第45話 交流の日々
―――
その間、俺とイネスは引き続きダンジョン攻略を続けていた。
目的は変わらず、イネスのレベル上げだ。
そのため、おのずとレベルアップ効率は落ちてしまったが……それを考慮しても、イネスの成長速度は一般的なそれを大きく凌駕していた。
その証拠に――
「やった! レベルが1000になったよ、シモン!」
Sランクダンジョン【
その最深部にて、レベル1200のボスを倒したイネスが嬉しそうに叫んだ。
これで彼女は、Aランクを飛び越えてSランクに到達した。
Sランク冒険者ともなれば、この迷宮都市であっても有数の実力者だ。
少なくとも、以前絡んできたような奴らではもう相手にすらならないだろう。
1000レベルは、多くの冒険者が目標にする最終到達点。
そこに至ったイネスだが……彼女はしばらく喜んだかと思えば、すぐにその勢いを衰えさせた。
「で、でも、本当にいいのかな……? こんなわたしが……」
イネスは申し訳なさそうに、俯いて呟く。
対して俺は肩をすくめてみせた。
「まだ物足りないか? それなら、もっとペースを上げて――」
「逆だよ!? わたしのレベルが、こんな簡単に上がっちゃっていいのかなって意味だから! ……だって全部、シモンに頼りきりだもん」
「……ああ、そういうことか」
ようやく理解できた。
イネスは、俺の力を借りての急成長に戸惑っているようだ。
その心情は理解できなくもない。
レベル1000ともなれば、通常ならどれだけの天才であろうと10~20年はかかる領域。
並の冒険者であれば――いや、多少才能に恵まれていたとしても、99%の冒険者は一生をかけても到達できないだろう。
それをイネスは、俺の手を借りてわずか数日で到達してしまった。
その成長速度は、かつて俺が【黒きアビス】で経験したそれすらも大きく上回っている。
こういった反応になるのも至極当然だ。
(……まあ、さすがにこれからは効率も落ちるだろうけどな)
周辺にあるAランク以上のダンジョンは、ほとんど網羅しつつある。
無限再生を隠している以上、自死によって再出現させるわけにもいかないし……ちょっと両足を斬っただけであれだけ騒いでいたことを考えると、イネスも納得はしないだろう。
俺にできる手助けにも限度はある。
別れの日は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。
俺はそんなことを思うのだった。
◇◆◇
「はぁ……疲れた……」
数時間後。
宿に戻った俺たちだったが、今日だけでダンジョンを2つも攻略したためか、イネスは疲労の色を隠せずにいた。
「シモン……ちょっと、休んでいい?」
「ああ、構わない。部屋で休んでこい」
「うん、ありがと……」
そう言って、イネスは自室へと向かっていった。
俺はひとまず、宿の食堂へと向かう。
そこには、宿の手伝いをしている少女の姿があった。
「あ、シモンさん! お帰りなさい!」
少女――確かミアだったか――が、俺に気づいて嬉しそうに駆け寄ってくる。
この宿に来てから一週間、いつの間にかミアとイネスは仲良くなっており、その流れでミアは俺にも話しかけてくるようになっていた。
「最近、イネスさんとよくお話ししてるんですよ。とっても優しくて、素敵な方なんです!」
ミアはキラキラとした瞳でイネスの話をする。
どうやら、イネスのことを相当気に入っているようだ。
俺は返答に困りながらも、相槌を返す。
「……そうだな」
「はい! ……あっ、話し込んじゃってごめんなさい! すぐにお料理を持ってきますね!」
ミアはそう言い残し、またテキパキと動き始める。
途中、イネスが疲れて部屋から出られないことを伝えると、彼女の分も別で用意してくれた。
食事を終えた後、俺はイネス用のトレーを彼女の部屋まで運んだ。
「イネス、いるか?」
「うん、どうぞ!」
部屋に入り、イネスにトレーを渡しながら経緯を説明する。
疲れ切った表情の彼女だが、ミアの話を聞いて少し表情が明るくなった。
「ミアちゃん、本当に良い子だよね。こんなに優しくしてもらえるなんて……」
「ああ、お前との相性が良いみたいだな」
そう言葉を返した時だった。
イネスの表情が、少しだけ
「ミアちゃんは、優しい子だからね……あんな子に身分を隠してるって考えたら、少しだけ心苦しくなっちゃうけど」
「……イネス」
そう。イネスは今でも、自分がハーフエルフであることを隠し続けている。
差別の恐怖に怯えながら、必死に素性を隠しているのだ。
「もし、ハーフエルフだってバレたりしたら……ミアちゃんも、わたしのこと嫌いになっちゃうのかな……」
イネスは悲しそうに呟く。
人間に交じって生きる、ハーフエルフの宿命とも言える。
俺はそんなイネスの言葉に、どう反応すれば良いのか分からなかった。
ただ無言で、イネスを見つめ返すことしかできない。
そんな折、先ほど見た
「……案外、あっさり受け入れるかもしれないけどな」
「えっ?」
イネスは驚いたように、きょとんとした表情を浮かべた。
「前にも言ったが、誰も彼もが差別意識を持っているわけじゃない。他人の評価よりも、自分の目で見たものを信じる奴は少なくないはずだ」
「…………」
「俺から言えるのはそれだけだ。今日はそれを食って、とっとと体を休ませろ」
そう言い残すと、俺は扉まで向かいドアノブに手をかける。
すると――
「……ありがと、シモン」
背後では、イネスがポツリと感謝を呟いていたが……
俺は聞こえなかったふりをして、そのまま部屋を後にするのだった。
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