魔法世界を柔道派生スキルのみで這い上がっていく男がいます

セト

第1話 現実に、サ!異世界に、ザス!

 まず、俺は死んだ。

 居酒屋の店主のおばあちゃんがゴロツキに一本背負いをかけて、そのゴロツキのかかとが俺の頭に刺さったんだ。

 意味わかるかな?俺はさっぱりわからない。


 そして俺は今、気づいたら森の丘から世界を眺めていた。



「あなた、死んだのよ。」声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、一人の女が浮いていた。金髪の女性だ。

「ああ、わかってるよ。異世界転生したんだろ。」

「その通り。名前は?」

「道太郎(どうたろう)だ。」

「道太郎ね。変なの。」


 金髪の女性は、思い出し笑いをするように話し始めた。

「私のことは女神って覚えておいて。あのおばあちゃん、何か体術を男にかけたと思うんだけど。。。」

「一本背負いという技だ。」

 女神は対して興味なさげに、ふーん。と答えた。

「その一本背負ってやつで相手が一回転してね、それがまたすごい速度でさ。ああ、あなたも見てたよね。」

 なんて無駄な話が長いんだ。現実の女性と一緒で話が長い。

「それでね、あなた。その男の踵が頭に刺さっちゃったのよね。」金髪の女性はケタケタ笑っている。

「かわいそうだから、あなたも転生させてあげたの。」


「待て、あなたもってなんだ。」

「そのままの意味よ。」

「あなたはついでなの。本当の目的は、その柔の店主よ。」

「嘘だろ?じゃあ俺は巻き込まれたのか?」

「巻き込まれたなんて、生意気ね。むしろ助けてあげたのよ。無意味な人生で終わるところだったんだから。」


「とりあえず女神って呼ぶぞ。それで柔の店主はどこにいるんだ。」

 女神と呼ぶくせに偉そうな男に、若干不機嫌そうに答えた。

「それなんだけど、あんたが間違って死んじゃったでしょ。だから生きたまま転生させたの。」

「間違って…待て。俺はまだわかるが、店主の方生きてるのか?それって転生じゃなくて、誘拐だろ。」

「どっちでもいいわよ。無事連れて来れたしね。」

 本当に女神なのか疑いたくなる。しかし、この女と話しても埒が明かない。話を進めよう。

「それで、店主は?」

「生きたままだと時間がかかってね…そろそろ来る頃よ。」そういうと大気の光が一箇所に集まり始めた。

 その光が旋回し始める。その光の中心に人影が見える。


 柔の店主、凄まじい技の繰り出しだった。足が悪そうだったのに、体捌きであそこまでのクオリティを出せるとは。同じ異世界来たモノ同士、一緒に旅でもしようかな。でも70代くらいのおばあちゃんだから大丈夫かな。

 そんなことを考えているうちに、人影ははっきりと人間の輪郭を帯びてきた。

 

 宙に浮いて身体を形成していた状態が終わり、大地に足をつけた。その店主は。

 いや、その店主なのか?若い女性が降り立った。

 少し素朴な顔だが、童顔だが少し怪しい雰囲気。この人が柔の店主?まさか…

「女神さん、ちょっと聞きたいんだが、この人って。」

「ええ、私も聞きたいわ。この人だったっけ?おばあちゃんじゃなかった?」

「ああ、おばあちゃんだった。別人だろこれは。」

「そうね…参ったわ。あのおばあちゃんから凄まじい転生力を感じていたのに。」

 この女神は、適当すぎるな。


 そんなことを考えているうちに、若い女性は目をゆっくりと開けた。

 女神は当てが外れた女性を呼び出してしまったのか、俺に対してより更に適当に話し始めた。

「ようこそ異世界へ、あなたを間違えて呼び出しちゃったみたい。前の世界には戻せないから楽しんでね。」手をひらひら振る。


 女性はしばし、言葉を飲み込み理解するのに時間をかけた。そしてとりあえず帰れないということを認識したのか慌て始めた。

「そんな、困るんじゃ!わあの店で争いがあったんじゃ!」

 え…?という雰囲気が女神と俺に漂う。

 まさか、若返ってる?俺はなんも変わってなさそうなのに。

「あの。すいません。僕は柔という居酒屋で飲んでいた人間なんですが。」

 道太郎を見つけ、店主はパアっと顔を明るくなる。

「よかった。お客さん、わあのせいで死んだかと思っとんたじゃよ!」

「いや、死んだんです。」

「え?死んだんか?」


 少し無言の時間が流れる。

「ええ。店主さんの技を食らった男の足が頭に刺さりまして。」へへへと愛想笑いをするしかない。何とも情けない死に方だと我ながら思う。

「ありゃ〜!!すまん!わあが逮捕されて終わる話じゃないが、すまん!!警察に行くわ!」

「いや、いいんですよ。もう終わった話ですから。」命もね。というブラックジョークはやめておいた。ショック受けそうだし。


 女神が話を割って入る。

「ちょっと、店主さん。私と話をしてくれる?」

「ああ、ええが。」店主はこくりと頷く。

「あなたの名前を教えてくれるかしら?」

「柔(やわら)じゃ」

 あの居酒屋の店って、自分の名前だったのね。

「柔ちゃんって呼ぶわね。」

「そんな歳じゃないさね!!」顔を赤くしながら、おばあちゃんがよくやる手を頬につけて、もう片方の手は顔の前で振っている。

 もはや20歳前後に見えるので、その仕草が逆に可愛いんだが。その感情を持ってしまっては俺はいけない世界に踏み入れてしまう気がする。

 ある意味すでに違う世界にはいるんだけど。

「柔ちゃん、まず、ここはあなたが住んでいた世界とは別の世界なの。魔法とか竜とか魔族とかそういうのが普通にいるの。」

「カッパもか?」

「…カッパ…?うん…いるわ!!!」

 この女神、もう面倒臭いんだな。まあ俺でもそう答えるかも。いるかもしれんし。

「すげえ世界じゃあ。ほんで、なんで、わあが呼ばれたがね。」

「そう、そこよ!!あなたすごい力を持っているの。この世界だと上位種族たちを超える素質があるの。」

 いいなあ、俺もそれ言われたかったよ…魔法とかさあ…

「その力で、この世界を正しい方向に向かわせて欲しいの。今この世界、嫌な気配がするから未然に防いで欲しいのよね。」

 話を聞いて道太郎は違和感を覚えた。

「待て、女神。特にすることきまってないのか。」

「ないわ。でも敢えていうのならば、『正しい方向に世界を進める』ってこと。」

「そんな感じでいいんだ…」少し拍子抜けというか、ほっとしたというか。まあでも、俺はついでだから『正しい方向に世界を進める』というのすら関係ないか。


「わかった。わあが世界を正しい方向に進めりゃいいんじゃね。」

 女神が頷く。

「そしたら女神様、正しい方向に向かったと感じられたら、わあを戻してくれ。」

「いいわよ。戻すわ。でもおばあちゃんに戻っちゃうでしょ。」

「構わん。わあが胸張って生きてきた人生じゃ。」

 かっこいいな…柔ちゃん…俺はそんなこと言えるだろうか。自分の生き方に疲れ果て、心を殺して自由を感じれないあの世に戻りたいと思えない。こういう人に、大きな力が備わっているのも当然だ…

「ん…?待てよ。あちらの世界に戻す方法ないんじゃなかったのか女神。」

「今は知らないわ。知ろうとも思わなかった。でも、この柔ちゃんの意志を聞かせてもらって考えを変えたわ。この人のために私も戻す方法を調べてみる。」

 柔ちゃんの真っ直ぐな性格に当てられて女神もなんか性格変わってる。さっきまでの気だるげな感じが何もない。…俺も、俺も役に立てるかな。


「なあ女神。俺も何かできないか。」

 少しでも…この世界に来たのなら、柔ちゃんのようにもう一度胸張れるような人生を…そのチャンスなんだこれは。

 女神はその言葉を聞いて、多少驚いたような顔をして、微笑んだ。

 爽やかな風が通り過ぎる。女神の髪が靡いた。世界も微笑んでいる気がした。

 女神が口を開いた。


「ないわ!!」



 ______ですよねえ…


「残念だけど道太郎、あんたは…え?」

 女神がフリーズする。俺を見ている。なにかあったか?

「道太郎!!あんたノースキルのモブキャラかと思ったけど違ったわよ!!」

「本当か女神!!なんだ!?なんのスキルだ!?」

 弱くても構わないさ、よくあるだろ。使えないスキルでそこから、ほら、無双する的なつだ。俺もそれになってやる。俺も変わるんだ。この世界で!

「待ってね、見てあげる…わかったわ!あなたのスキル!」

「おお!女神!!なんだ!!」

「よかったのう!道太郎さん!!」理解してないが、柔ちゃんも喜んでくれている。

「道太郎、あんたのスキルは…」無駄にタメを作る。なんだ。気になる!!

「スキルは…?」


「JUDOってスキルよ!!」ドヤ顔で女神が俺にいう。喜べと言わんばかりに。


 JUDO、つまり柔道 元柔道部(高校三年生まで)の俺は当然スキルというか体に身についてるものである。というかそれは、むしろ柔ちゃんについてたほうがいいスキルなのでは。


 つまり俺は、このファンタジー世界で柔道をして生きていくのか?

 嘘だよな?きっと魔法も使えるようになるよね?


 俺の新しい異世界ライフ。ザス(おはよう)、サイ(こんにちは)、サ(さようなら)な人生が始まる。








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