愛するということ

月神 奏空

第1話

 大槻おおつき零夜れいやには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは決して苦しんでいる何者かを救いにいくことだとか、未知の生命体に命をかけて挑むとか。

 そんな語り継ぐべきかっこいいものではない。

 零夜がやらなければならないこと。それは。

「頼むから許してくれよ、美嘉みか!!」

 恋人、上橋かみはし美嘉に謝罪し許してもらうこと。

 なぜ三分以内なのか。

 彼女の誕生日があと三分で終わってしまうからだ。

 なぜ謝罪が必要なのか。

 せっかくの誕生日に購入していたプレゼントが雪のせいで届かないという自然様のイタズラを考慮していなかったために情けないプロポーズになってしまったからだ。

 交際開始から五年。

 今日こそはと勇気を出したはいいものの、肝心の指輪が届いていない。

 空の指輪ケースを差し出してプロポーズした零夜に、美嘉はすっかり機嫌を損ねてしまった。

「あたしは別に。そういう憧れとかないし。指輪があろうとなかろうと別に気にしませんけど?」

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないか」

 零夜は美嘉の左手を持ち上げて指先にキスをする。

 気障っぽい仕草だが顔立ちの整った彼には良く似合う。美嘉は咳払いを一つしてそっぽを向いた。

「大体、その指輪ケースもなんなの? 折り紙じゃん。無駄にクオリティ高いけど一円未満で作れちゃうやつじゃん。結局ただの紙じゃん、それ。てかどうせ作るなら中身も作ってよ」

 美嘉はそう言って零夜の左手に乗っている彼のお手製の指輪ケースを指差した。

「どうかこれだけでも……これだけでも受け取ってくれよ!!」

「嫌よ、そんなしょぼいの」

 パシ、と音を立てて指輪ケースが叩き落とされる。零夜は口元に笑みを浮かべた。

 美嘉の視線は零夜の手に注がれたまま。大きく目を見開いて、彼女はついに口元を押さえて涙をこぼした。

 目尻にキスをするとほんのりと甘い雫で唇が湿った。

「嘘、だったの……?」

「さすがに当日届くようになんてしないよ。届かなかったら大変じゃないか」

 二日前にはもう届いていたんだ、と告げて手のひらに載せていた指輪を嵌めて手の甲にキスをする。

「結婚してくれる?」

「……どうしようかな」

 イタズラに微笑む彼女がYESを口にするのはわかっているつもりだ。

 そのつもりでいるが。

「今度はあたしの番よ」

 そう宣言した彼女がするりと指輪を抜き取ったのが、残り三十秒。

「あまり時間が無いよ」

 零夜がそう言うと、彼女は何を思ったのか指輪をぱくりと口に含んだ。

「取り戻してもう一度プロポーズしてみせて。手を使わないで」

「喜んで」

 零夜は美嘉の腰を抱いて引き寄せ、深く口付けた。


──どうかお幸せに。

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