第37話 ハーフエルフ

 エルフ族と思われる銀髪の少女と、彼女を取り囲む5人の男冒険者。

 何やらきな臭い雰囲気を醸し出していた。


「……面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだな」


 気配を消して、バレないようにさっさと通り過ぎようかと考えていた矢先、追手側の男たちが声を上げた。



「はっ、残念だったな! ダンジョンに潜れば逃げ切れると思ったか!?」

「それくらいで逃がすほど俺たちは甘くねえよ! ってか、どうやら魔物との連戦で疲労も溜まってるみたいだな」

「へへっ、そいつは好都合。さっさと捕えちまおうぜ!」



 ……なるほど。


 男たちの発言で、おおよその状況は理解できた。

 ありきたりだが、少女の身柄を捕えて売り払おうとでもしているのだろう。

 エルフ族はこの国でも珍しい存在。欲しがる金持ちがいても全くおかしくない。


「結局、こうなっちゃうんだ……」


 少女は険しい表情を浮かべながら、悔しそうにそう呟く。

 その様子から抵抗の意思は見えない。

 魔物との連戦と、追手から逃げ続けたことで疲労が限界を迎えているのだろう。

 先ほどの戦闘時、格下の魔物相手にもかかわらず、やけに疲れた様子だったことにもそれで説明がつく。

 

「なんだ、もう抵抗する気はなくなったのか?」

「ようやく立場を弁えたみたいだな」


 勝利を確信した男たちは、ゲスい笑みを浮かべながら少女に近づいていく。


 その光景を前に、俺は少し悩んだ。

 俺と少女は無関係で、特に助けてやる義理はない。

 復讐を成し遂げるためにも、不必要に目立つ行為は避けていくべきだ。


 それでも。

 俺は自分の意思を以て、その場に介入することにした。

 複数人に敵意を向けられ絶望する少女の姿が、かつての自分に重なって見えたからというのもある。


 だけど、それ以上に大きな理由があった。

 単純な話――俺は、男たちが気に食わなかった。

 

「まあ、どうにでもなるか……」


 小さくそう呟いた後、俺は一息で少女の前に移動した。

 そして、


「そこまでにしておけ」


 そう告げると、全員の注目が一斉に俺へと集まる。


「あ、あなたは……?」


 背後からは、少女の戸惑ったような声。

 そして前方では――


「ああん? 何だテメェは?」

「コイツに仲間がいた……? いや、通りすがりのただの冒険者か。チッ、面倒なことになりやがったな」


 突如として現れた乱入者に対し、男たちは各々の武器を構え始める。

 俺が少女を守ろうとしていることくらいは、説明せずとも分かったのだろう。


 そんな折、一人が何かに気付いたように「あっ」と声を漏らした。



「待てみんな、よく見ろ! 誰かと思ったらコイツ、ついこないだギルドに登録しに来たレベル40の雑魚じゃねえか!」

「レベル40……? ああ! 最近よくか! ……ってことはなんだ? そんな低レベルの分際で、俺たちに逆らおうってか?」

「ハッ、これだから力の差が分からない野郎は! 雑魚の分際でかっこつけなければ生きながらえただろうに、残念だったな」



 どうやら俺のことを知っているみたいだ。

 ……まあ、それはどっちでもいい。

 対峙してもまだ本当の力量差が分かってない以上、コイツらはその程度の存在。

 相手取るだけなら全く問題ないだろう。


 それよりも。

 俺は先ほどから気になっていたことを尋ねることにした。



「お前たちは、自分が何をしているのか分かっているのか?」

「ああん? 何だと!?」

「この国では条約によって、異種族への差別行為は禁じられている。特にエルフ族は仲間意識が強い。一族の者が乱暴な扱いをされたとなれば、一族総出で反撃に来る可能性すらある……それを知らないわけじゃないだろ?」



 元々、一介の冒険者でしかない俺でも知っているのだ。

 この迷宮都市で活動しているコイツらが知らないはずがない。


 エルフ族の中には、長い年月によって力を得た強者が数多くいるという。

 コイツ等ごときに敵う相手じゃないはずだ。

 それに、エルフ族と友好な関係を築くことは国としての優先事項でもある。その関係に亀裂を入れるとなれば、王国騎士団によって処分される恐れもあるだろう。


 そんな前提の中で告げた提言だったのだが――

 男たちはしばらくキョトンとした表情を浮かべた後、一斉に笑い出した。


「は、ははっ! 何を言いだすかと思えば馬鹿馬鹿しい!」

「…………」

「まあいい、ここまで笑わせてくれた礼に教えてやるよ。確かに今、お前が言ったことは正しい。けどな、その女は例外なんだよ!」

「……どういうことだ?」


 リーダーらしき男はビシッと、俺の背後にいる少女を指さす。

 すると、


「…………っ」


 少女は困ったような、申し訳なさそうな表情で下を向いていた。

 それに気をよくしたのか、男は高らかに言葉を紡ぐ。


「そこにいる女はな、エルフはエルフでもなんだよ! 人族からもエルフ族からも嫌われている半端者。そんな奴に手を出したところで、報復なんてくるわけねえだろうが!」

「――――ッ」


 ハーフエルフ。

 そう告げられた瞬間、少女の体が激しく揺れた。

 まるで、絶対に触れてほしくない領域に踏み込まれたかのように。


 俺も詳しくないが、聞いたことがある。

 エルフ族は掟により、同族以外と子をなすことを禁じられている。

 ハーフエルフとは、その存在自体が掟破りの証明なのだ。


「……なるほど、そういうことだったのか」

「っ」


 俺の呟きを聞き、震える少女。

 その姿はまるで、味方になってくれたはずの俺から敵意を向けられるのを恐れているようですらあった。


 きっと彼女は、これまでも同じような偏見を向けられ続けたのだろう。

 言葉で聞かずとも、それが簡単に分かってしまう反応だった。


「……ふう」


 結局、どこにでもこういった差別はあるということだろう。

 外れユニークスキル持ちと、ハーフエルフ。

 事情は違うが、かつての自分と似たものを俺は感じた。


 だから、俺は――


「ごめん、なさい」


 ――少女に言葉を投げかけようとした、その矢先。

 彼女は突然、謝罪の言葉を口にした。


「わたしの事情に巻き込んで、ごめんなさい。あなただけでも逃げて……」

「……名前は?」

「えっ?」


 俺は少女の言葉を無視し、こちらの質問をぶつけてやった。


「お前の名前だ」

「イ、イネス、だけど……」

「……そうか。とりあえず、コイツらの相手は俺がする。イネスはそこにいろ」

「それって、どういう……」


 困惑した様子の少女――イネスを放置し、俺は男たちに向き直る。

 それが敵対の意思と理解できたのだろう。リーダーらしき男は苛立ったように眉をひそめた。


「おいおいなんだ、まさか反抗する気か? 低レベルってのは、どうやら知能まで劣ってるらしいな!」


 その言葉に、周囲の者たちが爆笑する。


「まあいい。抵抗するってんなら現実を見せてやるだけだ。しゃしゃり出てきたテメェを無残に殺して、逆らったどうなるかその女に教えてやるよ」


 リーダーらしき男は、隣に立つ男に命じる。


「ほら、さっさとやっちまいな」

「了解で~す!」


 命じられた男は下卑た笑みとともに、ゆっくりこちらに近づいてくる。

 その手には短剣が握られていた。

 彼我ひがの距離が、1メートルまで詰まる。



「へへっ、雑魚の分際で調子に乗りやがって。テメェみたいな愚図は、このオレの剣技で華麗に捌いて――え?」



 ――それ以上、男の言葉が紡がれることはなかった。

 俺が振るった骸の剣ネクロ・ディザイアによって、真っ二つになった上半身が滑り落ちていったからだ。


「……反応すらできないのか」


 間抜けな表情のまま死に絶えた男を一瞥した後、俺は骸の剣ネクロ・ディザイアに付着した血を払う。

 そして、改めてリーダーらしき男に視線を向けた。


「……は? は? はあ!?」

 

 男たちは未だに何が起きたか理解していないようで、口をぽかんと開けたままその場に突っ立っていた。


「い、今……いったい何が……」


 困惑しているのは男たちだけでなく、後方にいるイネスも同様だった。

 俺は彼女に対し、背中越しで簡潔に告げる。



「細かい話は後だ。とりあえず、コイツらを全員片づけるまで待っていろ」



 そして俺は、蹂躙を開始した。



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