第2話 こちょこちょなんて所詮は子供の遊びでしょ?
「ねえ
夏休みの宿題に絶賛取組中。
テーブルの正面に女の子座りしている唯夏が、数学の問題集から目を離してそう切り出した。
僕――
「そうだね。もう10時だし、一旦休憩を挟もっか」
朝の8時から始めて、約2時間。
そろそろお互いの集中力が切れる頃合いだ。
まあここまで喋りながらやってる時点で、集中力なんて最初からあるのか怪しいけれど。
「はぁ~~~疲れた!!」
両腕をテーブルに伸ばし、ばたんと前屈みに突っ伏す唯夏。ネイビーのノースリーブが、白くて滑らかな肌を強調している。見慣れたルームウェアだけれど、それが途轍もなく可愛い。下は同色のショートパンツで、靴下は履かず健康的な素足が露出されている。
髪型は今日も変わらずサイドテール。今年のゴールデンウィークに、地毛の黒髪を茶色に染めた。校則では禁止されてないから、他のクラスメイトにも染めている人をちらほら見かける。純白のシュシュは、僕が15歳の誕生日に渡したもの。もう1年くらい経つのに、未だに使ってくれるのは素直に嬉しい。
僕はカーペットに置かれた500mLのペットボトルを手に取り、キャップを開けて中の天然水を一口飲む。冷房が効いてるとはいえ、熱中症対策は怠らない。こまめな水分補給は大切だ。
「お疲れ様。このペースだと、あと1週間で終わりそうだね」
「1週間!? まだそんなにかかるの!?」
唯夏はテーブルからバッと顔を上げて、驚愕したように目を丸くする。その体勢だと、僅かに汗ばんだ谷間がちらりと見えてしまう。彼女の性格的に、それは過失ではなく故意だろう。しかし胸には興奮しないので、余裕で平常心を保っていられる。
ちなみに唯夏のバストは、身長と同じく標準サイズ。体重については非公開らしい。生まれつき痩せ型なので、別に恥ずかしがる必要はないと思うけれど。
「多分ね。でも終わったらいっぱい遊べるよ?」
「え~~~やだ!! 私は今すぐ叶実と遊びたい! どエロいことを沢山したい!」
「唯夏の頭の中ってそれしかないの?」
「ふふっ、今さら何言ってんの? 私は授業中に官能小説を読むくらいだよ? 四六時中エロいことしか考えてないよ♪」
ジト目で悪戯っぽく微笑む唯夏。
彼女の性への興味関心は、昔から尋常じゃない。
そのエピソードをまとめたら、恐らく1冊の本が出来上がってしまうだろう。
もっと他に熱量を注ぐことはあると思うけれど。
「そうだったね。唯夏はかなりの性欲魔人だったね」
「おっ、そんな格好いい異名を与えてくれるの? 照れるじゃん♪」
「格好いいかどうかはともかく、僕は唯夏の前世がサキュバスだったのではないかと疑っているよ」
「そしたら私、沢山の男と寝てたことになるけどいいの?」
「…………」
僕は今、男としての器を試されているのだろうか。
本心としては別に構わないのだけれど、しかしだからと言って、愚直にそう答えたら、それはそれで唯夏の機嫌を損ねてしまいそうなので、無難にノーを選択する。
「いや、そんなの僕には耐えられない」
「そうだよね!! 叶実は私のこと大好きだもんね! たとえ前世の話でも嫉妬しちゃうよね!」
「面倒くさいなこの幼馴染……」
「あはははは!」
お腹を抱えて楽しそうに笑う唯夏。
彼女は昔から笑い上戸なのだ。
よく会話中にツボにはまって、涙が出るくらい爆笑することもある。
「でもありがと♪ 私も叶実のこと大好きだよ♡」
「はいはい。僕も唯夏のことが大好きだよ」
「わっ♡ 顔赤くなってるけどもしかして照れてるの? かーくん可愛い♡」
「その呼び方は小学生までにしてよ」
「えへへ♡」
改めて、僕の彼女兼くすぐりパートナーである。
さらに幼稚園からの幼馴染にして、小中高と同じクラスメイトだ。
唯夏と付き合い始めたのは、中学2年生の頃。夏祭りで告白した時の緊張感は、未だに忘れられない。しかしそれからは2人で大人の階段を一段ずつ登っていき、今ではあの時の初々しさがすっかり蒸発している。
そんな僕たちは、中学3年生の冬に実家から遠く離れた同じ志望校に合格した。そのため新学期が始まる春からは、通学時間と交通費と家賃の削減という名目で、2LDKのマンションに一緒に住むことを決めた。まあ元々実家は隣同士にあったし、僕たちにとってはその延長線上みたいなものだった。
お互いの両親は、昔から家族ぐるみの付き合いだったこともあり、反対どころか応援する姿勢で、僕たちの交際と同棲を認めてくれた。ただし学業に支障をきたさない節度のある生活をするようにと、それぞれ真面目な両親から釘を刺されている。
そんな訳で、夏休みの宿題が疎かになるなどあってはならないのだ。言語道断と言ってもいい。2学期の最初にはテストも待っているし、そこで赤点なんて取ろうものなら、お互い両親に何て
そう――だから今日はこうして、僕と唯夏は朝から一緒に夏休みの宿題を進めている訳だ。場所は白とピンクを基調とした彼女の可愛らしい部屋。香水の甘くていい匂いが、部屋全体を優しく包み込んでいる。
唯夏はテーブルの上に頬杖をついて、何やら
「ねえ……休憩がてら、シちゃう?」
「……そういうのは、宿題が終わってからの約束だから」
「ふうん? ほんとはめちゃくちゃシたいくせに♡」
こういう扇情的な言動に、今までどれだけ心を乱されてきたことか。唯夏は人の性欲を掻き立てるのが天才的に上手いと思う。言わば誘い受けの達人である。正直その見透かした表情を見せられるだけで、パブロフの犬のようにムラッとしてしまう。
しかし。
今は夏休みの宿題という最優先事項がある。
お互いの未来のためにも、性的なことに時間を費やしてる暇はないのだ。
僕は唯夏から目を逸らし、澄ました顔で返答する。
「別にそんなことないよ。唯夏には悪いけれど、僕はそう簡単には流されない」
「へえ……♡ それじゃあ私がどんな挑発をしても、叶実は欲情しないってことね?」
「もちろん。唯夏の挑発なんてもう慣れてるしね」
「これまで全敗なのに?」
そう言って。
唯夏はにやりと笑うと――突如カーペットにゆっくりと横たわり、両手をまっすぐに伸ばした。
「はぁ~~~。もう疲れて動けないや」
クラリと。
理性が揺れる音がした。
なぜなら唯夏がノースリーブで万歳したことで、白くて綺麗な『腋』がばっちり見えてしまってるからだ。ぐり100かつ腋フェチの僕からしたら、そんなの興奮せずにはいられない。序盤から何て強力なカードを切ってくるのだろう。
とはいえ。
いま本能に従ったら、僕の負けだ。
それに毎回唯夏の思い通りになっていたら、流石に彼氏の沽券に関わる。
だから僕は何とか煩悩を断ち切り、炭酸飲料よりも爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「疲れたよね。もう少ししたらお昼にしよっか」
「叶実の方こそ無理してない? これ、出さなくていいの?」
右足の親指で、正座で無防備になってるエクスカリバーをちょんちょん触られる。ルームパンツとインナーで守護されてるとはいえ、その焦れったい刺激は確かに伝わってくる。しかし絶対に負ける訳にはいかないので、僕は極めて紳士的に微笑む。
「今は……別にいいよ。それよりも他にやるべきことがあるからね」
「そうなの? 私のこと、こちょこちょしなくていいの?」
ブチリと。
脳味噌の血管が切れる音がした。
こちょこちょ。
くすぐりフェチにとって、興奮の引き金となるオノマトペ。
その6文字を耳にするだけで、僕の中に眠ってる怪物が目覚めてしまう。
まして発言者は、ぐら100の可愛い彼女。
くすぐりフェチの
もちろんそれを見逃す唯夏ではない。
「ふふ、叶実の変態♡ 私はただ『こちょこちょ』って言っただけなのに、こんなに硬くなっちゃうんだ♡」
「……気のせいじゃない?」
「へえ~~♡ そうやって見栄張るんだ~~♡ ところでさ……さっきから私の『腋』、ずっと見てない?」
ドロリと。
全身にマグマのような熱い感情が流れていく。
僕の中の怪物が動き出し、まともな理性を溶かし始めていく。
腋。
もうその単語を異性の口から聞くだけで、とても興奮してしまう。
なぜなら僕は、極度の腋フェチだから。
むろんくすぐりと腋を天秤にかけたら、前者の方が下に傾く。しかし腋だけで賢者になれるのも
しかし――まだ。
まだ最後のストッパーは、外されていない。
今ならまだ、正常な人間に戻れる。
僕は精いっぱい怪物を抑制し、落ち着いた口調で答える。
「それは……唯夏がそんなポーズをしてくるのが悪い」
「ふうん♡ そんなにえっちかな? 私の――」
そこで言葉を区切って。
唯夏は意地悪く微笑み、破壊力抜群のワードを放つ。
「わ・き・の・し・た♪」
グサリと。
僕の性癖に、その五文字がぶっ刺さる。
なんて。
なんてエロいんだろう――この幼馴染は。
こんなの、反則すぎる。
全ての言動が、僕の理性を狂わしていく。
けれど――
「……唯夏。もうこんなことはやめよう。僕はこれ以上、自分を抑えられる自信がない」
「抑えなくていいんだよ? 叶実の欲望、私に全部ぶつけてよ」
「…………」
「ま、仮に腋をくすぐられたとしても、私は絶対に笑わないけどね♡ こちょこちょなんて所詮は子供の遊びでしょ? 私には全く効かないし、あんなの余裕で耐えられるから♪」
カチリと。
そのあまりに生意気すぎる台詞が、ついに僕の最後のストッパーを外してしまった。
これはもう。
これはもう――分からせるしかないだろう。
誰がどう見ても分からせ案件。
分からせルート一直線である。
逆に分からせなければ、この激しく燃えるような感情を鎮めることができない。
今はただ、天災の如く荒ぶるぐり欲に支配されている。
僕はその場からゆっくりと立ち上がると――I字で寝転がる唯夏に近付き、目を
「覚悟はいい? 唯夏」
「あは。もしかして私……今日笑い死ぬ?」
「言い残すことはそれだけね。じゃあ早速始めるよ――」
「ひっ……待って!! まだ心の準備が――ひゃはあっ!?」
その直後。
耳を
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