第29話 偽りの先導者
不意に、シンは違和感を覚えた。
足元から感じるのは、ただならぬ強者の気配。
しかしそこには、ボロボロになったアルトしか転がっていないはず――
「ルォォォオオオオオオ!!!」
「――――ッ」
――そう思った直後、
シンの全身を覆うほど大きなそれは、猛烈なエネルギーを以て彼の体を吹き飛ばした。
背中からダンジョンの内壁に突撃する。
その衝撃で、壁が深く凹んだ。
それだけではない。今の一連の流れで、シンのHPは440→408へと減少していた。
体についた埃を払いながら、シンは改めて前方に視線を戻す。
そして見た。そこに立つ、一つの巨大な人影を――
「ははっ、はははははっ! どうだシン、見たか! 今の俺なら貴様ごとき、相手にすらならん!」
「……お前」
それがアルトなのは間違いない。
ただ、様相は先ほどまでとは明らかにかけ離れていた。
まず、サイズが違った。
高さは3メートルにも及ぶだろうか。
かつてのネクロ・デモンには届かないが、人の限界は優に超えていた。
顔には黒色の痣が浮かび、禍々しい見た目となっている。
さらに四肢に至っては、まるで強靭な獣のように膨れ上がり、圧倒的な力強さを纏っていた。
傷についても、全て癒えてしまっているようだ。
(いったい、何が……)
シンは思考する。
さすがのシンであっても、この展開は予想外だった。
それもそうだ。突如としてアルトの大きさが増し、わずかとはいえ自身に匹敵する力を得るなど、予想できるはずもなかった。
まさにイレギュラーな展開。
多少なりとも困惑するシンを見て、アルトは高らかに笑う。
「ははっ、どうしたシン!? 驚いているのか!? 戸惑っているのか!? 何でも好きにするといい! 貴様は今から、この俺によって蹂躙されるのだから!」
高揚感と共に、大きく右腕を振り上げるアルト。
たったそれだけで、ゴウッと大気が揺れる。
あの一振りに、圧倒的質量が込められていることがよく分かる。
アルトのテンションが上がるのも尤もだろう。
「…………
しかしそんな危機的状況にあってなお、シンが戸惑うことはなかった。
代わりに保管の指輪から、
そして、
「死ね、シンーーーーー!!!」
「…………」
頭上から振り下ろされる質量兵器に対して、
ただそれだけで、アルトの右腕は根元からぽっきりと外れた。
「――――へ?」
突然のことに、困惑の声を上げるアルト。
シンは冷たい声で告げる。
「何か勘違いしていたんじゃないか、アルト」
「ぐあぁぁぁあああああ! き、貴様……いったい、何を!」
「お前が何らかの手段で身に余る力を得たのは分かった。それがわずかとはいえ、俺に届きうるという事実も……だが、それだけだ。この程度では俺はおろか、
もっとも、シンが語るエクストラボスとはアルトが遭遇したのではなく、10000レベルの方だが。
それを知らないアルトは、憤怒に顔を赤く染めた。
「き、貴様! この俺が、たかだかレベル1000の雑魚以下だと言うつもりか!? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 貴様だけは絶対に殺してやる!」
意気込みとともに、一歩前に出るアルト。
するとそのタイミングで、失ったはずの右腕が再生した。
「……ふむ」
その光景を見たシンは、おおよその仕組みを理解した。
おそらくアルトは今、大気中の魔力を際限なく吸収し、それによって体の強化と再生を行っている。
仮にこれがマジックアイテムによるものだとしたら、まさに規格外の性能だが、そんなものを果たしてどこから入手したのか。
「……新しく、聞くことができたな」
事も無げに呟くシンを見て、アルトは叫ぶ。
「何を余裕ぶっている! たかだか腕を一本飛ばした程度で調子に乗るなよ!? 今の俺は自動で無限に再生する――そう、貴様を完全に殺しきるその瞬間までな!」
絶望を与えるべく伝えた言葉。
しかしそれを受け、シンは逆に笑った。
「そうか。なら、ちょうどいい」
「何だと!?」
「勝手に再生してくれるのなら遠慮は不要だな。それに……」
シンは
「お前は、本当の無限の苦しみを知らない」
「何を、言って……」
「だから俺が、お前の望み通り教えてやる。そして思い知るといい、お前の身に余るその力が、どんな代償を払って得たものかは知らないが――」
そして切っ先を、真っ直ぐアルトに向けた。
「――その全てを、俺は蹂躙する」
それは、明確な殺意だった。
地獄の窯で煮詰めた漆黒の悪意が、まっすぐとアルトを貫く。
「――――!」
ほとんど反射で、アルトは左腕を掲げた。
今すぐ目の前の敵を排除しなければならないと、防衛本能が告げていた。
しかし、彼の攻撃は届かない。
今度は振り切るまでも無く、音速の刃によって肘先が吹き飛ばされた。
「ばか、な……」
「まだだ」
アルトが結果を受け入れるより早く、追撃が来る。
シンが振るう数十の剣閃は、とめどなくアルトの全身を刻み続けた。
これまでに感じたことのないような痛みが、いつまでもアルトを襲う。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ……こんなの嘘に決まっている! 俺の切り札が、こんな呆気なく破られるなんて……ぐっ、うあぁぁぁあああああああああ!)
再生は自動なため、彼の意思で止めることはできない。
絶望と恐怖、それとこの上ない苦痛の中、アルトは斬撃の雨を浴び続けた。
その過程で魂が消滅しなかったのは、ほとんど奇跡だったと言えるだろう。
結果的に、戦闘開始から10分後――斬撃は終わった。
シンが疲れたから? いいや、違う。
アルトの再生が突如として止まったからだ。
本来であれば、再生は無限に続くはずだったが……その仕組みごと、シンの猛攻は蹂躙した。
そしてアルトからすれば、それは一種の救いでもあった。
「あ、ああぁ…………」
その結果、最後に残ったのは元の大きさに戻ったものの、その場で横たわることしかできないボロボロのアルトのみ。
そんな彼の前で、シンは
そして――
「それじゃ、本番を始めようか」
――こうして、最後の復讐の前菜が終わったのだった。
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