第20話 二人目

(――そうだ、その手があった!)


 アルトの指示を聞いたクリムは、慌てて荷物袋の中から『脱出の転移結晶』を取り出した。

 このマジックアイテムは、対象者をダンジョンの外に転移させるというもの。

 これを使えば逃げることができる――そう彼女は考えた。


 しかし、現実は非情だった。


「――俺が」

「…………え?」


 クリムが転移結晶を発動する間もなく、いつの間にかシンが目の前にいた。


を、把握していないわけがないだろう」

「――かはっ!」


 衝撃。

 どこを殴られたのかは分からない。

 ただ視界に火花が散り、ゆっくりと少女の景色は黒に染まっていく。


(いったい、何が……)


 それ以上、考えを巡らせることはできなかった。

 シンの軽い殴打によって、クリムはいとも呆気なく意識を手放し――残された青年の左手には、先ほどまで少女が持っていた転移結晶が握られていた。

 そして、シンはほんの少しだけ左手に力を込める。



 パリンッと。

 甲高い音を立て、転移結晶が木っ端みじんに砕け散った。



「転移結晶が破壊されただと!?」

「冗談でしょう!?」

 

 それを見たガレンとシエラは、合わせたように驚愕と絶望の表情を浮かべる。

 ここから逃げ出すための手段が潰えたことを悟ったからだろう。


 しかしそんな中でも、アルトの判断は早かった。

 彼はシンが移動したのを見た瞬間、一目散に一本道へと駆けていた。


「馬鹿がっ! クリムの発動を止めるため、唯一の出口から離れたな!? 転移結晶を使わずとも、ここを通りさえすれば逃げようはいくらでも――ガッ!」


 アルトの言葉は最後まで続かなかった。

 彼が一本道に足を踏み入れようとした瞬間、まるで透明の壁に阻まれたかのように弾き返されたからだ。


 そんなアルトに対し、シンは少しだけ呆れたような視線を向ける。


「アルト、ここから逃げ出せるとでも思ったか? 残念だがそれは無理だ。何のために俺が、このダンジョンを指名依頼先に選んだと思っている」

「……なっ!」


 シンの言葉に、アルトは赤くなった鼻を押さえながら大きく目を見開く。



「指名依頼を出したのが、お前だと……?」

「そうだ。疑問に思わなかったのか? あまりにも報酬がうますぎると」

「そ、それは……」

「お前たちをここにおびき寄せるための撒き餌だったんだよ。この通路さえ押さえておけば、お前たちは外に逃げることができない。そして、助けが来ることもない。復讐するうえでこれ以上の好条件はないだろう?」



 そう語りながら、シンはゆっくりと歩いて通路に戻っていく。

 アルトはそんな彼から距離を置くように、壁に沿う形で後ずさっていた。


 通路に辿り着いたシンは、そこにあるをコンコンと叩く。


「今この通路は、マジックアイテムで生み出した結界で塞がれている。発動者の魔力で生み出される結界だ、お前たちに破壊できる道理はない」


 それを聞いた三人の表情が強張る。

 シンの復讐から逃げることはできないと、ここに来て再度思い知ったようだ。


 そしてシンは、さらなる現実を突きつけるように告げる。


「要するに、お前たちはとっくに袋の鼠なんだよ……前置きはここまでだ。さあ、復讐を再開しよう」


 そう呟きながら、シンが前に踏み出そうとした――その時だった。


「く、くそっ!」

「ち、近づいてこないでください!」


 アルトとシエラはその場で踵を返し、シンから逃れるべくダンジョンの奥へと駆けていった。

 ほんのわずかな時間でも、死の未来を遠ざけるための逃避行為を取る二人を見て、シンは小さく笑みを浮かべた。


「……よかったよ、まだ逃げられるだけの気力が残っていて」


 死を受け入れた者に対する復讐ほど、やりがいのないものはない。

 ここで逃げるということは、まだ彼らには生きる意思があるということ。

 その意思ごと蹂躙して、ようやく復讐は成されるのだ。


 そんなことを考えながら、シンが二人の後を追おうとした――その瞬間。



「死に、やがれぇぇぇえええええええ!」



 野太い咆哮とともに、重々しい何かが大気を切り裂く音が響く。


 それは、戦士ガレンが振るう斧の音だった。

 彼の裂帛の気合に応えるように、斧の刃は凄まじい勢いで隙だらけだったシンの喉元に吸い込まれていく。


 しかし――――


「冗談、だろっ……!」


 斧は見事、シンの喉元に命中した。

 だがそれだけだった。

 ガレンによる渾身の一撃は、その復讐者に一切のダメージも与えることができなかった。


 彼が絶望の表情を浮かべる中――シンは首にとまった蚊でも払うように軽く斧をどかした後、鋭い視線でガレンを睨む。

 そして言った。




「二人目は、お前だ」




 復讐はまだ、始まったばかり。

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