第68話 急な来客

海の民の国マルシャル。三百年もの長きの間、鎖国政策を行っていたせいか、独自の文化体系が目立つ。


特に流通している貨幣は、エウベ大陸などで使用される共通の金貨・銀貨・銅貨ではなく、小判・丁銀・文銭という独自の貨幣制度を用いていた。


もし、順調にレイヴンの狙い通り開国の運びとなった際には、事前に為替レートも決めなければならない。

物価の違いも大きく影響するだろうから、その辺はニックの知見を当てにしていた。


最終的には、国交を結ぶ国同士が決める事だが、簡単なアドバイスくらいはできるようにしておきたかったのである。


その他、文化の相違で障害になりそうなことがないかは、実際にマルシャルの中に入ってから、考えるつもりだ。

そして、レイヴンたちが乗船する『ネーレウス号』は、海の民の巡視船の誘導の元、無事に入港する。


港に着くや否や、途中から同乗したゲントナーの案内で、そのまま、国家元首が住まう官邸へと連れていかれた。

用意された馬車に乗り込んだのは、レイヴン、クロウ、カーリィ、メラにアンナ。更にはスカイ商会のニックであった。


一方、モアナは、早々に別の馬車に乗せられ、別行動となる。レイヴンたちが官邸の入り口に立った際には、その姿は見当たらなかった。


いずれにせよ、すぐに合流できるものと判断し、レイヴンたちは案内されるがまま、元首官邸へと足を踏み入れる。

そこで、笑顔で出迎えてくれたのは、モアナの父親であり、マルシャルの元首ハウム・バーチャーだった。


「私がマルシャル国の元首を務めているハウム・バーチャーという者です。」

「これはご丁寧に。私がイグナシア王国『国王巡察使』のレイヴンです。と言っても、ここではモアナの仲間のレイヴンとだけ、認識してもらえれば十分です」


今回の訪問に関しては、イグナシア王国から、命を受けた立場ではない。そのため、肩書については不要なのだが、後から聞いていないという齟齬を失くそうと、伝えただけだ。


ここで、両者はガッチリと固い握手を交わす。だが、レイヴンは、目の前のハウムの笑顔の裏を勘ぐった。


謁見前、待たされた時間の中で、ゲントナーからの報告を受けているはずである。

であれば、レイヴンたちの来訪目的が、魔獣スキュラの討伐ともう一つ、開国にあると承知しているという事だ。


それでいて、笑みを絶やさないのは、何も交渉が始まったわけではないが、「まずは魔獣を倒してみせろ。お手並み拝見」と、言われているような気がしてならない。


さすがは一国の長。その雰囲気だけで、レイヴンは色々と考えされられてしまったのだ。

但し、力を見せろと言われれば、惜しみなく見せるつもりでいる。レイヴンは、早速、魔獣討伐について、切り出した。


「我々は、『海の神殿』に住まう魔獣を倒すためにやって来ました。倒した暁には、神殿へ入る許可をいただけますか?」

「それは勿論、構わない。ただ、『海の神殿』の中に入る目的を教えていただけると助かる」


ハウムの要請にレイヴンは、『アウル』という組織が、四大秘宝を狙っているという事を、包み隠さず話す。

奴らが、すでにその他の秘宝、『風の宝石ブリーズエメラルド』と『炎の宝石フレイムルビー』の二つを抑えている事も教えた。


それを聞いたハウムは、「ほう」と唸った切り、黙ってしまう。口を一文字に結び、ただ、ジッと天井の一点を見つめているのだ。


「では、魔獣スキュラを討伐することは、その『アウル』という組織に利することになりますか?」


魔獣は厄介な相手だが、『海の神殿』の門番としては優秀である。スキュラがいなくなれば、その謎の組織も活動しやすくなるのではないかと考えたのだ。


しかし、レイヴンは、肩をすくめて首を横に振る。


「残念ながら、『アウル』、ミューズ・キテラの仲間には、空間転移能力を持っている奴がいる。どういう制約を受けているのかまでは、分かりませんが、門番を素通りして中に入れる可能性がある以上、あまり関係ありませんね」


どこでも自由に行けるとまでは考えていないが、マァルと呼ばれた幼女の能力が判明していない以上、最大のリスクを考えた方がいい。

であれば、対策として、自分たちがいつでも『海の神殿』に入れるようにしておかなければならないのだ。


レイヴンの説明に「了解した」と言いつつ、ハウムは別の事を考える。

そして、思案を固めると、『アウル』について、再度、確認するのだ。


「先ほど、ミューズという名前を出したが、間違いないだろうか?」

「ええ。ミューズ・キテラで間違いありません」


この反応で分かるのは、間違いなくハウムは彼女の事を知っているという事である。

ミューズとの間に、何か因縁のようなものがあるのだろうか?


「・・・あの黒き魔女が絡んでいるのか・・・なるほど」

「それは、ミューズの事をご存知という事でしょうか?」


海の民の元首は、大きな溜息を一つついて、頷いた。

ハウムがこれから話すのは、半年ほど前の話。突然、マルシャルの首都バレリアに黒い歪みが生じ、そこから黒いドレスを着た黒髪の女性が現れ、周囲の住民は度肝を抜かれる。


悠然と佇む、その黒髪の女性は、「ミューズさま」と呼ばれていたそうだ。

突然、バレリアに登場した彼女の狙いは分からないが、不審者であることは間違いない。


すぐに衛兵が取り押さえに向かったのだが、誰一人、彼女に触れることなく地に転がされていった。

その状況を聞くと、レイヴンが体験した『砂漠の神殿』の時と酷似している。おそらく『支配ドミネーション』のスキルを使ったのだと推測できた。

身体的特徴からも、その女性はミューズ・キテラで間違いなさそうである。


「ミューズは何ために、この国に来たのですか?」

「彼女の狙いは、我が国のある人物にあった」

「ある人物?」


続きの話では、ミューズは群がる衛兵を寄せ付けず、一直線にある建物に向かったのだそうだ。

それは、マルシャルにある老舗の薬屋との事。

そして、堂々と薬屋の中に入ると、その店のメディシーという名の娘を連れ去って行ったのである。


「そのメディシーが、狙われた理由は何ですか?」

「私も後で知ったのだが、彼女は『調合ミキシング』という珍しいスキルを持っていたらしい。主に薬品作りに使用していたようだがね」


調合ミキシング』と言われて、レイヴンはハッとした。

それは『砂漠の神殿』で大精霊サラマンドラから聞いた話を思い出したせいである。


アウル』がどうして、神殿の四大宝石を狙うのか。

それは、『風の宝石ブリーズエメラルド』、『炎の宝石フレイムルビー』、『水の宝石アクアサファイア』、『地の宝石アーストパーズ』を集めて合成し、『奇跡の宝石ホープダイヤモンド』を錬成しようとしているのでないかと、サラマンドラは推測したのだ。


合成と調合の言葉の違いはあるが、ようは二つ以上の物質を一つにまとめるという能力に違いはないだろう。

これで、大精霊の推測と奴らの狙いが一致したような気がする。


やはり、『アウル』は『奇跡の宝石ホープダイヤモンド』を作るために、着々と準備を進めているようだ。

その件をハウムにぶつけると、非常に驚く。


奇跡の宝石ホープダイヤモンド』については、その噂を聞いたことがあるらしいが、作り出す方法は初めて知ったようだ。


その能力については把握しており、誰もが欲しがる恒久的に使用可能なエネルギー源。

使い方によっては、この世界を牛耳る事も可能だとハウムは見ていた。


そんな物を、正体不明の組織に渡せば、世界が大変なことになる事は間違いない。

どうやら本格的に『アウル』の野望は阻止しなければならないようだった。


世界を憂いでいるところ、慌ただしく、使用人が主人に急用を告げるためにやって来る。どうやら、呼んでもいない来客があり、その対応を相談しにきたのだ。


ただ、その努力も虚しく、その来客は許可なく、この部屋の入り口にまで来てしまう。


「騙されてはいけませんよ。この男こそ、『水の宝石アクアサファイア』を狙う組織の関係者ではないかという証言もあるのです」


そう言って、部屋の中に入って来たのは、ハウムの盟友であり、政敵でもあるモンクス・アバンダとその息子ライ・アバンダだった。


この二人の登場に、ハウムは肩をすくめ、レイヴンはモアナから聞いていた事前情報と照らし合わせる。

合致するのは、この国の重要人物だ。


どうやら、この場での話合いが重要ポイントになりそうである。

気合が入ったレイヴンは、逆に説き伏せなければならない相手が、向こうから現れて、好都合と捉えるのだった。

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