第16話

篝火を焚き常に誰かが入り口を見張り続けなければ、村や町など人間の生存圏はあっという間に闇に飲まれてしまう。


力もつ者である魔術師や護衛士は力無き人々のためにこそ力を振るうべしとの理念があるが、それは綺麗事でも何でもなく、そうしなければ生き残れないほど人類はこの世界に大してか弱い存在を示しているのだ。


門を通された俺たちは、日が沈み闇に包まれたティツ村の中に歩みを進める。


村長であるダミアンの家は、村の北西の少し小高い丘になった場所に建てられている。


これは村長が有事の際に高所からいち早く状況を把握し、判断を下す立場であることを意味している。


村を捨てて村人(特に老人や女子供)を安全な場所に脱出させるべきか、それとも男たちを中心に武器を持って抗うべきか、全ては村長の判断にかかっているのだ。


村の他の家屋より一回り大きく立派な家が村長の家である。


村人の誰ともすれ違うことなく村長の家に到着した俺たちは、木製のドアをノックした。


「やはりこんな時間だと、ほとんど外を出歩いている人はいませんね」


「かえって良かったかもしれないね。こんな姿を見られていたら何があったかと気を回す人が出てきてもおかしくないよ」


「確かにそうですね……」


俺たちはヴァンキッシュの群れを倒してからそのままの服装で村に入った。


今の姿は魔物と戦って血と埃にまみれた魔術師と戦士そのものなので、確かにこのまま村の中を歩いていたら人目を引いたことだろう。


時間がこれ以上遅くなるよりはと村に向かうことを優先したが、一度家に戻ってこざっぱりした服に着替えてくるべきだっただろうか。


そんなことを考えているとドアが空けられ、質素ながら整った衣服に身を包んだ初老の男性が顔を見せた。


ティツ村の村長ダミアンである。


「こんな夜更けにどなたですかな……おお、 先生にザイフェルトさんではないですか。そのお姿からすると何かありましたかな」


「やぁ、ダミアンさん。ちょっと伝えないといけない事があったので報告しに来たよ。とりあえずその事自体は解決させてきたから、事後報告みたいなものになるけどね」


「おお、それはそれはご苦労様です、先生にザイフェルトさん。立ち話もなんですからどうぞどうぞ、中へお入りください。あばら家ではございますがおもてなしさせていただきます。さぁ、中でお話をお聞かせください」


村長宅に招かれた俺たちは、香りのよい薪が火にくべられている暖炉がある暖かい居間に通された。


ダミアンはこの家をあばら家などと言っていたが、とんでもない。


俺たちが住んでいるキルシュの庵より、はるかに立派な造りである。


天井は高く、使い込まれたオーク製の机と椅子はツヤツヤと輝き、花瓶には花が活けられている。


彼は暖炉の上に置かれている嗅ぎ煙草のケースを手に取ると中身の煙草を見せて、


「いかがですかな?」


と勧めてきてくれたが、俺もキルシュも煙草は嗜まないので丁重に断った。


俺たちが椅子を勧められて席につくと、居間の奥(恐らくその先にはキッチンがあるのだろう)から恰幅の良いエプロン姿の初老の女性が挨拶に現れた。


「あら、先生にザイフェルトさん。こんな時間にいらっしゃるなんてお珍しいですわね」


村長の妻であるアンゼルマだ。


「夜分遅くにお邪魔しております、アンゼルマさん」


俺が挨拶すると、彼女は愛嬌のある顔に笑顔を浮かべる。


「いえいえ、とんでもない。私どもこそ村の人たち共々お世話になりっぱなしで……。あ、お茶を淹れますね」


「お構いなく」


アンゼルマがお茶の準備のために台所に戻り、ダミアンはキルシュに顔を向けた。


「さて、お待たせしましたな。それではお話をお願いできますか?」


キルシュは今朝我々にもたらされたライナーの話から、ヴァンキッシュの群れが村の付近に現れたことを推測し、森を調査した結果、そこから北にある洞窟に魔物の形成期があることをダミアンに告げた。


「なんと……。そんな村の近くの場所に魔物が繁殖しておったのですか」


「うん、ライナーさんはお手柄だったよ。もしあのまま気づかないままいたら、一か月もしないうちに卵が孵化して厄介なことになったからね」


アンゼルマが入れてくれた紅茶に口をつけるキルシュ。


魔物の成長は動物たちとは比較にならないほど早い。

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