第12話 手にした最強の力

 ――約2年前、俺は無知だった。

 周りにいる人間が自分に対して何を思っているかも知らず、ただ無邪気に笑い続けていた。


 そんな当時の俺は、この場所――ダンジョン【黒きアビス】に存在する罠部屋トラップ・ルームで全ての真実を知り、そして絶望することとなった。


 俺が何に絶望したのか。

 アルトたちの裏切り?

 確かにショックは受けたが、それは絶望と少し違う。

 俺が本当の意味で恐怖を抱いた対象は、たった一つ――――




「グルゥゥゥアァアァァァァァッ!!!」

 



 ――――咆哮が、罠部屋トラップ・ルームいっぱいに響き渡る。

 ダンジョンそのものを揺らしているのではないかと錯覚させるほどの威圧感を放ちながら、とうとうは現れた。


 高さはあの時よりも大きく、6メートルには達するだろうか。

 全身が漆黒の靄に包まれており、右手には一振りの大剣が握られていた。

 もっとも、魔物のサイズが大きすぎるせいで相変わらず短剣にしか見えないが。


 禍々しい気配。

 そして圧倒的な重圧感。

 醸し出す魔力オーラは、かつての記憶を塗り替えるほどに絶大だった。


 俺はのステータスを確認する。



 ――――――――――――――


【ネクロ・デモン】

 ・レベル:10000(MAX)

 ・エクストラボス:【黒きアビス】


 ――――――――――――――



 結果はなんと、レベル10000。

 2年前とは比べ物にならないほどの強さを誇っていた。

 レベルが前回と異なっているのは見た目から予想した通りだが、その上り幅はさすがに想定外だった。


 だけど俺はその結果を見ても取り乱すことはなく、冷静に分析を続ける。


「なるほどな。ここのエクストラボスは挑戦者を確実にほふるために存在する。だからこそ、挑戦者に合わせたレベルの個体が出現するようになっているのか。そしてその上限が10000レベルだったと……」


 俺がレベル1000に匹敵するステータスを手に入れた時、その拍子で挑戦しなかったのは今思えば正解だった。

 この様子を見るに10000とはいかずとも、かなり高レベルの個体が出現していたはずだ。

 そうなった場合、間違いなく俺は死に絶えていただろう。


 そこまでの分析を終え、小さく首を振った。


「まあいい。この程度、これまでの地獄に比べたら大したことじゃない」


 そんな俺の呟きが癇に障ったのか。

 ネクロ・デモンが纏う漆黒のオーラが激しく揺れた。


 そして、


「グルォォォオォォォォォ!!!」


 裂帛の気合いとともに、ネクロ・デモンは大剣を高く振り上げた。

 ゴウッと、馬鹿げた膂力で大気を押し分けながら、漆黒の刃が勢いよく俺に向かって振り下ろされる。


 だが、その刃が俺に届くことはない。


「――――遅いな」


 鋭い剣閃が瞬いた直後、


「――ッッッ!?!?!?!?!?」


 ネクロ・デモンは右腕を振り切った後、ようやくその先に手応えが存在しないことを気付いたみたいだ。

 動揺の素振りを見せながら、必死に痛みを堪えている。

 どうやら何をされたかは未だに分かっていないようだが、俺がしたのは極めて単純なことだった。


 まず、俺はネクロ・デモンの振り下ろしからコンマ数秒遅れで骨短剣を軽く振り上げた。

 行動の早さも、武器の質も、俺が勝っている点は一切ない。

 それでも、この攻防で優ったのは俺だった。

 この2年間で鍛え上げられた俺のステータスが、その一切合切を軽々と凌駕してみせたからだ。


 それに今の俺は、ステータスだけじゃなく優秀なスキルを幾つも所有している。



 ――――――――――――――


 【自傷セルフ・の契約サクリファイス

 ・エクストラスキル

 ・自傷を行い、減少したHPの%分だけ全パラメータが一時的に上昇する。


 ――――――――――――――


 【飢餓の忘心ハングリー・バーサク

 ・エクストラスキル

 ・空腹時、防御力を大きく減少させ、その代わり攻撃力を大きく上昇させる。


 ――――――――――――――



 自傷を行うことで全パラメータを上昇させるエクストラスキル【自傷セルフ・の契約サクリファイス】。

 この罠部屋に足を踏み入れる直前、もしもの時を考えて50%ほどHPを削っておいたのだ。

 そのおかげで俺は今、通常の1.5倍の攻撃力と速度を発揮できる。


 加え、この半年で新しく獲得した【飢餓の忘心ハングリー・バーサク】。

 空腹時、攻撃力を大幅に上げることができるエクストラスキルだ。こちらの倍率は最大で50%。

 代償として防御力は減少するが、そもそも敵との力量差があり攻撃を喰らわない状況なら何のデメリットにもならない。

 


 俺は右腕を失い狼狽えるネクロ・デモンを見ながら小さく笑った。


「覚えてるか? 以前、ここで右腕を失ったのはお前じゃなく俺だった」

「ル、ルウゥゥゥゥゥ」

「あの時とは立場が完全に逆転したってことだ。まあ、別個体なんだったらそもそも知らないだろうけどな」


 そんな軽口を叩いていると、頭上から何かがクルクルと回転しながら落下してくる。

 俺はそれを――ネクロ・デモンが持っていた大剣を左手でパシッと掴んだ。



 ――――――――――――――


 【骸の剣ネクロ・ディザイア

 ・攻撃力+10000

 ・ネクロ・デモンが所有する武器。敵を倒すたび、その魂を吸収し強化される性質を持つ。


 ――――――――――――――



 その説明を見て、俺は小さく頷いた。


「さすがにエクストラボスが持っている武器だけあって、俺の骨短剣とは比べ物にならないほど優秀だな」


 いま使っている骨短剣は、確か攻撃力が+300程度。

 武具生成による補正が乗っているとはいえ、素材がレベル30のブラック・ファングではそこが限界だった。

 それに比べたらこの大剣――骸の剣ネクロ・ディザイアは相当な性能を誇っている。


 俺は骨短剣を放り捨てると、右手だけで骸の剣ネクロ・ディザイアを握りしめた。


「うん、使い勝手も悪くなさそうだ」


 そう告げる俺に対し、何かを感じ取ったのか。

 ネクロ・デモンは大量の魔力オーラを周囲にまき散らしながら、その巨体で力強く踏み込んだ。


「ガァァァアァァァァァアアア!!!」


 そして、全身に漆黒の殺意を纏ったまま俺に突進してくる。

 まさに全身全霊をかけた決死の特攻。


 だが、無駄だ。

 ステータス、スキル、武器。今の俺はありとあらゆる力を――

 そんな俺に、獲物に成り下がった弱者の覚悟は届かない。


 手にした最強の力を以て、



「さあ――――死に絶えろ」



 大気が凍えるほどの冷たい宣言と共に、俺は骸の剣ネクロ・ディザイアを振るった。

 漆黒の広間に瞬く数百の剣閃が、一瞬にしてネクロ・デモンの全身を切り裂く。


 抵抗はなかった。

 悲鳴すらなかった。

 死体の一欠片すら残ることはなく、初めからその結果が確定していたかのように、そこにはただ骸の剣ネクロ・ディザイアを振り切った俺の姿だけが取り残されていた。



『エクストラボス【ネクロ・デモン】を討伐しました』


『エクストラボス討伐報酬 SPステータス・ポイントを10000獲得しました』



 鳴り響くシステム音。

 同時に閉ざされていた扉が開く。

 大量のSPステータス・ポイントを獲得できたようだが、今の俺にとってはそれすらも喜びの対象にはならない。


 そしてこれだけの敵を倒していながら、レベルが上がることはなかった。

 もはやこの程度の敵では経験値を獲得できない程、圧倒的な力を得てしまったからだろう。


 だけど決して、ここで終わりではない。

 それどころかまだ何も始まってすらいない。

 俺がこの場所で地獄のような日々を過ごしたのは、最強の力を手にしたのは。

 全て、ただ一つの目標のため。


 俺はゆっくりと出口に向かって歩き出した。

 あの先には地上が待っている。

 そこで俺は成し遂げてみせる。




「さあ――――復讐の始まりだ」





 物語は、ここから始まる。



 ――――――――――――――


 シン 17歳 レベル:44

 称号:なし

 HP:220/440 MP:130/130

 攻撃力:31000

 防御力:27780

 知 力:10000

 敏捷性:27800

 幸 運:10000

 SP:10000


 ユニークスキル:【無限再生】

 エクストラスキル:【自傷の契約】・【痛縛の強制】・【毒質反転】・【飢餓の忘心】

 通常スキル:【毒耐性】・【睡眠強化】・【武具生成】


 ――――――――――――――


 【無限再生】

 ・ユニークスキル

 ・対象者が傷を負った際、自動で再生する。

 ・死後、魂の再生成を行うことで復活する。

  復活後、60分間は行動することができず、このスキルを再発動することもできない。


 ――――――――――――――


 【骸の剣ネクロ・ディザイア

 ・攻撃力+11000

 ・ネクロ・デモンが所有する武器。敵を倒すたび、その魂を吸収し強化される性質を持つ。


 ――――――――――――――



――――――――――――――――――――――


【大切なお願い】


ここまで本作をお読みいただき、まことにありがとうございます!


今回で『第一章 手にした最強の力』編完結!

そして次回からは『第二章 復讐の時』編となります!


「第一章おもしろかった!」

「第二章が早く読みたい!」

「シンがどう復讐するのか気になる!」


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ランキング上位に入れば、より多くの方に本作を知ってもらう機会になります。

そして私自身、第二章の復讐編をより盛り上げるためにも、より多くの読者様に読んでいただきたいと思っております!


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