第67話 海の民の領域
海賊バルジャック兄弟のアジトを出発したイグナシア王国の貴族、ポートマス家が誇る最新鋭艦は、順調な航行で海上を進んだ。
間もなく海の民の領海に入るという報せを
鎖国中の領域、どのような出迎えを受けるか想像ができず、船内には、若干の緊張が走った。
砂漠の民の街ミラージュの手前では、迎撃の矢による洗礼を受ける。それと同様の事が起きるのではないかと懸念したのだ。
ただ、事前に自国の元首の娘、モアナが乗艦している事は信号旗で知らせてある。砂漠の民のような酔狂な考えを持たない限り、そう手荒な真似はされないことを期待した。
すると程なくして、海の民の巡視船らしき船が、二隻ほど現れ近づいて来る。その一隻からの音声が届いた。
「その船に警告する。貴艦は現在、我が国マルシャルの領域を侵犯している。直ちに転進されたし」
やはり、鎖国中だけあって、一族以外の船の入港は認めない方針のようである。それとも、ただの信号旗だけでは、モアナの存在は信用できないという事か?
しかし、このまま交渉のテーブルにもつけないとなると、レイヴンとしては方針を改めなければならなくなる。
『強引に行くか?それとも別の手段を考えるか?』
急いで、頭の中を整理していると、レイヴンの横をすり抜け、モアナが『ネーレウス号』の船首に立った。
「ごちゃごちゃ、うるさいよ。こっちは、海の民の怨敵、バルジャック兄弟の首を持って来ているんだ。自分たちで賞金を懸けておいて、いざとなったら、金の支払いを渋るとは情けないったら、ありゃしないねぇ」
この怒声に対する返信は、すぐにはない。モアナが言い放った件は、巡視船の船長では手に余る事案のようだ。
「バルジャック兄弟の首を検めることはできるだろうか?」
「ああ、見せることは可能だよ」
「であれば、ボートを出す。一名だけ、その
それには、「何だって!」とモアナがいきり立つ。が、素直に従った方がいいという結論をレイヴンが出した。
海の民としては、モアナ本人が乗船している事はすでに承知済み。
彼女の気性をよく知るため、強引な展開に持ち込まれるのを拒んだのだ。
結局、ここは代表として、レイヴンがボートに乗ることにする。
塩漬けにしたバルジャック兄弟の首が入った箱を二つ持って、
『ネーレウス号』に五、六人は乗れそうな大型ボートが横付けされると、
箱を二段重ねにして片手で持つと、レイヴンはゆっくりと縄梯子を下った。
その時、ボートの上に人影ができる。そして、次の瞬間、大きな衝撃とともに水しぶきが舞い上がった。
そのおかげでレイヴンは、海水をもろに被ってしまい、危うく首が入った箱を海に落としそうになってしまう。
縄梯子の揺れがようやく治まり、何が起きたか確認すると、何とモアナがボートの上に着地してるのが分かった。どうやら、甲板の上からボートに飛び乗ったようである。
しかもレイヴンが目撃したのは、お互い刀を抜き合い、喉元近くに刃を立て合っているモアナと海の民の水兵がいるのだ。
『おいおい・・・穏便に済ませるんじゃなかったのか?』
モアナの提案で、海の民の国には一隻の船で向かう事にした経緯がある。
その理由が、相手をあまり刺激したくないという理由だったはずだ。
モアナの今の行動は、その考えに反する行為としか思えない。
レイヴンが危惧しているところ、刃を向け合っている二人から笑い声が漏れた。
状況の変化について行けないため、しばらく様子見を決め込むと、モアナとその海の民の水兵は、刀を鞘に収めて熱い抱擁を交わす。
それには、ますます混乱するレイヴンだった。
「やはりゲン爺だな」
「ばれてしまいましたか、
この会話から、二人は旧知の間柄という事を周囲の者は理解する。続いて、二人は思い出話を語るには、このボートは手狭であるとし、『ネーレウス号』に一緒に上がろうとした。
ここで、縄梯子にぶら下がるレイヴンと、やっと目が合う。
「レイヴン、そんなにずぶ濡れになって、どうしたのさ?」
「・・・さあな」
モアナの身勝手な行動に呆れたレイヴンは、不貞腐れて説明を拒絶するのだった。
「紹介するよ。この人はゲントナー・バンブン。長年、実家に仕えてくれている家宰みたいなもんさ」
「それだけではありませんぞ。
「まぁ、そんな事もあったねぇ」
生徒としては不出来だったのか、そこら辺は、モアナは濁して誤魔化す。
レイヴンはカーリィから、タオルを受け取り、濡れた髪の毛を拭きながら、二人の会話を聞いていた。
先ほど、警告してきた海の民の水兵は、このゲントナーである。
あれが本心なのか、それともモアナに対する戯言だったのか、非常に気になるところだ。
「ゲントナーさん、俺たちは結局、マルシャルに入れるのだろうか?」
「まぁ、そこは問題ありますまい。ところで、どのような御用向きでこちらに来られたのでしょうか?」
先ほど、海の上で挨拶を済ませたレイヴンは、ゲントナーの言葉にひとまず、安堵する。
ただ、最終目的が開国にあると話すと、ゲントナーの顔は曇った。
「魔獣スキュラ討伐への合力は感謝するところですが、開国となると私には判断しかねますな」
「いや、そこは鼻から簡単じゃないと思っています。元首との面会はできそうですか?」
レイヴンの質問には、モアナが代わって答える。自身に満ちた表情を見る限り、結論は聞くまでもなかった。
「魔獣討伐は、海の民の悲願じゃ。国賓級の扱いを受けてもおかしくない。会わないというのなら、私が首根っこを捕まえてでも、レイヴンの前に連れ出す」
自分の父親に対して、とんでもない発言だが、これだけ豪語するならば、その言葉に間違いはないだろう。
但し、交渉はレイヴンたちの力を示してからだ。
どちらにせよ、その魔獣スキュラを倒さない限り、『海の神殿』にも入れないし何も始まらない。
「まぁ、そのような事態にならずとも、元首ハウムさまに会うことは叶います。今頃、その準備をなさっているはず。・・・巡視船に案内させますから、皆さんは船内でゆっくりとなさって下され」
ゲントナーの言葉通り、ボートを回収した巡視船は『ネーレウス号』の舳先に回り、誘導する仕草を見せた。
後は、この船について行くだけで、いいようである。これで、落ち着いてマルシャルに入国できるようだ。
ここで、レイヴンの思考は次の展開へと移る。
さて、元首ハウム・バーチャーとは、どのような人物か?
魔獣スキュラについても詳しい話を聞いておかなければならなかった。
マルシャルに着いてからも、やる事は目白押しである。
遠くに見え始めた陸地を前に、レイヴンは気合を入れ直すのだった。
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