第59話 デュークの遺品
窓のない薄暗い部屋。廊下の灯りでかろうじて、部屋の中を探ることができるが、見る限り、それほど広い部屋ではない。
どうして、自分がこんな場所にいるのか?
記憶を呼び起こすと、ポートマス家の庭園で行われた戦闘が頭の中に浮かんだ。
『そう、あの時、体の自由を奪われて・・・』
そこから先の記憶は曖昧だが、エルフィーと名乗った『
『・・・モアナさんは?』
段々、頭の中がはっきりしてくると、一緒にいた海の民の事を思い出した。
あの状況で、自分だけが誘拐されるとは思えない。慌てて探すと、すぐ隣の床の上で寝息を立てる人物を見つけた。
間違えようもなく、明らかにモアナであったため、慌てた自分が恥ずかしくなる。
灯台下暗しとは、まさにこの事だと、軽く反省するのだった。
アンナはともかくモアナを起こして、情報を共有しようとする。体を軽くゆすると、彼女は、まぶたを擦りながらすぐに目覚めた。
起き抜け、自分の置かれた現状に驚くモアナは、次の瞬間、自身で両肩を抱いて震えだす。
眠らされている間に、こんな部屋に閉じ込められれば、それは不安になるはずだ。
モアナのリアクションは、そのせいだと思っていたが、どうもこの海の民の怯え方は尋常ではない。
そこでアンナは、以前、ポートマス家の長男デュークとともにモアナが、バルジャック兄弟に捕らえられていたという話を思い出した。
その時の記憶が、モアナの中で蘇っている可能性を考える。
だとすれば、やはり海賊のアジトに連れて来られたという事だ。
「モアナさん、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫よ、ごめんなさいね。本当は年上の私がしっかりしないといけないのに・・・」
「それは気にしないでください。・・・それより、何かを思い出したのですか?」
「・・・駄目みたい。記憶はないけど・・・ただ、嫌なの」
モアナは、牢獄の中を改めて見回した後、首を左右に振る。本能的に拒絶する気持ちがあるのだが、なぜ、その感情が生まれるのかが分からないのだ。
時折、頭が痛くなるのと、体の震えが止まらない。
そして、この場所には長くいたくないという気持ちだけが抑えられなかった。
その二人がいる牢獄に近づく影がある。その人物は、突然、檻に手をかけ中に入っているアンナとモアナを驚かせた。
「なるほど、そういう訳か。道理で、あの跳ねっかえり娘が大人しいはずだ」
誰か分からないが、身なりや雰囲気から、ここの海賊の中でも上役的存在なのだという事は、察しが付く。
その口ぶりから、モアナの事を知っているようだが、なんせ人相が悪いため、警戒心が先に立ってしまうのだ。
それでもアンナは、勇気を振り絞って質問をする。
「あなたは誰ですか?・・・それと、モアナさんの事をご存知なのでしょうか?」
「ん?俺の名はハイデン・バルジャックさまよ。そいつは『戦闘狂』とも呼ばれた女だ。よく知っているぜ、お嬢ちゃん」
アンナのことを気にいったのか、いやらしい目つきで見つめるハイデン。森の民の少女は、身の毛がよだつ思いをするのだった。
牢屋の奥で、女性二人が身を寄せ合う。
そんなアンナとモアナの様子を、ハイデンは軽く鼻で笑った。
「ふん。記憶を失くして剣の達人も見る影がねぇな。デュークの野郎の事もすっかり、忘れちまったってか。わっはっは」
「・・・デューク・・・」
その名前を口にするとモアナは頭を抱える。そう言えば、彼女の前ではかつての婚約者の名前は、誰も話していなかった。
ポートマス家では、意図的に聞かせていなかったのかもしれない。
頭を押さえて、悶え苦しむモアナを見て、アンナも黙っていられなくなった。
「モアナさんの心の奥底にある感情を逆なでするのは、止めて下さい。彼女が、こんなにも苦しんでいるじゃないですか」
「けっ、その女が勝手に苦しんでいるだけだろう。・・・それに俺たちは、この女のおかげで、色々と痛い目に合っている。苦しむ姿を見られて、せいせいするってもんだ」
モアナの苦痛を訴える姿を見て、悦に入るハイデンは、更に調子に乗る。ある物を二人に見せるのだ。
「ほら、じゃあ、この刀も覚えていねぇんだな」
そう言って見せた刀の鞘には、『
だが、記憶がないはずのモアナの目は大きく見開かれて、その刀に釘付けになる。
「少しは覚えがあるのか?・・・そうさ、この刀は、お前の愛しの男の刀だ」
何と悪趣味なハイデンは、記憶を失っているとはいえ、かつての婚約者の遺品を遠慮もなく見せつけたのだ。
「ああああああっ」
モアナは膝を折り、伏して大きな叫び声を上げる。それを優越感に浸りながらハイデンは見下ろした。
「お前には散々、煮え湯を飲まされたからな。これから、もっといたぶってやるぜ」
そう言うと、ようやく、ハイデンはこの場を立ち去ろうとする。それを見て、アンナがホッとしたのも束の間、すぐに引き返してきた。
「そう言えば、お前らの仲間がこの島に向かってきているようだが、兄者のスキルで皆殺しにされるはずさ。変な希望を持つんじゃねぇぜ。」
そして、嫌がらせとしては、極めつけ。先ほどの『千鳥』をモアナの目が届く檻の前に置いて行ったのである。
「どうせ、もう刀は振れないんだろ?ゆっくりと、眺めているんだな」
憎たらしほどの高笑いをしながら、今度こそ、本当にハイデンはいなくなった。
さぞいい気分で立ち去ったつもりだろうが、バルジャック兄弟の弟は、ここで大きなミスを二つも犯す。
一つは、レイヴンたちが来ていると教えた事。
それまで、不安とハイデンに対する嫌悪感で沈んでいたアンナの気持ちが、一気に息を吹き返した。
『希望を持つなですって?希望以上の安心しか持てませんよ』
アンナは、レイヴンが近くに来ていると考えただけで、心にゆとりが生まれる。大きな安心感に包まれたのだった。
「モアナさん、大丈夫です。レイヴンさんが来てくれているのなら、もう助かったも同然ですよ」
伏しているモアナを勇気づけようと、アンナが声をかけたのだが、反応がない。
相当なショックを受けているようだ。記憶がなくても、やはり大切な人の遺品。体が覚えているのだと思われる。
アンナは、『千鳥』がモアナの目に入らないように、檻の隙間から手を伸ばして、出来るだけ遠ざけようとする。
体が小さいため、手足も短く、思いっきり伸ばす森の民の少女に、待ったがかけられた。
「え?」
「あの野郎、最後に大失敗をしでかしやがったな」
アンナが振り返ると、そこには柔和な顔つきをしていたはずのモアナの表情が一変している。口調も、百八十度、変わってしまったようだ。
「今まで、情けない姿を見せちまって、悪かったね」
「・・・いえ、記憶が戻ったのですか?」
「まぁね」
これがハイデンが犯した二つ目のミスにして、命取りにもなるうる最大の失態である。
頷いたモアナは、アンナと場所を代わり、『千鳥』へと手を伸ばした。手元に引き寄せ、胸に抱くと静かに目を閉じるのだった。
それは遺品との出会いを喜んだのか、デュークへの惜別の想いにかられているのか、アンアには分からない。
ただ、刮目した後のモアナの顔には、毅然とした決意のようなものが感じ取れた。
「この刀があれば、こんな牢なんか訳ないよ」
鞘から抜き身にすると、気合一閃。
鉄でできていると思われる檻を、モアナは難なく切り裂いた。
これで脱出口が出来上がる。
「あんたの仲間も来ているんだろ?私たちも参戦するよ」
「はい。分かりました」
『千鳥』を手に、駆け出したモアナの後ろをアンナが追った。
捕まった時は、こんな展開が起こるなんて思いもしない。レイヴンによって、もたらされた助かるという安心から、モアナの復活によって勝利という確信に変わる。
アンナの中の希望が、どんどん膨らんでいくのだった。
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