第21話 我慢比べ

「くそっ……!」


 自身の渾身の一撃を止められたガレンは、悪態と共に後方へ飛び退く。

 シンはそんなガレンを眺めながら、彼との記憶を思い出していた。



 戦士ガレン。

 【黎明の守護者】に所属するタンク兼アタッカー。

 シンにとっては、アルトに次いで関わりのある相手だった。


 ガレンはモンスターとの戦いを誰よりも楽しみ、強敵に打ち勝つための鍛錬をおこたることはなかった。

 モンスターを倒すことによるレベルアップだけなく、常日頃から肉体を鍛え、痛みに耐えるだけの修行をしていたのだ。


 その成果もあり、彼はどんな時でもパーティーの最前線に立ち敵の攻撃を食い止めてくれた。

 そんなガレンの姿は、かつてのシンにとって憧れだった。

 ガレンはそんなシンに対して親密に接し、常日頃から『意思の強さの重要性』を説いてくれていた。


 しかし、二年前のあの日。

 敵の攻撃を喰らい、右腕を失った痛みで叫ぶシンを見て彼は言った。

『たかだか片腕が飛ばされた程度の痛みで、気を狂わせるほど悶え苦しむとは……なんとも情けないな』――と。

 あの痛みと絶望を知らぬ身で、そう嘲笑ったのだ。


 だからこそ、シンは決意した。

 本当にが耐えられる程度の痛みだったのか。

 それをガレン自身に証明してもらおうと。


 そのための手段は、とうの昔に持ち合わせていた。



「――なあ、ガレン」

「っ!?」


 警戒するガレンに向かって、シンは静かに告げる。

 99%の憎しみと――ほんのわずかな期待を込めて。


「あまり俺を、がっかりさせないでくれよ」

「は? 急に、何を言って――ッ!?」


 その言葉と共に、シンは骸の剣ネクロ・ディザイア

 あまりにも突拍子のない行動を見たガレンの頭が真っ白になる。


「いきなり自傷だと!? 何のつもりだ、頭でも狂いやが――ぐぁぁぁああああああああ!」


 瞬間、突如として

 シンから攻撃を受けたわけではない。

 ただその場に立っていただけだというのに、いきなり耐えられない程の痛みが襲ってきたのだ。


 ガレンは咄嗟に左腕を押さえながら、血走った目でシンを睨む。


「テメェ! いったい、何をしやが――くうっ!」


 続けて、シンは自分の左ももに刃を入れた。

 ガレンは先ほどと同様、全く同じ部位に焼けるような痛みを感じた。


 そんなガレンを見つめながら、シンは凍えるような冷たい声で問う。



「そろそろ気付いたか?」

「かはっ! な、なにが、だ……」

「お前が感じている痛みの正体だよ。それは決してダメージによるものじゃない――

「なん、だと!?」



 驚愕に目を見開くガレンを視界の隅に収めながら、シンはステータスに刻まれた一つのスキルを確認する。



 ――――――――――――――


 【痛縛の強制フォースド・ペイン

 ・自傷を行い、受けた痛みを対象と共有する。

  対象の抵抗力が高い場合、打ち消されることがある。


 ――――――――――――――



 それは自傷を行った際に受けた痛みを対象と共有するという、ただそれだけのスキル。

 相手にダメージを与えることはできないため、発動者のデメリットの方が遥かに大きい能力といえるだろう。


 しかしこの状況において、これ以上に最適なスキルはなかった。

 ガレンの信条がどれほど強いのか、この身をもって確認することができる。



「我慢比べといこう、ガレン」



 この程度の痛みは些細だと。

 そう主張するかのように普段通りの表情を浮かべたまま、シンは告げる。


「ここから無事に生きて帰りたいのであれば――俺が命尽きるその瞬間まで、全ての痛みに耐え切ってみせろ」

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