第17話

生態が違うのだから当然と言えるのだが、幼体の魔物は驚くべき貪欲さをもって獲物を喰らい続け、短期間に成長を遂げるのだ。


一か月も立たずに成体になり、魔物は更なる繁殖を求めて行動を開始する。


まさに人類にとって、いや生きとし生ける他の生物に全てにとって恐るべき捕食者である。


「幸いなことに営巣地を突き止めることができて孵化する前の卵も全部処理できたから、心配はいらないと思うよ」


「まったく先生方には頭があがりませんな。お二人が居られなかったらこの村は果たして存続できたかどうか……」


「世界中のどこでも同じようなことが起きているよ……。人は魔物の影に怯えて、肩を竦めながら生きていかなければならない。ボクたちももう少し積極的に動けるといいんだけどねぇ」


「我々が冒険者のように世界中を旅したとしても、倒せる魔物の数は知れていますしね……」


魔物は世界各地に出没し、人間は常にその脅威にさらされている。


我々魔術師と護衛士は人々を守るために世界各地で戦いを続けているが、魔物の数は圧倒的でありまったく手は足りていない。


冒険者や世界中の国家に所属する軍隊など戦える人々も皆魔物に立ち向かっているが、人類の生存圏を守る戦いに徹せざるを得ないのが現状だ。


「我々が守りを止めれば、どこかの村や町が魔物の被害に遭う。かといって攻勢に転じなければいつまでも状況は変わらない……」


「魔物という存在がこの世界に姿を現してから五百年……。人類の生存圏は常に脅かされ続けている。人が安心して暮らせる場所は減り続ける一方だ。難しい問題ではあるけれど、どうしていけば良いのか考える行為を止めてはいけないね」


キルシュの言葉にあるように魔物がこの世界に跋扈するようになったのは今から五百年前、かつてこの世界を統治していた古代魔法帝国が崩壊し、世界が今のように複数の国家に分割して統治されるようになった頃からだとされている。


諸説あるが、帝国が崩壊した時に何かしらの魔術的な儀式によって、異世界から魔物が大量に呼び出されたのではないかというのが現代の魔術の中で最も有力な説になっている。


当時の生き字引であるキルシュならば真実を知っているはずだが、なぜかこの件に関して口が重く、俺も詳しくは知らされていない。


主であるキルシュが知る必要がないと判断するのであれば、俺はただ従うのみである。


「さて、ちょっと質問したいことがあるんだけどいいかな?」


「勿論です。なんでもお尋ねください」


キルシュの問いかけにダミアンは快く応じる。


「ありがとう。それでは聞くけど、ボクたちが調査してきた範囲で、実は冒険者と思われる痕跡が村の周囲で一切見つからなかったんだよね。ボクたちが把握できる範囲の痕跡はせいぜいが一週間程度の間のつけられたものに限られるけど、実はもっと前から村の周辺で活動する冒険者たちの数が減ってるんじゃないかな?」


「先生もお気づきでしたか……。実はここ一か月ほど村から出した冒険者ギルドへの依頼が受理されないケースが増えているのです」


ため息をつきながら口にするダミアンの答えは、キルシュの仮定を裏付けるものだった。


「ここ一か月、ね……。理由とかに何か心当たりはある?」


「いえさっぱり……。ここ二週間は特に酷くて、素材の採集や害獣の駆除など町に出した依頼がまったく引き受けてもらえないのですよ。先生のご相談すべきか悩んでいたところでした」


「この近辺で冒険者ギルドがある町といえば、確かディリンゲンでしたね」


俺は交易都市の事を思い出しながら町の名前を口にした。


交易都市ディリンゲンはティツ村から西に半日ほど馬車で移動した先にある大きな町で、近郊の村々と街道で繋がっている。


この村のように人口の少ない場所では、冒険者ギルドの支店が存在しないことが多い。


冒険者ギルドでは、そういった場所で発生する依頼は人口がそれなりに存在している場所の支店がが請け負うシステムをとっている。


「ええ、おっしゃるとおりディリンゲンの町の冒険者ギルドがこの村を管轄しております。ですので、このままディリンゲンのギルドに依頼できない状況が続くと非常に困るのですが、他の町の冒険者ギルドに依頼を持ち込むというのも無理な話ですし、どうしたものかと悩んでおりました」


「正直、ボクとザイがいればこの村の周辺の安全を確保するぐらいならとうにでもなるけど、それは“塔”の方針からずれるし、かかりっきりになるのはまずいよね」


「そうですね。キルシュの立場はアルテンブルク王国辺境地区担当の魔術師ですから、この村だけというわけにはいきません。しかしディリンゲン周辺の他の村も全て俺たちで管理するのは無理があります」


基本的に地域の守り手となった魔術師は、魔物の出現など有事以外の物事に積極的な干渉を行うことは好まれない。


力ある存在である魔術師が、あまり一つの場所に力を与え続けると力の均衡が崩れる場合があるためだ。


人間の世界で起きた問題は基本人間のみの力で解決すべきというのが、魔術師の組織である“叡智の塔”の姿勢だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る