第43話 共鳴の効果


「ユニークスキル……【共鳴】?」



 イネスの言葉を受け、俺は思わず驚きの声を上げていた。

 何か特殊なスキルを保有しているとは予想していたが、それがユニークスキルとまでは考えていなかった。


 ……まさかそんなところまで、俺と同じ境遇だったとは。

 どうやら俺と彼女の間には、不思議な縁があるようだ。


「うん、そうだよ。わたしは、対象の思考や感情を読み取ることができる【共鳴】の能力を持ってるの」


 イネスは自分のスキルについて、ゆっくりと説明を始める。


「たとえば、向かってくる魔物の『この攻撃で仕留めてやる』みたいな考えが読めたら、その通りに動いて攻撃を避けることができるんだ。だから、わたしは魔物との戦闘で被弾することが少ないんだよ」

「……なるほどな」


 納得がいった。

 前に見た時の、イネスの回避力の高さは、この【共鳴】のおかげだったわけだ。



「あとは特定の相手じゃなくて、おおまかに周辺一帯の思考を読むこともできて……特にわたしに対する敵意なんかは、敏感に感知できたりもするんだ」

「……それはなかなか便利そうだな」

「うん! まあ、火力を出せるわけじゃないって欠点はあるんだけど……それでも、わたしからしたらこれ以上ないスキルかなって」



 自信ありげな言葉とは裏腹に、その表情は少しだけ曇っているように見えた。

 今の説明からして、イネスはこのスキルを戦闘だけでなく、追手から逃げるためにも活用していたはずだ。

 ……恐らく、彼女はそんな過去の日々を思い出してしまったのだろう。


 いずれにせよ、イネスが持つユニークスキルについては理解した。

 問題は、これからどうやって彼女を鍛えるかだが――


「ッ! シモン、あっち!」


 ――突如として、イネスが警戒するように横を向いた、その直後だった。



「ブルァァァアアアアア!」

「ゴォォォオオオオオオ!」



 イネスが視線を向けた先から、2つの咆哮が聞こえてくる。

 遅れて俺もそちらを見ると、遠くに何かの影が映った。

 よく見ると、それは豚の人型をした魔物と、金属でできた巨人の姿だった。



 ――――――――――――――


【ハイオーク】

 ・レベル:450


 ――――――――――――――


鉄の巨人アイアン・ゴーレム

 ・レベル:420


 ――――――――――――――



「……この距離で気付けるのか」


 【共鳴】の優秀さがよく分かった。

 まさかイネスの方が、俺より早く魔物の襲撃に気付くとは。


 ちなみにレベルは浅層ということもあり、まだどちらもイネスより低い。

 俺は少しだけ考え、彼女に向けて告げた。


「ちょうどいい。イネス、お前一人で戦ってみろ。お前の実力を、改めてここで確かめさせてもらう」


 イネスは一瞬だけ驚いた顔をする。

 だがすぐに、その表情は真剣なものへと変わった。


「……分かった。やってみるね」


 そう告げると、イネスはゆっくりと2体の魔物へと歩み寄っていく。

 イネスに気付いた魔物たちが、それぞれ牙を剥き、金属音を立てながら襲いかかった。

 身軽なハイオークの方が動きが速く、いまにも肉薄してきそうだ。


 しかしイネスは、恐れることなくその場に立ち続けた。


「……来る!」


 その数秒後、ハイオークの振るった棍棒が、イネスに向かって振り下ろされる。

 だが、その攻撃がイネスに届くことはなかった。


 事前に狙いどころを見抜いていたのか、イネスはわずかな動きで棍棒を躱すと、そのままの勢いでハイオークの懐に飛び込む。

 そして、手にした短剣で一気に斬りつけた。


「ハアッ!」

「グルァァァアアアアア!?」


 素早い動きから繰り出される、怒涛の連撃。

 イネスはハイオークの回避行動すら読み切っているようで、次々と急所に攻撃を浴びせていく。

 その結果、なんと鉄の巨人アイアン・ゴーレムが迫ってくるまでのほんの数秒で討伐に成功した。


(……やはり、かなり戦い慣れしてるみたいだな)


 そう考えつつ、次は鉄の巨人アイアン・ゴーレムとの戦闘を見守る。

 先程のハイオークとは違い、鉄の巨人アイアン・ゴーレムは全身が硬い金属で覆われている。

 鋭い短剣でも、簡単に斬れるような相手ではないだろう。


「くっ、やっぱり硬い……!」


 案の定、イネスの短剣は鉄の巨人アイアン・ゴーレムの装甲を切り裂くことができずにいた。

 一方の鉄の巨人アイアン・ゴーレムは、鈍重な動きながらもイネスに攻撃を繰り出してくる。


 この状況をどう打開するのか。

 少し手間取るかと思われたその時、イネスはバックステップしながら弓へと手を伸ばした。


「なら、遠距離から攻撃するしかないよね!」


 そう叫ぶなり、イネスは次々と矢を放っていく。

 鉄の巨人アイアン・ゴーレムの装甲に阻まれ、なかなかダメージを与えられない。

 だが、イネスはめげることなく、執拗に攻撃を続けた。


 5分ほどが経った頃だろうか。

 ようやく大量の矢で、鉄の巨人アイアン・ゴーレムもその機能を停止させたのだった。


 こうして、イネスは2体の魔物を見事に討伐した。



「……ふぅ」


 イネスは息を整えた後、こちらに駆け寄ってくる。


「シモン、どうだった?」


 そう尋ねるイネスの表情は、どこか不安げだった。

 まるで俺から見放されるのを恐れてるかのようだ。 

 これまでの不遇な反省が、彼女にそんな反応をさせるのだろうか。


 しかし実際のところ、ユニークスキル【共鳴】を使いこなし、状況に合わせて武器を使い分ける。

 そのバランスの取れた戦闘スタイルは、俺の想像以上の物だった。


「……悪くなかった。共鳴も、想像以上に使えるみたいだしな」

「っ! そっか。ありがと、シモン!」


 イネスは満面の笑みでそう返してきた。

 ただ感想を言っただけで、こんな礼をする必要はあるのだろうか。

 そう疑問に思いつつ、俺は唯一気になった点を尋ねる。


「……ただ、お前も言っていたように、火力については少し難があるな」


 先の戦闘。

 鉄の巨人アイアン・ゴーレムのレベルは、イネスやハイオークよりも一段下。

 にもかかわらず、討伐にはかなりの時間を要していた。


 そこを指摘すると、イネスは気恥ずかしそうに頬をかいた。


「う、うん。やっぱりそうだよね。回避や時間稼ぎなら得意なんだけど、硬い相手にダメージを通すことはなかなかできなくって……だからこれまでもレベルを上げる時は、スピードがある代わりに耐久力の低い魔物ばかり狙ってたんだ」

「……なるほどな」


 これで実力と戦闘スタイルは理解できた。

 それに伴って、イネスをどうやって鍛えるか俺の中で結論が出る。


「それじゃ、ここからが本番だ。ちょうどいい相手がいるからついてこい」

「うん、もちろん!」


 イネスは満面の浮かべると、俺を信頼しきった様子で後をついてくるのだった。



 ◇◆◇



 ――――その、わずか3時間後。



 Sランクダンジョン【神の土塊】。

 その最深部にて。



『グルォォォオオオオオ!!!』



 イネスの目の前には、強靭な耐久力を誇るレベル2500のボス――『無貌むぼう巨人きょじん』が立ちはだかっていた。


「……ふえっ?」


 理解できないとばかりに目を丸くするイネスに向かって、俺ははっきりと告げた。



「じゃあ、倒せ」

「……………………え」



 数秒の静寂の後。

 無貌むぼう巨人きょじんの雄叫びをかき消すほどの声量で、イネスが悲鳴を上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る