第9話 柔と女神 ゼイン国 帝都にて

 グン国より遥か北、帝国ゼインの帝都フィルセオには巨大な城が中心部に座している。城の名はアラゴン城という。黒い石造で造られた城の外観は遠くから見ると黒い大きな塊だ。帝都の民はその暗く冷たい城の中心に円をなすように街を造り上げていた。


 その城を遠方の山から眺める女性が二人。女神と柔だった。

 柔はその城を見て、あまりいい気持ちはしなかった。


「立派な街でしょう?お城もまるで黒いケーキみたい。」剣呑な顔をしている柔を見て、女神は冗談めかして声をかけた。反応はない。

 ドウタロウを吹き飛ばしてしまって以降、柔は笑顔を見せてはいない。口を開けば二度も人を殺してしまった自分を犯罪者だ、早く故郷へ帰って罪を償いたいと言う。

 女神は現状に歯がゆさを感じた。召喚初期から、この世界の柔にはこの世界のいろはを伝えたくても聞く気がないのだ。転生者として過去最高の品質を兼ね備えていることが女神にはわかっていても、活力がなければ意味などない。


「御影石みたいじゃ。」


 10日ぶりに柔が口を開いた。どんなにまじめに話しかけても反応が無かった柔に女神が驚く。

「御影石?あっちの世界の石かしら。私はあそこの城に用があるの。ねえ、城下町に着いたら少し話さない?あなたには話さなければいけないことがいっぱいあるの。」ここぞとばかりに柔に話しかける。


 柔の視線は城のさらに奥をみるようにして、視線を合わせてくれない。柔の心は閉じたままに感じる。


「ああ。ええよ。その代わり。」柔の雰囲気が変わる。禍々しいほどのエネルギーが周囲を包む。女神は呼吸をとめてしまっていることを自分でも気づいていない。


「女神、おまえは自分のやることもわかっとるんじゃろうな。」

「わかってる。わかってるわ。あなたを必ず故郷へ帰す。」

「…ならいい。わしもいつまでも不貞腐れておれんからな。わしの軽率な行動が全て不幸にさせてしまっている。自分の力をコントロールしないとダメじゃ。この世界でもわしは強くならんとな。」


 女神は柔が再び心を開いたことに安堵した。しかし同時に、言いようのない不安を覚えたが、それは安堵の色にて塗りつぶした。


「行きましょう。城下町を案内するわ。」


 二人は再び歩き出した。


 ____________________________


 日が沈む前に帝都に到着し、柔は宿に荷物を置いた。

 久しぶりの寝床にほっとする柔。しかし、その和らいだ気持ちを一瞬で塗りつぶす嫌悪感。自分が殺人者になってしまったというその事実に耐えられない。

 体が若き頃に戻ったためか、感情の高まりをコントロールできない。若いとは、なんとも苦しいものだなと考える。いっそ年を取りさび付いた脳みそに戻れたらと考えた。


「いかんいかん。とにかく、罪を償うことをしよう。前向きに考えないといけないさね。」


 一人だけの部屋でつぶやき、女神との集合場所の居酒屋へ向かうために、部屋を出た。


 あの日柔たちは、ドウタロウを爆散してしまったあの日から、ろくに街を経由せず女神の移動スキルでひたすら北上した。柔はショックのあまり放心状態だった。その間に何度も悩み苦しんだ。なぜ技を軽率に使った、なぜすぐに周囲を確認し生死を確認しなかった。しかし、それに対する答えなどないこともわかっていた。

 ならば、この世界にて善行をする。そして現世へ帰り、罪を償う。それが生きる意味となった。


 宿を出て、居酒屋への道へ向かった。石畳で重厚なつくりの町は夕方になると余計に暗い街に見える。外套は電気とは違うエネルギーを使っているのか、ゆらゆらと消えない炎が赤く燃えている。

 高層の細長い塔のような建物は何かの施設で、他の住民が使用しているのは同じ規格の長方形の建物だ。

 高層の塔と城の方角の隙間から太陽が見える。哀愁漂う街と同じようにどこか日の入りも寂しく思うものを柔は感じた。


 居酒屋というので木造を考えていたが、帝都で木造の建物は無く、やはり同じように同じ規格の石造りの建物だ。ただし、長屋のような作りになっていて居酒屋は一階を使用していた。

 入口を開けると、日本の居酒屋とは違う、洋風なのだがどこか違和感のあるつくりとなっていた。だが、飲み屋の雰囲気なのは変わらないように思えた。女神を探していると、テーブルのメニューを見つめているのを発見し、向かう。


「遅れた。すまんの。」一言声をかける。女神は視線を変えず話しかけた。

「本当よ。遅い。とりあえず、頼みましょう。何が食べたいかなんてわからないわよね。適当に頼むわ。」


 まず飲み物が来た、不思議な飲み物で渦酒というものだ。柔は渦酒を見つている。ずっと液体が回っているからだ。透明なワイングラスに入っているので、竜巻のような形になるのがわかる。一つ渦ができたと思ったら、二つに、そして合わさって一つになる。

 何とも見飽きない不思議な飲み物に柔は感動していた。


「鳴門大橋のような酒じゃの。わしの店でも出したいの。」

「まあ、飲んでみなさいよ。」女神が酒を進める。

 くいっとグラスを傾け、口に含む。炭酸の甘酸っぱい果物のフレーバーが鼻を通る。何より口のなかでずっと渦巻いている。正直生き物を口に入れているような不思議な感覚になるので気持ち悪い。

 一思いに飲み込む。半目になりながら、べえっと舌を出す。

「なんじゃこれは。味は洋酒のようだが、いかんせん口の中が気持ち悪い。」

 その反応を見た女神はクスクス笑う。

「よ~やく、違う表情を見せてくれたわね。」

「いつまでも、ふてってられんからな。」下を見ながら柔は苦笑いをする。お互いは顔を見合わせ、笑いあう。柔は久しぶりに女神の顔をはっきり見たような気がした。


「さあ!じゃんじゃん食べ物くるから食べなさい。」

「そうじゃの。腹が減ってたまらんち。」

「それに、聞きたいことはワシもたんまりある。大体、女神ってなんじゃ。よく恥ずかしくないのお。」

 意地悪な顔をする柔に、女神はたじろぐ。

「いうじゃない、柔。いいわ、今日はとことん話しましょう。」


 料理がテーブルに乗り始める。

 二人だけの宴が始まった。























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