第30話 原罪の在り処

 最後の主菜メイン・ディッシュはどのように行うべきか。

 悩むシンの前で、アルトが辛うじて声を絞り出す。


「待って、くれ……シン……これは、何かの、間違いなんだ……」


 それは命乞いの言葉。

 ここに来て、まだ説得できると考えているのだろうか。

 呆れながら、シンはアルトに冷たい視線を送る。


「間違いだと? ふざけるのも大概にしろ。【黎明の守護者お前たち】は俺を裏切った。大切な家族を殺した。それを率いたリーダーはお前だろ、アルト」


 その言葉に対し、アルトは激しく首を振った。


「違う! 違うんだ! 聞いてくれ、シン! あの日、お前の村にハングリー・ドレイクを誘導しようと提案したのも、ユニークスキル持ちのお前を騙して勧誘しようと言い出したのも、俺じゃないんだ!」

「……何だと?」


 それは、シンにとっても無視できない主張だった。

 責任逃れとしか思えないふざけた内容だが、アルトの表情からは決して嘘をついているようには見えない。


 シンは骸の剣ネクロ・ディザイアを掲げると、アルトの右手に突き刺した。


「ぐうっ!」

「……どういうことだ?」


 続けて、問いかける。


「提案したのがお前じゃないだと? だったらいったい誰があんな最悪なことを考えた!? ガレンか? シエラか? セドリックか? それとも……」


 シンの脳裏によぎる、ある一人の人物。

 その名を口に出そうとするも、それを遮るようにアルトが叫ぶ。


「違う、その誰でもない! もう一人いただろう!? 俺たちのパーティーには! 二年前に突然いなくなりやがったけど……そうだ、間違いない。俺じゃないんだ、そもそもの原因は……全ての罪の始まりは、アイツの――」


 そして、アルトは言った。




「――――のせいだ!」




 《アダム》。

 その名を、シンは知っていた。

 なにせ彼は、シンが【黎明の守護者】に所属していた当時の、れっきとしたメンバーだったのだから。


 しかし、シンの中でアダムの印象はあまり強くなかった。

 というのも、彼は常に飄々とした人物だったからだ。

 他のメンバーに比べて――それこそ、最も関わりの薄かったセドリックと比べても、ほとんど話したことがない相手。

 シンにとっては、本当にただのパーティーメンバーでしかなかった。


 そしてアダムは二年前のあの日、所用があるとのことで調査依頼に同行しなかった。

 そのため、シンが裏切られた瞬間に居合わせることはなかった。


 とはいえ、彼もパーティーメンバーである以上、シンを仲間に入れた理由については元から知っていたはずであり、復讐対象には違いない。


 そう思っていたからこそ、シンが地上に出てから【黎明の守護者】の情報を集める中で、彼が既にパーティーから脱退していると聞いた時は、探すのが少々面倒だなと思ったものだ。


 そして今、多少なりとも動向を知っているであろうアルトから拷問してでも聞き出そうと考えていたのだが――


 実際にアルトの口から出てきたのは、全く想定外の言葉だった。

 

「アダムが全ての原因……それは本気で言ってるのか?」

「あ、ああ。そうだ。俺たちはアイツの口車に乗せられただけなんだ! アイツの提案がなければ、あの村を滅ぼすことも、お前を仲間に入れて騙すこともなかった……本当だ、信じてくれ!」


 そう告げるアルトは、まさに鬼気迫った表情だった。

 ここで何とか責任を逃れないことには、生き延びられないと考えているからだろう。


 しかしもはや今のシンにとって、アルトの態度などどうでもよかった。

 アルトの言葉が本当に正しいとすれば、全ての前提が崩れ去る。

 復讐がこれで終わるばかりか、と言えるだろう。


 ここでふと、シンはある疑問を抱いた。



「いいだろう。ひとまず、今の言葉は信じてやる」

「ほ、本当か!? だったら俺だけでも助けてくれ! この通りだ!」

「……それは、ここからの態度次第だな」

「あ、ああ! ……いや、分かりました! 言う通りにします!」



 頭を地面に擦り付けるアルトに対し、シンはその疑問を尋ねることにした。


「今の話の中で、不明瞭な点が一つだけある」

「な、何でしょうか……?」

「俺を騙してパーティーに入れた部分だ。お前は以前、俺をレベル100まで育ててからとある貴族に売るつもりだと言っていた。それは間違いないな?」


 アルトはこくりと頷く。



「は、はい。ですがそれもアダムからの提案だったんです。貴族との橋渡しも、アイツがする予定で……」

「その貴族の名前と目的は?」

「え? 名前と目的ですか? ……えーっと、ですからそれはアダムの担当だったので、俺たちも詳しいことは何も知らなくて――」

「――嘘だな」

「っ!? ぁぁぁあああああ!」



 シンはアルトの右手に刺した骸の剣ネクロ・ディザイアの切っ先を、ぐりぐりと回す。

 痛みに悶えるアルトに対し、シンは冷たい声で言った。


「お前は立場を理解しているのか?」

「う、ぁぁぁ……嘘なんて、決してついては……」

「クリムの存在を、俺が忘れたとでも思ったか!?」

「ッ!?」


 アルトは“しまった!”とでも言いたげに、目を大きく見開いた。


「アイツは俺と同じユニークスキル持ち。パーティーに入れた理由も同じだろう。となれば……アダムがいなくなった今も、その貴族との伝手はあるはずだ」

「そ、それは……」

「ここで死にたいのなら、それでも構わない」


 シンが剣を振り上げると、アルトは慌てて声を張り上げる。


「待ってください! 言う! 言います!」

「…………」

「……ブラスフェミー公爵家、その当主様です」


 ブラスフェミー公爵家。

 元々は一介の冒険者でしかなく、国の事情に詳しくないシンであっても、その名は聞いたことがあった。



「確か――を治める領主だったか」



 迷宮都市【トレジャーホロウ】。

 それは全ての冒険者にとって、憧れの対象とも言えるこの国最大の都市だ。

 町の中心にある大迷宮を始めとし、トレジャーホロウには数多くのダンジョンが存在している。

 そこで活動している冒険者の多くがレベル500越えのAランクと言われており、文字通り迷宮探索の最先端と言えるだろう。


 そしてその都市を治める領主こそ、この国の四大貴族の一つ、ブラスフェミー公爵家。

 現当主の実力は、並の冒険者はもちろん、Aランク冒険者ですら敵わないというのは有名な話だった。


 ここに来て飛び出してきた、まさかの大物の名前。

 これは思ったより闇が深そうだ。


「名前は分かった。目的は?」

「そ、そっちは本当に知らないんです! 俺としても金さえもらえればよかったので、無理に聞き出そうとは思わなくて……」

「なるほどな」


 その後、シンは他にも気になっていた幾つかを尋ねた。

 アルトが先ほど、力を増したのはなぜか。

 アダムの行方には心当たりがあるか、などなど。


 結果的に、アダムが不思議なマジックアイテムをアルトに渡したこと以外、有益な情報は手に入れられなかった。

 アダムは突然パーティーを抜けたため、行方についても知らないらしい。


(……この辺りでいいか)


 聞きたいことは全て聞いた。

 これでようやく、に入れる。


「そ、それで、シン……様。俺は、許していただけるんでしょうか……?」

「……ついてこい」


 縋るような目を向けてきたアルトの首元を、シンは掴んだ。

 そして引きずるような形で運んでいく。

 そんな中、アルトはシンにバレないように笑っていた。


(は、ははっ、見たことか……! これで俺だけは助かる! ガレンたちには悪いが、運も才能のうち……俺が生き残るのは神に定められていた決定事項だったんだよ!)


 心の中で、意気揚々と告げるアルト。

 しかしふと、彼は違和感を覚えた。


「な、なあ、シン様、これだと出口じゃなくて、奥に向かっている気が……」

「…………」


 シンは答えを返さない。

 数分後、彼らがたどり着いたのはだった。


「……俺がこのダンジョンを、復讐の舞台として選んだ理由は二つある」


 抑揚のない声で、シンは語り始める。


「一つは、脱出のためには絶対に通らないといけない一本道があったこと。誰かに復讐している最中に逃げられるわけにはいかなかったからな」

「シ、シン様? 突然何を……」

「そしてもう一つ――こっちが本命だ」


 シンが視線を奥に向ける。

 するとそこには、これまでの戦闘や会話で相当な時間が経過していたようで、ボスのリザード・ジェネラルとその配下たちが復活していた。


「お前たちは俺の家族に、竜に喰われる痛みと恐怖を与えた」

「だ、だからそれは、アダムがやったことで――」

「ふざけるな」

「がはっ!」


 シンが振り上げたつま先が、アルトの鳩尾に刺さる。



「誰が提案したかなんて関係ない。それを受け入れ、決断したのはお前だ、アルト。そんなお前には、皆と同じ……いや、それ以上に苦痛を受けてもらう」

「ま、まさか……」

「さすがに竜を用意するとまではいかなかったが、お前ごとき、この蜥蜴たちで十分だろう」

「ま、待て――」



 静止の声も待たず、シンは

 部屋の中心に、彼の体がぽとりと落ちる。

 蜥蜴の群れが、一瞬で彼に群がった。



「う、嘘だろ……!? ふざけるな、シン! 俺だけは助けてくれるんじゃなかったのか!?」

「……期待してくれたんだな。よかったよ、おかげで俺が受けた苦しみも返すことができる。思い知るといい、アルト。

「ま、待て……うわぁぁぁあああああああ!」



 蜥蜴の群れが、捕食を開始する。

 しかし彼は曲がりなりにも400レベルを超えたBランク冒険者。

 先ほど使用したマジックアイテムの効果も、わずかとはいえ残っている。

 その結果、蜥蜴たちの捕食はほとんど進まず――その分だけ、アルトは苦痛と恐怖を味わうこととなった。


(嘘だ、嘘だ、嘘だ! こんな、こんな終わりなんて――)


 絶望のあまり、気を失いかけるアルト。

 それはせめて死ぬ前に、痛みから逃れようという彼の本能だったのだろう。


 しかし、


「――おい。逃げるなよ」

「ぐわぁぁぁあああああああああ!!!」


 直後に激痛。

 視線を上げると、シンが自分の左腕を剣で斬り裂いていた。

 ――【痛縛の強制フォースド・ペイン】。強制的に痛みを共有することによって、アルトが意識を失うことすらシンは阻んだ。


 絶望は続く。

 どこまでも、どこまでも。

 ここにいる魔物たちは、本来ならアルトにとって取るに足らない雑魚ばかり。

 その事実が、さらに絶望の時間を延ばす結果となった。


(いや、だ……こんな、こんな終わりなんて――)


 やがて声帯も、視力も、聴覚も失い。

 暗闇の中で、責め苦を与えられ続けること約1時間。


 長い長い絶望の末、ようやくアルトは力尽きるのだった。


 そして、それを最後まで見届けたシンは天井を見上げる。

 アルトから得た情報は想像以上に重要なものだった。

 色々と検証する必要はあるだろうが、まだ彼の復讐が続くことは間違いない。


 それでも――



「……ひとまずだけれど。僕が、皆の借りを返したよ」



 ――大切だった家族を想い、シンはそう告げるのだった。




 かくして、始まりの復讐は幕を閉じた。

 原罪げんざいを、今はまだ誰も知らない。

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