第11話
普通に生きればどうあっても俺が先に逝くわけで、さて自分がキルシュとの別れの時が来た時、自分はどういった感情になっているのだろうか。
そして彼にはどのような感情で見送られるのだろうか。
「けれどそういう時は同時に、彼、彼女らが必死になって生きて生きて生き抜いた事を感じさせてもらえるんだよ。だから別れの時とは、辛くもあり愛おしくもあるというのが答えになるね」
俺が取り留めもない事を考えていると、キルシュが歩みを止めた。
「さて、退屈になりがちな森の散歩を紛らわせてみようかとちょっと長話をしてみたけど、中々有意義な時間になったね。人間の社会にいると時間の感覚が短く感じられるようになるよ。まったくエルフらしくないと同族達に言われそうだけどねぇ」
「ハイエルフは俺たち人間と接点が少ないから、想像しにくくて何とも言えませんね。千年にも及ぶ時間があれば、長期的な視野で物事を見られるようになるのでしょうが……」
エルフという種族自体は人間と接点があり大きな町などではたまに見かけることもあるが、古代種族のハイエルフはその数自体が少ない上に滅多に故郷の森から出てこないので、俺たち人間からすると一生を通しても遭遇する機会がない者も多いくらいだ。
せいぜい数十年しか生きられない俺たち人間からすると、
「長期的な視野、かぁ。確かにそれは長所かもしれないけど、その分なんでもゆっくり考えるようになって世の中の流れから取り残されやすくもなるけどね。……さて、どうやら目的地に到着したようだよ」
彼が杖で指し示す先には、惨劇の跡が広がっていた。
落ち葉の上に倒れている数頭のイノシシの死骸。
そのどれもがライナーが俺たちに見せてくれた死骸と同じで、体に紫の斑点がいくつも浮き上がっており、はらわたが無残に食い散らかされている。
「これはまた、相当激しく食い荒らしたようだね……。産卵期を迎えたヴァンキッシュの雌は栄養補給のために獲物を探し求めるものだけど、一度にこれだけ喰らうとはちょっと異常だよ」
「群れの数が多いのかそれとも群れに大喰らいの奴がいるのか、どちらでしょうね」
「さぁてどうかなぁ……。どちらもいるというのが最悪な答えだけどね」
ヴァンキッシュは動物の内臓を特に好んで食べる性質があり、他の部位は余程腹を空かせていない時を除いてそのまま放置する。
毒液を吐きかけて、痛みで動けなくなった獲物の腸を喰らうのが連中の習性だ。
しかしヴァンキッシュの群れが一度に喰らう量は通常イノシシにして一、二頭ほど。
しかしここで殺されているイノシシは数えただけで四頭、ライナーが家にもってきた死骸を含めれば五頭になる。
恐らくこのイノシシたちは群れ全てが襲われたのだろう。
この勢いでイノシシが襲われ続けられるとやがてイノシシが森からいなくなり、次はシカや他の小動物、果ては人間すら襲いかねない。
早急に調査に来たのは正解だったようだ。
俺がキルシュに顔を向けると、彼は頷いて指示を出した。
「では頼むよ、ザイ」
「はい、キルシュ。これから探索に入ります」
この場に残されたヴァンキッシュの痕跡を探るため、魔素を体全体に行き渡らせ感覚を研ぎ澄ます。
護衛士は魔術師と契約を交わし魔力を通してもらうことで、魔術師と同じように大気に満ちる魔素を体内に取り込むことが出来るようになる。
しかし魔術師と同じように魔素を魔術に変換して奇跡を起こすことはできない。
その代わり己の全身に魔素を行き渡らせることで感覚を鋭敏にし、護衛士は自身の身体能力を大幅に向上させることができる。
これは“身体強化の法”と称される技能で、護衛士になる時最初に習得するものだ。
この能力を使用することによって、護衛士の聴覚、嗅覚、視覚は常人の五倍から十倍近くに跳ね上がる。
通常の感覚では見通してしまう僅かな環境の変化なども敏感に感じ取れるようになるのだ。
この能力を駆使すれば魔物の足取りを掴んだり、危険を予め察知することができるようになる。
身体強化した俺は、付近に漂う僅かな匂いの中からある特定のものを見つけた。
これはフェロモンと呼ばれるものだ。
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