第8話 ギルバートの頼み
ギルバートに連れられ、訪れた場所はミラがまったく予想していなかった場所、リブルの街の孤児院である。
ここに来るまでに買った野菜などを抱え、ギルバートは孤児院の門をくぐる。戸惑いつつもミラもその後に続いた。
「リード様、またいらしてくださったんですね」
「あぁ、これを渡しにな」
「なんと……。ご厚意に感謝いたします」
老人はこの孤児院を管理しているのだろう。手渡された野菜の荷を受け取ると、ギルバートに頭を下げる。大したことではないというようにギルバートは首を振って微笑む。
会話の内容からすると、ギルバートがここに訪れるのが初めてではないのだろう。見知った顔もいるようでこちらを見て手を振っている。
騎士であるギルバートはそれに手を振り返す。
貴族であろうギルバートの気さくな人柄にミラはあらためて驚きを感じる。
「魔物の討伐でいる間に、ここの子ども達と出会ってな。それからたまに顔を出しているんだ」
「……そうなんですか」
こちらへと駆け寄ってきた子ども達、彼らの前に立ったギルバートはなにかを手渡し始める。
それはまたしてもミラが予測していなかったことだ。
「リード様、それは……!」
「あぁ、ミラ。君達が作ったものだ」
ジルが作り、ミラが『健やかに過ごせるように』と付与を施したブレスレットをギルバートは子ども達の手首に着けていく。子ども達は不思議そうに眺めたり、嬉しそうにお互いにブレスレットを見せ合う。
ギルバートが自分に依頼したブレスレットが子ども達のものであったことに、驚きを隠せないミラであったが、彼らの嬉しそうな表情に口元が緩む。
そんなミラの笑顔にギルバートもまた微笑むのだった。
「子ども達のためにあたしに依頼されたんですね。……その、少し驚きました」
「――この地域には思い入れがあるんだ。久しく訪れてはいなかったが、俺にとっては大事な場所でもある」
孤児院からの帰り道、風で乱れる髪を押さえながらミラは言う。
斜め前を歩いていたギルバートは少し歩く速度を落とし、ミラの隣に並んだ。それが風上であるのは偶然なのだろうかとミラは思う。
「これから、治癒師の元に訪れる人々のため。あとは王都で待つ人々のために君に付与を依頼したいんだ。量産する必要が出てくるだろうから、市販品を使うことになるが問題ないだろうか?」
「……はい。今回みたいに困っている人が必要とするなら、ジルが作ったものではなくても、そこまで効果は失われないかと思います」
「――君は優しい子なんだな」
ここに来る前にミラが言った『心から願わないと上手くいかない気がする』それは事実なのだろう。
妹のジルが作ったものを買ってくれる人々の幸福を願うように、ミラは逆境に陥っている人々の幸福を深く願える――彼女はそのような心根の持ち主なのだ。
そんなミラの横顔を見つめたギルバートは口元を緩める。
しかし、そんな微笑みも長くは続かない。今後、このリブルの街にも訪れるだろう流行り病のことを彼はミラにも告げねばならないのだ。
「王都では今、流行り病が広がっている。それを君達は知っているか?」
「そうなんですか……? 王都での情報があまりこの街には入ってこなくって……でも、そういえば最近、王都へと荷を卸しに行った人達が体調を崩しているって聞きました。まさか、それも……!?」
「……やはり、そうか。王都の庶民に広がっているため、リブルの街の領主にも警戒するようには告げておいたのだが……」
ギルバートの言葉にミラも青ざめる。
王都はまだ治癒師や薬師などが多く、また情報も多く集まる。市井の者でも助かる可能性が高いだろう。
しかし、この街リブルには治癒師はジミーが一人いるだけなのだ。
「……! それでリード様はあたしの付与の力をお使いになろうと考えたのですね」
「あぁ、そうだ。孤児院の子ども達や治癒師の力を必要とする者は元々抵抗力が弱い。この流行り病は感染しても治癒することが多い。しかし、病弱な子どもや老人では命を失うことも考えられる――そこで君に協力を申し出たんだ」
王都の騎士であるギルバートがそこまでこのリブルの街のために動こうとする。先程、彼が口にしたこの地に思い入れがあるというのは事実なのだろう。
こちらを見つめるギルバートの瞳、その眼差しの強さが真実なのだと告げていた。
「俺はこの地域を守りたい。より多くの民のために、君のその力を使ってはくれないだろうか?」
「あたし、あたしは…………」
この街リブルの人々は孤独になったミラとジルを救ってくれた人々がいる。
二人にとっても大事な居場所であり、故郷なのだ。
だが、ミラの口は張り付いてしまったかのように、言葉を紡ぐことができない。
「すまない、急な話だったな。今すぐ、答えを出せとは言わない。ただ、君の力は希少なものだ。前向きに考えてくれると嬉しい」
表情を和らげて、ギルバートが歩き出す。
そんな彼の背中にミラは呼びかける。
「ち、違うんです! あたしは……あたしは……!!」
必死さを感じさせるミラの声に数歩先にいるギルバートが驚き、振り返る。
風に薄茶の髪がなびく中、それを整えることもせずにミラがギルバートを見つめていた。
枯れ草がざわざわと揺れる音が響く。
こちらを見つめるギルバートはただ静かにミラの言葉を待っていた。
その瞳の真摯さ、そして今日見た彼の新たな一面、ミラはギルバートに昔の話を打ち明ける決心を固めるのだった。
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