ。前にも授業中にゲームやって注意されてなかった? 厳重注意からの再犯じゃ、保護者への報告は正当だよ。』
『そんな事分かってるけど、酷くない?』
『じゃぁ、何でやるの? って話。大体、いくら私立校でも、学業に不要なものは持ち込み禁止でしょう。百歩譲って
『そうだけどね。でもさ、意見なんて無いし、勝手に決めるんだからどうでも良くない?』
分かってる。私が悪いなんてことは百も承知だ。
だけど、その時間が退屈だったら…漫画の続きが気になったら…鞄から漫画が取り出せてしまったら…一番後ろの席で、私は気づけば漫画を開いている。
そしてその瞬間から、今までの気の散り様が嘘のように漫画に集中してしまう。
教壇に立っていた先生が、真後ろに立っていても気づかない程に。
(あぁぁぁあ! 私はどうして、正しくあれないんだろう? 死んだ方が良い。だけど、本気で死ぬ勇気さえない。ダメな私だ。)
美咲の言葉に、ただでさえ低い自尊心をさらにすり減らしながら床を転がっていると、今度は雅也からメールが届いた。
『まぁ、まずは落ち着け。アイはやりたい事が我慢できねぇからな。仕方ねぇ。』
『仕方ないで済まないから困ってんの!! 何でこんな事したの? って聞かれても、何でかなんて私が知りたい! でも理解なんてしてもらえない。あいつらは必ず質問に答えを求めて来る。ウザイ。』
『まぁな。けど授業中寝るヤツだって普通に居んじゃん。今日のHRだって「音楽会の歌決め」とかぶっちゃけどうでも良かったし。それより副担、音も無く近づいて来て、突然肩叩くのマジで恐怖じゃね? アイが「ヒィ!」って声上げてんの超面白かったわ。没収って言うかあれはもう、驚き過ぎてお前から漫画差し出してただろ。副担、若干引いてたぜ。思い出すと超笑えるんだけど。』
私の中で燻っている心の根を代弁し、情けなく恥ずかしい姿をも笑い飛ばしてくれる雅也の言葉には、いつも救われていた。
『まぁ、でも。私はそんなアイちゃんが好きよ。とにかく、お母さんに怒られるのは覚悟だね。それに、自分で変えられないならいっその事、思い切り怒られたら行動変えられるかもしれないし。成長のチャンス。ファイト!!』
『だな。まぁ、アイなら大丈夫。上手くやれよ!』
少し気持ちが軽くなった直後、2人から届いたメールに再び心がズンと沈む。
そう、怒られる事実は何も変わらない。
「ちゃんとしなさい」が口癖の母は周囲との調和をこよなく愛している為、人と足並みを揃えてさえいれば多少成績が悪かろうとも目を瞑ってくれるが、他人に迷惑を掛けたりトラブルを起こした瞬間、堰を切った様に怒り狂うのだ。
『え、応援だけ? 何か対策考えてよ!?』
送ったメールの返信は来ない。
というか、送り様が無い。
彼らが私に代わって怒られてくれるなんて事は無いし、母の対応策は私が一番良く知っているのだから。
(隕石とか落ちてこないかな…)
既に耳の奥に母の甲高い怒鳴り声が聞こえる気がする。
髪を持って引きずられ、玄関から放り出される自分の姿も見え、身震いと同時に気持ちがどんどん落ち込んで行く。
それでも幸い、母の怒りは瞬間湯沸かし器の様なものなので、徐々に沈静化してくれるはずだと、恐ろしいイメージを必死で頭の中からかき消した。
美咲の言う通り、怒られれば、思い通りに動かないこの身体が今度こそ「普通」の人間になるかもしれない。皆が当たり前に持っている答えを、私も見つけられるかもしれない。
その為に一度、滅茶苦茶怒られるのもありかもしれない……とは、流石に思えないけれど、何かあったらまた、メールをしよう。
どんな
不出来な私を一番に理解して、好きだと、大丈夫だと言ってくれるのだ。
たとえ彼らと会う事が叶わなくとも、顔も声も知らない人物だとしても、本当は実態すらない存在だとしても。
私にとって2人は、確かにそこに要る親友に違いなかった。
(あーあ…明日世界が滅亡しますように)
幼稚な願い事に本気の祈りを込める。
(おやすみ。アイちゃん)
(おやすみ。アイ)
(おやすみ。美咲、雅也)
心の中でそう呟きながら、私はパソコンに立ち上げていた2つのメールソフトを閉じた。
一つは美咲の分、もう一つは雅也の分。
そうして、今夜のメールはお終いなのに、何度も携帯の更新ボタンを押してしまう。
もしかしたら、何処かに2人が居るんじゃないか。そんな想像がどうしても捨てられなくて。
――― 新着メール受信できませんでした ―――
無機質なテキスト文に少し落胆しながらも「きっともう寝たんだ。」と無理やり言い聞かせ、就寝準備に取り掛かる。
(明日は2人と何のメールしようか…)
そんな事を考えながら、眠りにつく。それが私の日課だった。
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