ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~

龍神雲

第1話

 早良良太さわらりょうた含む劇団員には三分以内にやらなければならないことがあった。

 三分以内にやらなければならないこと――それは三分以内に劇を演じて物語を完成させることだ。

 三分クッキングならぬ三分劇、寸劇とも言えるが、各々与えられた役を演じなければならない。低予算なので演目と台本が決まった瞬間、一週間で完成させるハードスケジュールが組まれた。しかも全体で与えられた時間はたったの三分ときている。

 そう、たった三分の間に与えられた役を演じ、その短い時間で己の存在をアピールし、物語を完成させなけれならないのだ。

 ちなみに演目は学生短期映画祭に出品させるコンテスト作品で、更に短編映画サンミニッツギネス学生部門にも出品する為、三分以内が厳守だ。

 そんな訳で今現在、早良良太こと俺も、他の団員達もそれぞれの役柄を演じながら稽古に励んでいた。

 ちなみに短編映画のタイトルは、【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】だ。

 タイトルからして危うく、グレーなラインを辿っている気がしてならない。何なら突っ込みたかった。

 だが――

「俺達の持ち時間はたった三分だ! ギリギリラインを狙って作っていこう! 短期間アピールが運命を切り開く! 一緒に新世界を切り開こう!」

 香川団長の熱い一声により同じ志と目標を向かされ、突っ込む暇を与えてくれなかったのである。

 正直、香川団長が何を言っているか分からない。だが今を強く、一生懸命生きているのは確かだ。

 ちなみに、【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】のストーリーは宇宙からきた地球外生命体の臭気で季節が変動し、突如、氷河期に突入してしまう。全ての生物が死滅する中、アフリカサバンナに生きる百獣の王ライオン一頭とバッファローの群れのみが生き残るという、意味不明――失礼、不思議な設定になっている。

 先祖代々ライオンに脅かされていたバッファロー達はこの日を境に、ライオンに脅かされていた日々の復讐を誓うという謎の――失礼、絶対王者が逆転する展開にもなっている。

「肉食獣の時代は終わった! これからは新生・草食獣の時代だ! バッファッファッファッファッ!」

 バッファロー達の復讐の誓いは空の上にいる地球外生命体に届き、地球外生命体はバッファロー達に新たな力、百獣の王、ライオンを角で一撃できる力を授けていく。だがライオンはそれを知っても嘲笑うのだ。

「大群で押し寄せようがワシに敵いはしない! 大群をこの身一つで突き進み、まとめて食ろうてやろう!」

 ライオンとバッファローの戦いは地球外生命体の手の平の上で転がされているのだが、それでも両者は対立していく。

 そしてライオンとバッファローの決行の日が決まる。決行は日差しが少ない早朝、砂塵舞うサバンナの地だ。四足獣のライオンとバッファローの群れが対峙していく。ライオン一頭につきバッファローは数万頭――

「いざ、勝負!」

 バッファローは巨体に似つかない猛然とした走りを見せつけ、大地を駆け抜けていく。ライオンは恐れることなくバッファローの群れに身一つで突っ込んでいく。だが両者が繰り広げる死闘は一日ではつかない。三日三晩続き、やがてどちらも倒れ、サバンナの地で眠る。

 両者の戦いを見届けた地球外生命体はライオンとバッファロー達の肉体を引き取ったのち、鎮魂歌を奏でていくのだが、鎮魂歌は大地に潤いの雨を滴らせ、海原に変化していく――という奇天烈テイストだ。奇天烈テイストだがすでに舞台上で稽古は始まってしまっている。


     ‡


 大地をひづめで雄々しく駆け抜けていく大群バッファロー。だが設定とは異なり、全身チャコールブラウンタイツに顔だけが出た格好、頭にトイレットペーパーの芯が二つ付いたカチューシャを装着して走るバッファローもどきの団員達の姿があった。

 舞台中央には二尺の脚立が置かれ、そこには崖の絵が描かれた厚紙が貼られている。

 ライオン役の俺は脚立を上がり――

「大群で押し寄せようがワシに敵いはしない! 大群をこの身一つで突き進み、まとめて食ろうてやろう!」

 それから二尺の脚立から下りて言ったが――

「カーット!」

 香川団長が透かさずカットを入れた。ちなみに香川団長は地球外生命体の役で、ポリエチレンのゴミ袋を上から被った格好をした上で全身タイツになっている。

「もっと心を込めて言ってくれ。もうこの世には王者のライオンが一頭しかいない! そういう雰囲気で頼むよ?」

 香川団長が熱く指摘した。

 ――この世にライオンが一頭しかいない、孤高の百獣の王、ライオン……ダメだ、想像がつかない。動物園に行ったほうがいいかもしれない。

「香川団長、ライオンの気持ちが全く分からないので今から動物園に行ってきます」

「それだと時間が掛かるだろ。動画で見てくれ、ほら」

 動画サイトからライオン動画をピックアップした香川団長は俺にパソコンを押し付け――

「それでよく研究して」と言い、「さ、君たちはバッファローになりきって!」と、俺抜きで稽古を再開した。パソコンに映し出されたライオンの動画を見ながら、イメージしていく。

 ――俺は孤高のライオンでバッファローに打ち勝つ。しかし打ち勝つにはこの身一つで打ち勝たなければならない。自慢の牙、爪、雄の肉体を大群のバッファローにぶつける――だが、できるだろうか? 現実に考えればライオンは逃げ出すことだろう。何せバッファローの大群だ。幾ら強いとはいえ、敗北する上に死亡フラグも見えている。しかも地球外生命体から新たに力を与えられたバッファローだ。通常のバッファローと違い力も桁違いだろう。しかし俺が務める役柄のライオンは新たな力を授かったバッファローに恐れることなく、立ち向かおうとしていく――……何故だ? ライオンとしての本能がそうさせるのか、それともバッファローには負けないという、絶対的王者の精神からなのか……

 香川団長が書いた劇の台本のライオンはどうにもおごった雰囲気が否めない。人間社会でいえば、全権力を手にした者が俺には勝てないと言っているような印象だ。

 ――この劇に登場するライオンは、おごった人間の心を表現しているのだろうか? ならば俺は、ライオンになりきりながらおごった人間のような醜悪な心を持って演じなければ、このバッファローとは対峙できない。醜悪な心を持つのは簡単だ、誰にでもできる。綺麗な心を持つよりも簡単だ。

 そして俺は床に四つん這いになった。ライオンの動画が映るパソコンを背中に置き、四つん這いになったまま舞台を這って歩く。

「ガウ、ゴウ」

 声を低く唸らせて吠えてみた。空気を喉に押し込むようにして吠えてみれば、汚い声と共に昨晩食べた餃子の異臭が漂った……臭い、臭すぎる。だが実際のライオンの息はもっと臭いだろう。ライオンは肉食なのだ――そうだ、明日から赤身の肉をメインに食べようか。

「ちょっとちょっと早良君、どうしたの? 具合でも悪いのかい……?」

 いつの間にか香川団長が俺の傍に来ていた。俺の奇行に驚きながらも心配している様子だ。

「駄目ですよ香川団長、俺は今、ライオンになっているところです。香川団長が書いたライオンをイメージして、ライオンになりきっているんです」

「そうなのかい!? そう見れば――うん、さっきより断然、ライオンらしくなってるよ。何というか表情がこう、人間じゃない感じになってるよ!」

「ありがとう御座います」

「うんうん、良いね! ライオンが早良君に降りてきた感じなのかな? 良いよそれ、すっごく良い!」

 香川団長は褒めたのち、「また後で合わせて稽古してみよう……そうだね、今から三十分後でどうかな?」

「勿論オッケーです、承知しました」

 俺はライオン役を、香川団長含む団員達はバッファロー役等をそれぞれ練習した。


     ‡


「三十分経ったからそろそろ合わせてみようか?」

 香川団長が告げると団員達も今していた稽古を止め、所定の位置についた。

 地球外生命体の香川団長の舞いが舞台の上で始まった。音楽が流れた後、人間役になった全身ぴちぴちタイツの者達が現れて地に伏せていく。これは人類が滅亡したのを表現していた。直に暗転し、ナレーションが入る――

『人類が滅亡し、残されたのはアフリカサバンナのライオン一頭とバッファロー数万頭……』

 そのナレーションの後、再び照明が点く。俺はライオンになりきり舞台を四つん這いで歩いたのち、脚立に登った。本物の崖を登るようにして、脚立のステップを踏み、天井を見上げた。だが俺の視界には空が広がっている。

 青々とした空には雲があり、砂塵舞うサバンナが見えている――

「ガォオオオ!」

 ――俺はライオンだ!

 人を捨て去り、ライオンになりきっていた。おごるライオン、だがライオンの立場は変わってしまっている。

 この世にライオンは一頭しかいない。しかし一頭しかいなくとも、ライオンの考えは一切変わらない。

「グォオオオ!」

 この世に雄々しい咆哮を上げていいのはこのライオンのみだ、このライオン以外、誰も声を上げてはならない。これは絶対王者の特権。この特権は誰にも譲りはしない、俺のみだ。

 舞台で流れる音楽が暗雲漂う物に変化していく。ここからバッファロー達の登場だ。バッファロー達が悠然と駆けていく。団員の人数が少なく五人しかいないが、足裏を使って舞台を踏み鳴らすことで数は表現できていた。バッファローになりきった団員の一人が俺を見据えて告げた。

「肉食獣の時代は終わった! これからは新生・草食獣の時代だ! バッファッファッファッファッ!」

 そこで再び地球外生命体に扮した香川先輩が現れ、新たな生命体になる力、百均のスーパーボールをバッファロー役の団員達に渡していく。団員達はそれを口に入れるフリをしたのち一回転し、跳び跳ねるようにして舞台を回っていく。ライオンに屈していた長い日々を終え、新たな日々の始まりを歓喜していた。

 それから暫くして暗転し、次いで、バッファローからライオン役の俺にライトが当たる。

「大群で押し寄せようがワシに敵いはしない! 大群をこの身一つで突き進み、まとめて食ろうてやろう! ガォオオオ!」

 台詞の後にアドリブを付け足して脚立から飛び降りた。ダンという音と共に脚立も振動でガシャンと倒れたが、気にせず俺は演じていく。舞台を擦るように歩行し――

「ワシに全てをぶつけてみよ!」

 舞台の中央で再び咆哮した。


     ‡


 稽古が終わり、帰り支度を始める中、団員達のヒソヒソ声が聞こえた。俺がアドリブを入れたせいで間が取れなくなり、テンポがずれてしまったのだ。更に台詞も変更され、三分が過ぎていた。

「お疲れさま」

 団員達が続々と帰宅する中、香川団長が声を掛けてきた。

「お疲れさまです、それとすみません。暴走してしまって……」

「いいじゃない、きっとライオンが降りてきたんだよ。言われた通りにやるよりも、こうだ! って思ってやった方が早良君らしくていいと思う。演技も嘘臭くなく、本物に見える」

「ですかねぇ……?」

 香川団長が良いとしても、団員達はあまり良い反応はしないだろう。アドリブを入れてテンポがずれる分、他の団員達の演技時間が短くなり、遅れが出てしまうのだ。限られた時間の中でやるには矢張り、自己主張は控えなければならないだろう。

「香川団長、明日から通常通りやることにします。少しでもアドリブを入れてしまえば皆に迷惑を掛けてしまいますし、時間もオーバーしてしまいます……」

「そうか、そうだよ――……それだ!」

「えっ?」

 香川団長は突如閃いたようで、「それしかない!」と言った後、俺に告げる。

「【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】は、正しくそれだよ! 早良君が言った通りじゃないか! ああ、どうして気付かなかったんだろう?」

 香川団長は悔しそうに言った後、一人で納得していた。俺としては何が何だかさっぱり分からない。

「どういうことですか?」

 話が分からず、香川団長に訊けば、「タイトルの通りさ!」と、真顔で口にした。

 ――タイトル通り? タイトル通りって、何だ? ……駄目だ、全然分からない……。俺の思考が直ぐに諦めに変わった頃、「明日から取り入れよう!」と、香川団長は両手で叩き――

「また明日ね、早良君」

 そう告げて帰ってしまった。

 何が何だか分からない。だが明日になれば分かるのだろう。疑問は残るが帰ることにした。

 翌日、何時もの舞台の部屋に入るなり香川団長が鼻唄を歌って待ち構えていた。

「おはようございます、香川団長」

「おはよう、早良君」

 それから団員達も挨拶をしながら部屋に続々と集まってきたが、昨日の稽古と同じような微妙な空気が漂っていた。だが香川団長は気にせず改めて挨拶をし、切り出した。

「【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】を三分以内で演じるには台本通りにやるのも大事だが、それだと棒人間になるだろう?」

 香川団長は舞台を歩きながら熱弁し、続きを紡いでいく。

「台本通りだとただ人が演じている――そのように映ってしまう。それを覆すには迫真の演技が必要だ。役通りに演じながら自分自身に獣の魂をいれる。自分を器にするんだ。今日からは各々三分を計測し、演じていく。障害が起きても三分内にまとめてやりきる、いいね? この劇はお互いに役を演じながら奪う、謂わば舞台上の略奪だ! 自分の役を演じたければ本物を上回る演技をしてみせろ!」

「はいっ!」

 香川団長の一声で稽古場の空気が張り詰めた直後、俺に殺伐とした視線を送りつけたのはバッファロー役の団員達だ。

「いいねいいね、そうやってバチるの。このタイトルのようにバッファローはライオンを死地に立たせなければならないからねぇ」

 香川団長の言葉でこの場の空気が更に鋭くなった。ライオンがバッファローに食われてしまうかもしれない、そんな雰囲気だ。

「さぁ、準備体操をしたら始めようか」


      ‡


 持ち時間は三分、三分以内に劇を済ませる。何時ものように香川団長のターンから始まる。地球外生命体の臭気が漂い、人類を滅ぼしていく。だが人類役の者達が何時ものように演じず、人類が淘汰されていく様を表現していた。まるで草木が枯れて粉々になるかのような演技だ。俺はストップウォッチを見た、もうすでに一分が経過していた。このままでは俺の出番が無くなってしまう――

「滅亡した人類。なんて哀れなものだ」

 アドリブを発生させ、俺は舞台に上がった。これで人類役の者達の出番は終わりだ。照明は落とされ、次に明るくなった時にはバッファローが勢い良く飛び出していく。動きが盛んで跳び跳ねるだけでなくでなく、宙返りまでしていた。そしてライオン役の俺に迫り、奴等は口にした。

「一人でいるぞ、ライオンが仲間とつるまず、一人でいるぞ」

 アドリブが発生した、バッファロー役の団員達は俺を囲っていく。

 ――しまった、動きを封じられている……?

 囲って俺が身動きできないようにしたのだ。だがそれはバッファロー役の団員達も同じ状況だ。

 とまれ、これは昨日の復讐なのか? 虎視眈々と狙う目には無慈悲な情念が感じられた。その情念は怒りであり、憎しみであり、嫉妬だ。嫉妬の炎を燃やしながら俺に迫っていた。このままうかうかしていられない、俺も仕掛ける時だ。

「淘汰されていく中で俺は悟った。そう、一人ではない、最初から俺が種の頂点だったのだ!」

 囲われた中で跳躍し、バッファロー役の団員達の場を抜けた。そこから駆け抜けて脚立に上がる。地球外生命体になっている香川団長は直ぐにスーパーボールを取りだしバッファロー役の団員達に手渡していく。団員達はそれを飲み込むフリをしたのち脚立に登った俺に投げつけてきた。スーパーボールが俺に当たってそれが跳ねながら舞台に転がっていく。だが俺は気にせず次の台詞を言おうとした――が、脚立の傍にバッファロー役の団員達が足を踏み鳴らして集まってきた。今度は脚立を囲い口にした。

「肉食獣の時代は終わった! これからは新生・草食獣の時代だ! バッファッファッファッファッ!」

 次には脚立を揺らしていく。その振動に体が振られ落ちそうになる。だが何とか耐え――

「大群で押し寄せようがワシに敵いはしない! 大群をこの身一つで突き進み、まとめて食ろうてやろう! ガォオオオ!」

 脚立の下に集まるバッファローになりきる団員達に飛び付くようにして下り、その内の一人の腕を掴んだのち足を掛け、舞台に引き倒した。ダンという凄まじい音が響いたが気にせず演技を続けた。

「これで仕舞いか! ワシに全てをぶつけてみよっ!」

 バッファローになりきる団員達は俺に突進してきた。もみくちゃにされたが躱していき、更には投げ飛ばした。

 ――そうだ、時間……今、時間は……!?

「そこまで!」

 刹那、香川団長の声が響いた。

 そこまで――そう制止した香川団長の片手が上がっていた。その手にはストップウォッチがあり、時間が止まっていた。見れば三分きっかりだった。

「演技はとてつもなく最高だったよ! でもこれじゃあ最後の落ちまでいけない――……どうしようね?」

 最後は地球外生命体のターンが残されている。ライオンとバッファローが共倒れし、その肉体を地球外生命体が引き取り鎮魂歌を奏でていく。そして大地に潤いの雨を滴らせ、海原に変化が訪れて物語が完結されるのだ。

「うーん……」

 考えが浮かばなかった。そんな中、一人の団員の男が挙手をした。香川団長がその団員を呼ぶと、団員は前に出て口を開いた。

「地球外生命体の存在……必要でしょうか?」

 瞬間、場がざわついた。地球外生命体の存在がなければ物語が成立しなくなる。人類は当然ながら淘汰されない。ライオンも、バッファローの意味も無くなってしまう。

 だが――

「いいね、いいよ! それでいこう! 実はいなかった、いたと思い込んでいた。最初と中盤はいる設定を変更せずに最後、PTSDのせいで幻覚を見ていたという落ちにすれば三分きっかりになりそうだね」

 だが団員は納得せず、首を横に振って告げた。

「いえ、そうではなくて、地球外生命体の存在なんて最初からいりませんよね」

「うん? どういうことだい?」

「だから僕、……」

 団員の声が次第に小さくなり、次には黙りとしてしまった。それから暫くした頃――

「すみませんでした、場の空気を乱して……」

 団員は謝罪し、去ろうとしていた。

 纏まり掛けていたチームが再び欠けてしまいそうで――

「ちょっと待った、地球外生命体の存在がいらないこと、正確に説明してほしいな」

 俺は団員を引き留めた。このまま去りそうで、明日から来ないような気がしたのだ。

 もとい、このままの状態で稽古をして本番は迎えたくはなかった。すると黙りしていた団員はぽつりと言った。

「ですから地球外生命体の存在をいれてしまうと、。ライオンも、バッファローも、人類もいるのに、名前があるのに、僕だけないから」

「素晴らしい! 素晴らしいねぇ!」

 すると香川団長が拍手をし、その団員の側に近づいて褒め称える。

「つまり君は今、役柄に徹した為に降りてきたのだろう? 早良君に続いて君も役柄に徹して降りるだなんて……熱い団員と作品作りができる環境で嬉しいよ!」

 香川団長は褒めちぎるが、俺はふと、恐ろしくなった。役柄に徹してるというならば彼の場合はバッファローだ。バッファローの役柄が降りてきたなら分かる。しかしそうではなく地球外生命体、彼はそれに拘っている。つまりは彼が本当に地球外生命体そのものかもしれないということになる。

「香川団長……」

 香川団長に声を掛けたのと同時だった――

「失礼します。ありがとう御座いました」

 その団員は去ってしまった。一人が去ったからか、時間に余裕ができた。香川団長が変更した通りに物語は進行し、時間はぴったり三分に収まった。

 ――これで本当に良かったのか……?

 疑問が浮かぶが一人の団員が消失したまま物語も撮影も終わり、【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】が完成した。無事完成して投稿するも、何かが抜けたような感覚に暫く見舞われた。


      ‡


「香川団長、香川団長はどうして、地球外生命体に拘ったんですか?」

「さぁ、何でだろうね?」

 あれから一週間が過ぎた。作品の結果発表まで三ヶ月の期間がある。何もせず一週間を送る中、辞めた一人の団員の最後の言葉が過っては考えさせられていた。

 あの団員の男は酷く怯えていた。もしかしたら普段から怯えながら生きていたのかもしれない。香川先輩が偶然思い付き書いた台本を目にし、恐れてしまったのかもしれない。

「香川団長、次はどんな台本を書くんですか?」

 偶然が重ならないように、何も起きないように、役柄に徹し、考えすぎて、豹変する者が出ないようにしなければならない。

「早良君、俺はね? これからも何かしら書いていくよ。今は何を書くかはまだ決めてないけれど、また書くさ」

「そうですか、楽しみにしてますね」

 香川団長が次に書く台本はどんな物になるのだろうか? 

 それからまた一ヶ月が経った日、変化が訪れた――

「ガォオオオ!」

 再びライオンを演じることになった。だが前と違うのは演技ではなく、ライオンとしてだ。

 俺は今、アフリカのサバンナにいる。そこで狩りをして暮らしている。

 ――何故、こんなことになってしまっているのか……?

 問うても問うても答えは出ない、だがいなくなった団員の言葉だけがリフレインしていた。

『地球外生命体の存在をいれてしまうと、。ライオンも、バッファローも、人類もいるのに、名前があるのに、僕だけないから』

 名前がない者はどうやって生きていくのか? 誰かに成り済まして生きるしかないのか? 成り済ます、それは寄生になるかもしれない。彼は寄生していたのだろうか? 永遠に悩まず答えをポンと出して演じた俺達に嫉妬していたのだろうか? 答えは分からないが、俺の目の前にはバッファローの群れが迫っていた。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはかつての団員達を彷彿とさせてくれた。だが俺の視界も、恐らくバッファローの視界も、サバンナを生きる獣としてしか映っていないだろう。

 動物に、百獣の王になりきる、それがどういうことなのか、俺は身を以て知ることになりそうだ。

 香川団長が書いた台本は人間の汚い部分を獣に投影していると思っていた――しかしいざ、ライオンになり、この自然とバッファローの群れを目にし、美しいと感じていた。武者震いと高揚、緊張が綯交ないまぜになり、俺に変化を与えてくれる、刺激を与えてくれる――

 俺は再び吠え、バッファローに向かっていく。

 たった一頭のライオン――。バッファローの群れは逃げず、俺に猛然と向かってくる。本物の雄々しい角は、トイレットペーパーの芯ではない、表皮は全身タイツでもない、生身のリアルを生き抜く獣達だ。

 獣達はただ突っ込んでくる。天敵のライオンを追い払い、平穏を送る為に――。ブレーキは掛けない蹄の轟音、土埃が舞い、バッファローのごつい体格が俺の体に容赦なくぶつかってくる。

 ――……。

 舞台とは違う体験は俺の経験値を底上げした。だが体は持たず、その場で身動きも取れず、バッファローの興奮が収まるのを待つのみになった。

 暫くして、静かになった。雨が降りだすと土が溶けるように流れていく。さぁさぁと降り続く雨の雫がやけに心地良く俺の耳に響いた。舞台で流れる音楽とは違い、自然の恵みの音霊は大地に溶け込んでいく。想像していた物とは違い、所詮、演技は演技でしかないと自覚した。

 リアルな【ラスト・マッド・ライオン~怒りのデスバッファロー~】を演じきった俺は、雨に打たれながら目をつぶった。けして演じているからではない、流れに身を任せているからではない、その場の空気に合わせているからではない。

 戦い抜き、疲労困憊になり、この場で力尽きただけの話だ。


      ‡


 獣の息づかいと足音が俺の傍で往復していた。気付けばバッファローの群れはいなくなり、俺の目の前には麻酔銃を持った複数の男達と複数の犬がいた。何かを言いながら、俺に麻酔銃を向けて撃った。それから暫くして意識を飛ばし、次に目を開いた時には檻の中にいた。

 暗い檻の中で俺は一人、横になっていた。

「どうですか、気分は?」

 聞き覚えのある声が響いた。きっと彼だろう、あの時去った、団員だ。助けにきたのか、笑いにきたかは知らないが、俺はもう一度向き合うことにした。しかし何を言えばいいのか分からず逡巡した。結局今も、彼とどう向き合うか分かっていなかった。彼の存在を認識しているのみだ。

「気分は最悪だよ」

「そうですか、僕もですよ」

 それからお互いに見つめ合い、そこで気付いたのは彼と同意見で、同じ状況に陥っていたことだ。俺は高笑いし、改めてイカれていたことに気が付いた――


 完結

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