第60話 上陸からの戦闘開始

稲妻の雨をかいくぐって、激走するポートマス家の最新鋭艦。

浮沈艦が如く、水面を進むさまはバルジャック兄弟の兄オロチに衝撃を与えた。


雷電ボルト』という、これまで対艦隊戦では無敵の強さを発揮していたスキルが、通用しなかったのである。

これまでの相手とは、一味違うという認識を持って、彼は迎え撃つことにしたのだった。


対して、レイヴンたちが乗船する『ネーレウス号』は、海賊のアジトとなっている小島に悠々と乗りつける。

船体は、ほぼ無傷の状態。これは全て、レイヴンのスキルのおかげだった。


この順調すぎるスタートに港町ダールドの正規軍は、これ以上ないというくらいの盛り上がりを見せる。

勢いそのまま、船からは、次々と乗組員が下船し、初の上陸に総勢二十名の水兵から鬨の声が上がった。


いよいよ、陸上戦が始まるのだが、首魁であるバルジャック兄弟の相手は、レイヴンたちの役目。ダールドの水兵たちは、打合せ通り、そのための露払いに専念する。

レイヴン、カーリィ、メラをガードするように、水兵たちの壁ができ上るのだった。


迎え撃つ海賊どもは、攻められる立場となるのは初めての事である。敵の整然とした陣形を前に、少々、浮足立つ場面が見られた。

そんな雰囲気を、弟のハイデンが一掃する。


「てめぇら、一隻、乗り込まれたくらいでビビってんじゃねぇ。こっちの方が、人数は多いんだ、取囲んで殺しゃいいんだよ」


この鼓舞が利いたのか、海賊たちは気勢を上げてダールドの水兵に迫って行った。

そこに、ひょっこり、部隊の陣形を割って黒髪緋眼くろかみひのめの青年が現れる。


出て来たのは、それほど屈強そうにも見えない男。「一人で、いったい何が出来る?」と海賊たちは舐めてかかるが、ハイデンとともにダールドを攻めた者たちは、急に青ざめた。


『あいつは、港町で後から、援軍でやって来た男に間違いない。』


不思議なスキルの使い手で、首魁の一人であるハイデンの『猛毒ヴェノム』を再現して見せた。散々な目に合わせてくれたのである。


「止まれ、奴は『黒い翼ブラック・ウイング』だ。近づくな!」


たまらず海賊の一人が、そう叫ぶが、そんな聞きなれない名前を言われたところで、誰も気にする訳がなかった。半数以上の海賊たちは、突撃を止めない。


ところが、仲間からの次の言葉を聞くと、恐怖におののくのだった。


「ハイデンさまと同じ『猛毒ヴェノム』を使うぞ!」


先頭の海賊は、それを早く言えと言いたかったかもしれないが、もう遅い。

レイヴンの射程に入ってしまっているのだ。


返品リターン


聞いたことがない呪文だが、間違いなく海賊たちは『猛毒ヴェノム』のスキルを喰らう。

注意喚起も虚しく、三十人近い荒くれ者たちが、次々と戦闘不能になるのだった。

これで、ダールド側の数の不利は、一気に解消される。


船長キャプテンチェスター、残りの雑魚は、任せるよ」

「分かりました。首領の方を、お願いします」


レイヴンによって、勢いを削がれた海賊たちは、ダールド側の水兵に飲み込まれた。

その隙をついて、レイヴンとカーリィ、メラはハイデンの方に近づいて行く。

強面の海賊のリーダーの前に立つと、レイヴンが吠えた。


「おい、お前は確か、弟の方だったよな?連れ去ったアンナとモアナを返してもらうぜ」

「ちっ、調子に乗るんじゃなぇよ。言っておくが、俺に『猛毒ヴェノム』は効かねぇぞ」


スキルホルダーは、基本、自分のスキルに対して耐性を持つのは、当たり前の事である。

ただ、毒が利かないというのは、お互いさまだ。


ハイデンが、何か特別な派生スキルを持っていない限り、『猛毒ヴェノム』の毒は、レイヴンにとって解毒可能な範疇なのである。


「そいつは、奇遇だな。俺もお前の毒なんか、効かないぜ」

「ぐっ・・・」


ダールドの浜辺で、簡単に解毒されたのをハイデンは目撃していた。

しかも、この『黒い翼ブラック・ウイング』と呼ばれた男には、別の攻撃手段もある。それで、仲間が大きな被害を受けたのだ。


この強敵の登場に、ハイデンは言葉を詰まらせる。打つ手がないため、ダールドの浜辺では、尻尾を巻いて逃げたのだ。

今回も同じで、対応に苦慮する。静かになったバルジャック兄弟の弟に、レイヴンは余裕を持って、にじり寄った。


「もう一回、言うぞ。連れ去ったアンナとモアナを返してもらうぞ」


ハイデンは気圧されて、後ずさり始める。彼のプライドは、大いに傷つけられるが、命あっての物種だ。

どうすることもできない事実は、逆立ちしても変わらないのである。


そこに・・・


「お助けしましょうか?」


やって来たのは、エルフィーだった。シルクハットをかぶり、ステッキを持った出で立ち。

どこをどう切り取っても海賊のようには見えなかった。


首領の一人と目されるハイデンに対する態度からも、この海賊の一味ではないことは容易に想像がつく。

そこから、レイヴンはある仮説を導き出した。


それは、この男こそがアンナとモアナを連れ去った張本人ではないかという事である。

レイヴンは、かなり高い確率で、この紳士然とした男が『アウル』の一員ではないかと予想した。


そのまま、様子を覗っていると、どうやら、対峙する敵が変わりそうな気配がする。

ハイデンは、外聞もなく立ち位置をエルフィーと入れ替えたのだ。


正直、気に入らないエルフィーに助けられるのは癪だったが、背に腹は代えられない。ハイデンは、協力体制という名目の元、このえせ紳士を利用することにした。


「それじゃあ、エルフィー。お前は黒髪をやれ。俺は赤髪の女、二人を相手する」


分が悪い相手を押し付けると、与しやすいと考えるヘダン族、二人を指名する。

強面の海賊男は、メラが気に入ったのか、好色な目つきで舐め回した。


ハイデンは、どうも小柄な女性が好みのようだが、そんな事は知ったこっちゃない。

この調子のよさに女性陣は、閉口するのだ。


一方、レイヴンを相手にすることになったエルフィーは、陽気にステッキを一回転させたのち、シルクハットを脱いで、頭を下げる。


「あなたの相手をすることになったエルフィーという者です。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「ああ、もしかして、あんた『アウル』か?」

「ご名答。いかにも私、『アウル』のメンバーでございますよ、レイヴンさん」


という事は、漏れなく厄介なスキルホルダーという事だ。

何のスキルか分からないが、レイヴンが気になったのは、アンナとモアナが連れ去られた場所、庭園に争った形跡がなかったことである。


弱みを握られて、言う事を聞かされたのでなければ、何か精神に影響を及ぼすスキルホルダーという事が考えられた。

それこそ、アンナの『子守歌ララバイ』のようなスキルである。


得体の知れない相手に、無闇に近づく愚を犯さず、レイヴンは距離をとってエルフィーを観察する事にした。

一挙手一投足を見逃さないと、ジッと見ていたのだが、突然、自分の体のある異変に気付いて、舌打ちをする。

何と、体の自由が利かなくなってしまったのだ。


「何をした?」

「私のスキルは『香水パフューム』です。その一つ『麻痺香パラリシス』を使わせていただきました」


その説明で、この鼻に残る匂いがレイヴンの体に悪さしているのだと察した。

だが、そのカラクリを知ったところで、時すでに遅し・・・


エルフィーの術中にはまってしまった黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、敵がゆっくりと近づいてくるのを、大人しく待つことしか出来ない。


レイヴンは、ステッキの中の仕込み刀を煌めかせながら近づく、『アウル』の一員を、ただ睨み返す事しかできないのだった。

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