第3話

「……あぁ、すいません。ぼーっとしていました。早く食べないとお客さんが来てしまいますね。急ぎます」


ガツガツとクロックムッシュを頬張る俺だったが、やはり目はキルシュの方を追ってしまう。


一挙手一投足、全てをただひたすらに見続けていたと思う時もある。


俺はこの人を愛し、惚れているのだ。


しかし俺は百年にも満たない時しか生きられない人間の護衛士、翻って彼はあと数百年は生きるであろうエルフの魔術師。


立場が違い過ぎるし、生きる時も違い過ぎる。


叶わぬ思いを抱き続けるのは辛いが、今は彼を見て、彼の世話を焼き、彼の役に立てるだけで十分幸せだ。


食事が終わりペパーミントティーをカップに注いでいると、窓の外に目をやっていたキルシュが口を開いた。


「……デボラおばさんが、そろそろ来そうだね」


彼の青白く光る瞳が“遠視”を使用している事を示している。


“遠視”とは魔力によって視野を拡大し、遥かに遠く離れた場所を見ることができるようになる魔術だ。


キルシュは自分の庵の周囲300mに魔術による”結界”を領域として展開しており、領域内に足を踏み入れた人型生物の存在を即座に感知できるようにしている。


“結界”だけでは大まかに人型生物としか判別できないため、感知した存在の映像を“遠視”によって見ることで正確な情報を得ている。


デボラおばさんとは、この近くにある人口三百人ほどの小さな村ティツの住人だ。


俺たちが住む家は、そのティツ村から歩いて十分ほど離れた「黒の森」と呼ばれる森の中に建っている。


「分かりました。支度しますね」


いつもより少し早いが、「魔術師キルシュの薬草店」営業開始だ。


古より伝わる神秘の力「魔術」を用いて、世界の平和と秩序を守る「魔術師」。


それが我が主キルシュの職業だ。


魔術師とは、世界に満ちる魔素と呼ばれる力を取り込み「魔術」という奇跡の力に変換する事ができる。


魔術は先天的な才能が影響するものであり、生まれつき資質のある者が長い修練を積んでようやく使いこなせる。


膨大な知識を蓄え、それを人類社会に還元しよりよき未来へ導くことを旨としている。


そして俺の名はザイフェルト。


魔術師と特殊な契約を取り交わし、専属の戦士である「護衛士」の職についている。


護衛士はその名のとおり魔術師の護衛を担うものであるが、日々の生活を共に送り、日常の世話なども全て担当することも多い。


魔術師と一口にいっても、その立場は多岐にわたる。


宮廷魔術師となって国家の官僚的な立場から国政を補助する道。


「叡智の塔」と呼ばれる魔術師の互助組織の中で、学究の道を志す者すなわち学者となる道。


そしてキルシュのように在野で庵を結び、人々と実際の生活で交わりながら世界に貢献する道などである。


キルシュはティツ村を中心としたアルテンブルク王国辺境地区の魔術師とされており、地区に済むすべての人々の相談を受ける立場にある。


具体的にどのような相談事を請け負っているのかといえば、今ちょうどティツ村からこの家へと続く道を歩いてきたデボラ女子に語ってもらうのがいいだろう。


「あら、おはようイケメンさん。今日も男前ねぇ」


「おはようございます、デボラさん。いつも褒めてくださってありがとうございます」


「あらやだ、お世辞じゃないのよ。あなたみたいなイケメン、村でも街でも中々見かけられないわ。護衛士じゃなかったら家の娘の結婚相手にお願いしたいぐらいだもの」


俺の体つきは、身長196cm体重80kgほど。


短く切りそろえているがもっさりとしてクセのある黒髪に榛色の瞳。


野外の仕事で日に焼けた浅黒い色の肌。


無駄にでかい体は筋肉がついて硬く岩のようにごつごつしており、戦いや肉体労働以外特に役立ったことはない。


どこにもエルフのキルシュのような美しい部分などないが、愛想のいいデボラ女史はきっと世辞を言ってくれたのだろう。


「キルシュに相談ですか?」

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