第13話

ヴァンキッシュの首がいかに分厚かろうと所詮は肉と骨。


両断することの障害にはまったくならなかった。


首を落とされたヴァンキッシュは、首から血を吹き出しながら地に倒れ伏す。


一匹目の首を落とした俺は、勢いをそのまま返す刃で倒れた個体の隣にいる二匹目のヴァンキッシュに狙いを定め、その頭蓋を剣で刺し貫く。


漆黒の剣先は易々と表皮を突き破り、その中にある頭蓋骨をも貫き、最後に脳へと達した。


ヴァンキッシュの瞳が濁り生体反応が停止した事を確認した俺は、頭蓋から剣を引き抜くと、続いて三匹目のヴァンキッシュの頭にそれを振り下ろした。


頭の天辺から顎下までを剣が真っ二つに切り裂く。


いかに魔物が強靭な生命力を持っているとはいえど生物であることに変わりはない。


頭部さえ破壊してしまえば、ほぼ確実に生命活動を停止する(極稀に頭部を破壊されても活動できる例外がいるので油断はできないが)。


三体のヴァンキッシュを全て屠ったことを確認し、感覚強化により近くに他の魔物が潜んでいないかも調べてみたが、周囲に脅威になる魔物の痕跡はなかった。


道標のフェロモンは洞窟の奥へと続いていることも同時に感じ取れた。


「お待たせしました。ヴァンキッシュの制圧完了です。現在俺の周囲50mの範囲内に脅威となる生物は存在しません」


周囲の安全を確保した後、俺はキルシュに報告した。


岩陰から姿を現した彼は、ヴァンキッシュの死体を見て感嘆の声を上げる。


「いやぁ、いつもながらの見事な業前だね。あっという間に片づけられてよかった。これなら素材も問題なく回収できそうで何よりだよ」


「身動きの取れない魔物を仕留めるだけの仕事でしたからね。自由に動き回れていたら、こうもスムーズにはいかなかったでしょう」


ヴァンキッシュの両脚はキルシュの“氷霧”によって完全に凍結しており、まったく身動きがとれない状況に陥っていた。


それに止めを刺す行為は、修行用の巻き藁を相手にするのと大差ないものだった。


「毎度思うけどまったく君という人は、人間の若者とは思えないほど落ち着き払っているよねぇ。君ぐらいの年齢だと、褒められたらもう少し調子に乗ってもおかしくないはずなんだけどねぇ」


「先生の教えのおかげですね。一時の勝利に浮かれるな、戦場で兜を脱いだら自分の首が飛ぶと思え。死にたくなければどこでも戦場と思い、常に警戒を怠らず気を張り巡らよという教えを叩きこまれましたから」


「あの大酒飲みは、こと戦闘についてだけはやたらと大真面目だったね。ボクとしてはもう少し肩の力を抜いてもらってもいいと思うんだけど」


キルシュの先代護衛士であったゴルトベルクは、俺の護衛士としての師匠であり、護衛士を引退した現在も護衛士の指導官として魔術師の協会である“叡智の塔”に留まっている。


あの人から俺は護衛士として、戦士として生き残る術と、主である魔術師を守るための術を徹底的に叩きこまれた。


そのおかげで今のところ魔物狩りにおいて遅れをとったことは一度もなく、感謝の言葉しかない。


今後も魔術師に仕える護衛士としてそうあり続けたいと考えているのだが、どうもキルシュは俺のこの考えに不満があるようだ。


「考えと行動が硬すぎる……ということですか?」


「う~ん、まぁ端的に言えばそうなんだけど、ちょっとニュアンスが違うような気もするんだよねぇ。気楽とまではいかないけどもう少しリラックスというか、自分の周りの空気を緩ませるというか……。まぁ、とりあえず今はその話題は置いておいて、残ったヴァンキッシュの掃討の方が大事だね。この洞窟の先にいるんだよね?」


「はい、匂いは相変わらず強く洞窟の奥から匂ってきます。残りはこの奥で間違いないと思います」


「それでは一気に終わらせてしまおう。松明や“燈明”を使うと、明かりのせいで相手に感知される可能性があるからよろしくないね。気づかれないように“暗視”でいこう」


“暗視”は夜行性の動物がもつ視覚のように、夜間や暗闇の中でも視界を確保できるようになる便利な魔術だ。


キルシュの魔術が問題なく発動したことを確認して、俺たちはヴァンキッシュが潜んでいる洞窟へと足を踏み入れた。


洞窟は冷たく湿っていて、天井から滴り落ちる水のせいで、地面には浅い水たまりがそこかしこにできている。


洞窟の中を川が走っているだけあって中はかなり高い湿度で、ジメジメして不快な空気が漂っている。


なるほど両生類型の魔物ヴァンキッシュが巣穴とするのにふさわしい場所のようだ。


通路の高さは2m50cmほどで、バスタードソードを振り回すにはやや狭い空間と言える。


いつヴァンキッシュと遭遇してもいいように剣を抜き放って歩みを進めると、狭い通路から少し開けた自然洞窟の空間にでた。

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