第7話 ミラとギルバート
ギルバートから依頼を受けて、数日が経つ。
当然、手編みのブレスレットはまだ完成していない。ひとつひとつジルが丁寧に編んでいるため、それなりに時間はかかるのだ。
「……また来たんですか? まだ依頼の品は出来ていないですけど」
「だろうな。ずっと店番してたら、食べるものもないだろう?」
そう言ってギルバートがミラに差し出したのは屋台の串焼きだ。
近くの店でも扱っているもので、ここに来るときに買って来てくれたのだろう。
差し出されたミラは目を輝かせて、それを受け取る。エルザのいない間、移動が出来ないため買いに行くことはできない。そうでなくとも、ミラの財布は心もとないのだ。店に入ることはもちろん、屋台もあまり利用しない。
ギルバートの厚意をありがたく受け取ることにしたのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて休憩します」
「あぁ、そうするといい」
店のすぐ後ろにある石塀にミラは腰をかけたが、ギルバートも少し距離を開けて隣に座った。ここに腰かけると少し高くなるため、エルザの店の品もきちんと見える。もちろん、代金などはミラがきちんと持っているが、店の品を盗まれないように注意を払うためだ。
「あ、ギルバートさんも食べるんですよね?」
「ん? いや、いい。余ったら持って帰ればいい」
「……ありがとうございます!」
串焼きは何本かある。てっきり、この間のようにギルバートの分も含まれているのだろうと思ったミラは彼の言葉に嬉しそうに微笑む。
ジルには心配されたが、やはりギルバートは悪い人間ではないのだと思いつつ、ミラは串焼きを頬張る。
「……最近どうだ?」
「依頼の品なら順調ですよ。ジルが頑張っていますから!」
「……そうか、それは頼もしいな。街は、リブルの街の様子はどうだ?」
「街、街ですか? そうですね……」
王都の騎士というのは、一時的に滞在する街のことも気にかけてくれるのかと感心しつつ、ミラは考える。
そう言われれば最近、リブルの街で気になることがあるのだ。
「そういえば、最近体調を崩して仕事を休む人が多いみたいだってエルザさんが話していました。うーん、季節の変わり目っていうのもあるかとは思うんですけど」
「……やはりそうか」
「それがどうかしましたか?」
「いや、問題ない。それより、しっかりよく食べるんだ。君の力が必要となるからな」
石塀に腰かけ、街を行く人々を見ながらギルバートは言うが、その表情はいつになく真剣なものである。
その様子に戸惑いながらもミラは胸を張る。
「もちろんです。頼まれたことはしっかりやります」
「はは、頼もしいな。……なぁ、もう一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
今日のギルバートはいつもより真摯な眼差しでミラを見つめる。
長い睫毛に覆われた瞳は美しい。出会いが付与の力に気付かれたことであったため、ギルバートに対するミラの印象が悪いだけで彼が失礼な態度を取ったことはないのだ。
今までの自分の態度を少し反省しつつ、ミラはギルバートの言葉を待つ。
「君はなぜ、あのようなことを始めたんだ?」
「なぜ、ですか……」
他人に聞こえるのを気にしたのだろう。ギルバートはぼやかして話してはいるが、意味は十分に伝わる。
それはちょうど、昨夜ミラが考えていたことでもあった。
「父や母が亡くなった後、あたしとジルとの生活が始まりました。ジルはその頃、体が凄く弱くって……あたしが働きに出たんですけど、子どもだし生活は苦しくって……助けてくれたのが街の人達なんです」
そう言うミラは視線を街を行く人々へと移す。
忙しそうに通りを行きかう人々の表情は暗いものではない。田舎の街ではあるが、ここはいつも活気があるのだ。
「あそこの道具屋さんがメイソンさん、あっちでお客さんに果実水を売っているのがハリーさん。もちろん、エルザさんも。なんの伝手もないあたしをここで働かせてくれてる。先に見返りのなく助けてくれたのは皆の方だから」
風が吹き、ミラの薄茶の髪を揺らす。
焦げ茶の瞳は光を受けたせいか、輝いて見える。なにより、ギルバートは彼女の瞳に強い意志を感じた。
「そんな人達の幸せを願うのは自然のことでしょう?」
全属性の付与という稀有で偉大な力を持ちながら、ミラという少女はそれを人々に行使することをためらわない。たとえ、彼らがその効力に気付かずとも、手にした人々が幸福であれば良いとミラは考えているのだ。
「――そうだな。力を持つ者が全て君のような人格者であれば良いのだが」
ギルバートの本心からの言葉であるが、再びもぐもぐと串焼きを頬張り出したミラには聞こえなかったようだ。
先程までの言葉の崇高さとのギャップにギルバートは微笑む。
すると、その微笑みを見たミラもまた嬉しそうに笑う。
「なんかいいですね。ジル以外とこうして食事するのって久しぶりです。エルザさんとは交代で食事をするし……」
「あぁ、そうか」
「友達とかって今までいなかったし」
「……そうか」
この言い方ではまるでギルバートを友人と見做しているかのようだと気付いたミラは、慌てて彼の表情をちらりと見る。
ギルバートはというと、突然こちらを見たミラに不思議そうな表情だ。
なんでもないと首を振ったミラは串焼きをかじる。
広がる空の青さ、通りに響く人々の声、いつもと変わらぬリブルの街、そして隣にギルバートがいることも自然に思える自分がいる。
穏やかな時間におなかだけではなく心も満たされるミラであった。
*****
魔法鳥が告げた言葉にギルバートとアレックスは眉をしかめる。
必要なことを言った後、溶けるように消えていく魔法鳥。その報告は彼らの予想より悪い事柄だ。
「想定していたより早く王都で病が広がりつつあるとは……」
「民を中心に広がっているようだが、貴族にも出ているようだな。一刻も早くお前たちは王都に戻れ。治癒の力を持つ魔術師が必要となるだろう」
「……ギルバート様は?」
アレックスの問いかけにギルバートは目を伏せる。
自身を慕うアレックスにもミラの付与の力はまだ打ち明けてはいない。
依頼したブレスレットの効果を確認し、生産を増やしてもらうつもりであったが、そのような時間も残されてはいないようだ。
流行り病の感染力と王都の庶民の家々の密集具合を考えれば、無理もない。
しかし、ミラの能力が確かなものである根拠がまだないのだ。
「俺はこの街に残る――しかし、王都で変化などあればすぐに知らせてほしい。この街の治癒師の力を確認しつつ、今後の対応を考えたいんだ」
「……治癒師! たしかにあの者の力が有効であれば王都に連れていく価値はありますね!」
アレックスは魔術師の予想外の回復を、リブルの街の治癒師の力だと信じている。
だが、ギルバートの予測ではミラの付与の効果だ。
ミラと初めて出会ったあの日、彼女から購入したブレスレット。友人が怪我をしたと告げたギルバート、それを知ったミラが付与をかけたのを彼自身が目の当たりにしたのだ。
魔力のないギルバートだが、魔力への感知能力は高い。
長年求めても得られなかった魔力であるが、どんな小さな魔力の動きでも見逃さない能力を得られた。それがミラの付与に気付くきっかけとなったのだ。
「民にどれほど病が広がっても、多くの貴族は他人事だと思うだろう。だが、それは誤りだ。民の暮らせない街では、俺達貴族もまた生きてはいけないのだから」
国は管理、支配するものだけでは存在し得ない。
領民の働きに支えられ、領地は潤うものなのだ。国とて同じことだとギルバートは思う。
市井の者をないがしろにすれば、流行り病はどんどん広がっていく――最悪の想像が頭に浮かぶギルバートにとって、ミラの存在は最後の希望であった。
*****
「……予定していた数より多いな」
「ふふ、ジルが頑張ってくれたんです! 急いだけど、どれも完成度が高いでしょう? 付与もちゃんとつけていますよ」
ギルバートが手に取ったブレスレットは麻糸で編まれたものだが、丁寧に作られている。付与の効果もしっかりと感じられ、短い時間の中でギルバートの要望に二人が応えてくれたことを感じられるものだ。
「――付与の力をジルが作ったもの以外にもかけたことはあるのか?」
「ありますよ。始めはそうでした。でも、気持ちの問題もあるのか、ジルが作ったものとの相性がいい気がします」
「前に君が言っていたな。心から願わないと上手くいかない気がすると……」
ギルバートの眉間にかすかに皺が寄る。
これから彼が行おうとしていること、また今後のミラとジルの負担を考えると市販品に付与をかけた方が効率が遥かに良い。
「……なぁ、ミラ。これからある場所に俺と行ってくれないか?」
「へ? えぇ、別のかまいませんけど……。どこに行くんですか?」
目を瞬かせるミラにギルバートは優しく微笑む。
「これを必要とする人たちがいる場所にだ」
ジルと共に作ったブレスレットを必要としている人々――ギルバートの言葉を聞いたミラは予想していない場所に連れていかれることとなった。
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