Star Gazing

秋坂ゆえ

星を見ていた

 手が届かないことを知りながらも深更、実家のベランダから夜空に腕を上げ星を掴もうとしていたガキの頃の習性を思い出していた。

 渋谷スクランブル交差点のヴィジョンを口を半開きにして見上げる俺は、俺は?

 巨大な液晶に映るきみを、ほとんど真上を見る状態で眺める俺は、俺は。

 

(まるで夜空の星に憧れる、地べたを這いずり回る虫けらのようで)


 それはスイッチだったのだ。


 やがて雨が降り始める。

 きみが映る非現実的な鏡に雨粒がはじける。もはや俺の中できみがきみではなくなって、あの頃あんなに近くに一番近くにいたことすら忘れて、ただただ天を仰ぎ、雨で顔面が溶けていくのがむしろ心地良いとすら感じ始め、俺だったナニカ、ただの意識と肉だけになったモノはとっくにきみを映さなくなったヴィジョンにへばりついて、そもそもきみが誰で在って俺が何で在ったか、その疑義すら持たない。


 通り雨の後の夜空で星々が形だけの舞踏会を始める。

 仲間に入ろうとも星は遠いのだ。どれだけ這い上がっても、肉体を捨て意識だけ空を飛んでも、遠すぎるのだ。ここに届く光は大昔の輝きであって、星そのものが現存するかも怪しいのだ。俺がこんなことになってしまったように。


 DEAD STAR


 どこかのバンドにそんな曲があった。意識だけになってこんなザマになってもこんな些末なことを想起できる自分に軽く驚く。


"You used to be everything to me"


——あなたは僕にとって全てだったのに


 歌詞まで思い出したところで俺はきっと消失する。残された肉はそれでも生き続けるだろう。きみを思い焦がれていたことを忘却という大海原に投げ捨て、その行為すら忘れ、まるで何もなかったかのように星を見上げる地べたの虫けらとして、心臓がその運動を止めるまで、きみという星を見上げながら、口笛を吹いて生きる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る