第7話

「……えーそれでは、本年も皆さん気を引き締めて……。生徒達の模範になるよう心掛け、長い歴史と伝統に恥じない……」


 かつての覇王と直臣達が、作戦会議や政務の場に使用していた、大きな円卓が設置された部屋にて。

 床に届きそうなほど長く生やした白髪と白髭を持つ学園長が、教師達に向かって入学式前の挨拶を行う。


 しっかしどうして、校長だの軍部の大将だの、お偉いさん方ってのはダラダラと冗長な演説をかますのだろうか。

 しかもこの後、入学式でも生徒達に対する『お話』を、教師として少年少女達と共に聞かなければならない。想像するだけでも貧血になりそうだ。


「では、クリストファー先生」


 そんな不真面目な思考が筒抜けになったのかと、名前を呼ばれて一瞬ビクリと肩が揺れた。

 だが注意ではなく、新参者を他の教員達に紹介するための指名だった。


「挨拶を」


「は、はい」


 円卓の椅子から立ち上がり、これから同僚となる面々を見渡す。

 誰も彼もが、各種魔法のエキスパートであるはず。容姿や雰囲気も、かなり個性的だ。


 武人のような、厳つい顔の筋骨隆々とした中年男。

 まだ若い、爽やかそうな金髪の青年。

 まさに魔女といった、妖艶な容姿の女教師。

 メガネをかけた根暗そうな女性。

 学園長よりも高齢と思われる老人。

 明らかに人間じゃない見た目の教員などなど……。

 そして幼馴染で保健医のレット。


「レットの……ピグマリオン先生の誘いを受けて、本年度から此方の学園で働かせて頂くことになりました、ロビン・クリストファーです。どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


 そうして頭を下げる。緊張したが、噛まずに言えた。


 思えば、士官学校を出て終戦を迎えてから、これほど多くの他人と関わるのは久々だ。職場での人付き合いというのは、軍隊における上官・下士官の関係とはまた違うものだろう。


 緊張している俺だったが、円卓を囲む教師陣はパチパチパチと、まばらな拍手で歓迎してくれた。

 その中でも特にレットはニコニコした笑顔を浮かべ、誰よりも力強く拍手している。


 しかし――中には腕組みをしたまま、品定めするような目線を送ってくる教師もいた。


「……『ご指導ご鞭撻』は、我々が生徒達に対してやるべきことだ。教えを乞う立場ではなく、若者を導く聖職であるのをお忘れなく。知識だけを与えれば良いというものではないぞ」


 無精髭を生やした、強面な男性教師に釘を刺された。

 ……正直、そんな揚げ足取りみたいなこと言わんでも、とは思ってしまう。


 だがエリート揃いの生徒を育てるために、教師達も凄腕が集められていると聞く。

 宮廷魔導士の経験を持つ者や、それ相応の実力と知識を持っているが故の、自覚の高さから来る発言か。


 そんなハイレベルな職場へ、俺が――俺みたいな貴族の生まれでもない、宮廷魔導士試験に落ち続けた、何の資格も持たない眼帯男が――代理とはいえ飛び込んできたのだ。疑念を抱くのは当然だろう。


「と、ところでクリストファー先生は、どの魔法の系統を扱うんですか?」


 すると、ピリついた空気を感じ取ったのか、俺やレットと同年代らしき若い金髪の青年が、咄嗟に話題を変えてくれた。

 実に助かる。彼とは仲良くしておきたい。


「特に決まってはいません。火でも水でも風でも、『八大元素』はおおむね扱えます。治癒魔法や魔法薬学は専門ではありませんが、それ以外は基本的にどれでも教えられると思います」


 ありのままを告げると、円卓を囲む面々には、割と好意的な感触のようだった。


「ほう。では光と闇属性の魔法もですか……」


「あらぁ、それは珍しい……。研究し甲斐があるわね、ウフフ……」


「素晴らしいですな」


 歓迎ムードになってくれたか――と、思いきや。


 またしても無精髭のコワモテ教師が、手元の資料に目を通してから、ジロリと睨んできた。


「……書類には、士官学校に入る前の経歴が、あまり詳細に書かれていないようだが?」


「それは……」


 あまり突っつかれたくない部分を、よくもまぁ的確に取り上げてきやがる。


 しかし下手な嘘をつくのも立場を悪くするだけだと思い、正直に告白することにした。


「……十歳になるまでは、王都の三番地区で過ごしていました。血の繋がった親や兄弟はいません」


「三番地区……?」


「たしか、かつてのスラム街ね」


「むぅ……。それは……何とも、のぅ……」


 円卓を包む空気が一転して、よろしくない色を見せ始める。


 レットはどうにかフォローしようと、汗を浮かべて目を泳がせているが、アイツも新入りの部類なのだろう。ベテランの教師陣に対して、意見できるほどの強い立場は持っていないはずだ。


「……大丈夫なのかね?」


「何か問題が起きてからでは遅いのじゃぞ」


「大貴族の親達からクレームを付けられたら、面倒どころの騒ぎではないですねぇ」


 彼ら彼女らの懸念は尤もだ。むしろ俺自身が、俺の能力不足を一番心配している。

 だがそれを面と向かって本人に伝えたところで、どうにかなるのか? とも感じてしまう。

 何より、たとえスラム街の出身であろうと――『アイツ』みたいに、類い稀なる才能を発揮する人間もいる。

 その実例を真横で見てきた。血筋や経歴だけで、人の能力は判断できないはずだ。


 相棒の人生まで否定や小馬鹿にされたようで、俺の中で感情的な部分が出てきてしまう。

 面倒だ。こういう時、良くも悪くも軍隊では実力を見せれば話が早かった。


「……もし私の着任に疑問がある方は、よければ御手合せでもいたしましょうか? たぶん、誰にも負けないと思いますが」


 ――瞬間。円卓の間の雰囲気が、一変した。


 ほぼ全員が臨戦態勢になる。一斉に殺気を向けられる。虎の尾を踏んだか、コレは。

 久々に肌がヒリヒリする。戦場で何度も経験した。弾丸が脳天のすぐ脇を掠め、死が首筋にまで迫る、あの感覚だ。


「あァ……?」


「何だと?」


「あらぁ、ウフフ……。面白い子ねぇ」


「若造が……。学園長先生に恥をかかせる気か? ワシらをナメてると、ブチ殺すぞ」


 だがコッチだって退く気はない。新人だから、貧民の出だからというだけで、不当に侮られる謂れはないはずだ。

 エリート校の教師だかなんだか知らないが、ソッチこそどれだけの知識と技量があるのか、直に見せて欲しいものだ。


 レットは青い顔して「それはマズいよプーちゃん」と訴えてくる。しかし俺も既にやる気だ。


 そして――。


「まぁまぁ、皆さん」


 ぱん、ぱん、と。

 今にも折れそうな細い腕で、皺まみれの手を叩いて、学園長が制止する。


「落ち着きなさい」


 その一言だけで、殺気を隠す様子すら見せなかった教師達が、姿勢を正した。

 何人かが円卓の下で発動しようとしていた、魔法陣の気配も消える。


「クリストファー先生の過去はどうあれ、当校で教鞭を振るうに相応しい人物であると、既に筆記や技能試験や面接によって、資質を証明してもらっています。あとは、彼の授業や生徒達からの評判によって、指導力を把握できるでしょう」


 流石は、老成していると言うべきか。

 トップの仲裁によって、教員達はそれ以上、俺に難色を示すことはなかった。

 レットも学園長の言葉にブンブンと首を縦に振り、激しく同意している。


「さぁ、入学式に行きましょう。生徒達が待っています」


 未だ納得しきっていない様子の教師もいたが、一触即発になった円卓の間は、ひとまず治まった。

 こうして俺は、どうにか無事に初日の顔合わせを終えた。


 前途多難な感じはするが……何はともあれ、教師としての第一歩だ。

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