第5話

「で、人間というのはボクたちエルフとは違って、それほど長生きするように体ができていないのね。つまり新陳代謝の限界が短くて、段々と体の細胞の再生が滞るようになっているんだよ」


「……」


また始まったか。


デボラはキルシュの話についていけず茫然としているが、当然キルシュはそれに気づくこともなく講釈を続けている。


「これが生物の寿命そのものに影響するわけなんだけど、デボラさんの膝の部分はちょうどその状況に陥っているわけだよ。古い部分が再生されないまま使われているから、軟骨がすり減っている分、膝関節の骨と骨のすき間が狭くなってそこが軋んでいるわけね。これが神経に触って……」


「キルシュ、そこまでですよ」


俺は怒涛のごとく膝関節症の説明を行っているキルシュを制止した。


「ん、なんだいザイ。薬はできたの?」


「はい。人参薬の調合はとっくに終わりましたよ。それよりほら、デボラさんの顔を見て下さい」


「ん? ……ああ、ごめんごめん。話を置き去りにしちゃったね。ついやっちゃうボクの悪いクセ」


デボラがぽかんと口を開けている姿を見て、キルシュは自分が専門的な話をし過ぎて彼女の事を置いてきぼりにしている事実にようやく気づいたようだ。


一般人に症例の詳しい説明をしてもついていけないしそもそも意味がないですよと伝えているのだが、この悪癖はなかなか治りそうにない。


「わかりにくい説明をしてしまったようだね。いろいろ端折って言うと、長年使ってきた膝が疲労して耐久力不足に陥っているわけ。まだ内部に炎症が起きていない初期の段階だから対処はそれほど難しくないよ。ただ、薬草だけでは対処しきれないね」


キルシュは席を立つと懐から鍵を取り出し、居間の壁際にある戸棚の前に移動すると鍵を差し込み扉を開けた。


戸棚の中をしばらく眺めて青い液体が入った瓶を手に取ったキルシュは、それをテーブルの上に置く。


「今回はこのポーションを試してみよう。膝関節の軟骨の補修に効能があるよ。とりあえずこれを今日服用してみて。併せて一週間こっちの粉薬も服用してもらうと、冷えも解消されるからとても膝が楽になるはずだよ」


魔法薬であるポーションは魔法を使える魔術師でなくては生成できず、その管理や処方も含めてすべて魔術師が行うことになっている。


護衛士である俺も例外ではない。


なぜかと言えば、ポーションは使い方を誤れば使用者にとって命取りになりかねない劇薬だからだ。


薬草は薬効成分をもつ植物のことをさすが、それだけですべての病気や怪我を癒せるわけではない。


ポーションはそれらの治療を可能にする。


当然等級が高い方が効果が高いのだが、その分体力も大きく削られる。


体力が有り余っている若者であればそれほど心配はいらないが(とはいえ特級ポーションを使えば体力自慢の十代の若者でさえ数日寝たきりになる場合がある)、幼子や老人など体力が少ない者が使用すれば体に強い負荷がかかり、命取りになる恐れすらある。


これを避けるため、軽い症状であれば病気や怪我の治療は薬草を用いた治療がメインとなり、それが及ばない重症の時のみポーションが処方される。


キルシュがデボラに処方したのは青色の三級ポーションなので、体力の負荷はほとんどかからないが効果もやや低めとなる。


それを先ほど処方した薬草で補うことで寛解を目指すのだ。


「先生いつもすみませんねぇ。うちのダンナもギックリ腰をやって一時期大変だったのに、先生のお薬で今じゃピンピンしてますよ」


「それは良かった。ただギックリはクセになることがあるから、油断は大敵だよ。首から腰までをしっかり温めるようにいっておいてね」


「はいはい、ちゃんと伝えておきますよ。あ、これ良かったら後で召し上がってくださいな。今朝のうちの鶏たちが生んだ新鮮な卵ですよ」


卵がぎっしりと詰まったバスケットをデボラから受け取って俺は礼を述べた。


「いつもありがとうございます。新鮮なうちに調理していただきますよ」


「そうしてくださいな。じゃ、あたしはそろそろ失礼しますね。ハラペコの家畜たちに餌をやりにいかなきゃいけないわ」


こうして本日第一号のお客の対応が終了した。


台所の洗い場にカップを片付けた後、俺は卵を冷蔵箱に収納する。


「キルシュ、冷蔵箱の氷が無くなっているので補充してください」


「いまのうちにやっておこうか。もうじき次のお客さんがきそうだね。」


どうやら結界の中に次の村人が入ってきた事をキルシュが感知したようだ。

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