第42話 サラマンドラによる恩恵

千年以上前、ベルと出会った時と同じ人の姿かたちで、精鎮の間に入室して来たサラマンドラ。

涙顔のベルは、彼の意図が分からず当惑する。


『どうして、その姿なの?』

「悪かったのは、我の方だ。・・・だから、この姿で謝りたかった」


何を今さらといった感じで、ベルはそっぽを向いた。サラマンドラは、そんなベルを後ろから抱きしめる。

霊体のベルに通常、触れることは出来ないのだが、精霊のサラマンドラだからこそ出来る芸当だ。


「・・・くっ」


そのサラマンドラ、一瞬、苦痛の表情を見せる。霊体とはいえ、ベルの『無効インバルド』のスキルは、未だ健在であった。


『離して下さい。あなたが苦しむだけです』

「そう思うのなら、我と同調するように努めるのだ」


ベルが驚いた表情を見せ、すぐに頭を振る。今回、カーリィに『同期シンクロナス』のスキルが発現したが、本来、簡単に派生スキルなど、得られるものではないのだ。

可能性も低ければ、それこそ、得られるとしても、いつの話になるか分からない。


「どれだけ、長くかかっても構わん。人の子に耐えることができたのだ。大精霊たる、我に出来ぬ道理がない」


そう言うとサラマンドラは、ベルを抱きしめる腕に、ぐっと力を込めた。

初めて感じると言っていいサラマンドラの温もりに、彼女は心地よく身をゆだねる。

大昔、こうなることをどれほど夢見たことか・・・


「本当にすまなかった。・・・あの時、我がこうしていれば・・・」

『・・・いえ、もう何もおっしゃらないで下さい・・・』


千年以上、霊体として過ごしたベル自身は、精霊と同じくエレメンタル体に近い。

ベルの体は、次第にサラマンドラと同化をし始めるのだ。そして、彼女の中に大精霊の精神が流れ込んでくる。


『・・・あなたもこの千年間、随分と悩んでいらしたのね・・・』


そして、ついにカーリィとレイヴンの時と同じく、古の恋人、二人からまばゆい光が発せられ辺りを包むのだった。


「これが『同期シンクロナス』か・・・何と快然たる気分であろうか」

『それは、私もです』


千年以上の時を経て、ようやく二人の恋が実を結ぶ。それに伴って、ベルが精霊化するのだった。

サラマンドラと同化した恩恵によって、彼女の精神が昇格したのだと思われる。


炎の宝石フレイムルビー』もベルの怨念から解放され、まばゆいばかりの輝きを取り戻した。それを手に二つの精霊は、宙を楽しそうに飛んで行く。


おそらく、サラマンドラの石像があった大広間へと戻ったと思われる。

彼らを追うようにレイヴンとカーリィも精鎮の間を出た。


その大広間には、サラマンドラの石像ともう一つ、ベルの姿をかたどった石像が新しく立っている。

事のあらましを知らない、メラ、アンナ、クロウは、突然の現象に、ただただ驚くばかりだった。

そこに二人の姿を認めたメラが話しかけてくる。


「姫さま、儀式の方はどうなったのでしょうか?」

「成功よ。・・・そして、今後は精鎮の儀式は不要になったわ」


理由は分からないが、いつの間にか祭壇の台座に安置されている『炎の宝石フレイムルビー』が放つ輝きは本物。その光りを見る限り、カーリィの言う事に疑いようはなかった。


儀式を達成し、この通りカーリィも生きている。その奇跡にメラとアンナは感動した。

思わず、二人ともカーリィに抱きつくのだが、アンナが不思議な顔をする。


「『同期シンクロナス』というスキルを得たの。これで、『無効インバルド』は相手を選べるようになったわ」

「そうなんですか!・・・カーリィさんは凄いです」

「これもレイヴンのおかげよ」


弟のクロウを定位置の肩に乗せたレイヴンは、いきなり注目を浴びて、鼻の下を擦った。

若干、照れているのと上手くいってホッとしているのと、半々の様子である。


「これで、私を救ってくれたのは二回目ね。ヘダン族の誇りにかけて、生涯の忠誠を誓うわ」

「不肖、このメラも同じです」


ヘダン族の二人が、臣下の礼よろしく片膝をついて、頭を下げた。

その様子にレイヴンは、慌てる。


「忠誠なんて、止めてくれ。・・・仲間の中に上も下もない」

「そう言うと思ったけど、これは私の気持ちの問題。私の命は、あなたのために使うわ」

「いいや、ありがたいが、自分のために使ってくれ」


この話は平行線。考え方、心構えの問題でもあるため、お互い説き伏せることは出来ないのだ。

いずれにせよ、どうせピンチの時は命を賭して、助け合うことになる。

議論するだけ無駄な話だった。


「礼の件ならば、我からもさせてほしい」


そこにサラマンドラの声が神殿の中に響く。レイヴンが解決したのは、単に今後、精鎮の儀式が不要になったというだけではないのだ。


「カーリィの命を救うためにやったこと。あんたの件は、ついでなんだから、別に気にしなくていいぜ」

「がっはっは。相変わらず、不遜よのう。だが、今となっては、そのもの言いも気持ちよく感じるのだから、奇妙な話だ」


大精霊とレイヴンの会話は、周囲で聞いている方は、ハラハラする。しかし、いつの間にか、それが当たり前のように聞こえるのだから、不思議であった。


それは、どんな権力であっても、打算的に媚びる様子がレイヴンには、見られないせいかもしれない。

イグナシア王国のラゴス王に対しての態度もしかりだ。


そんなレイヴンに対して、礼をしないのは沽券に係わるとばかりに、サラマンドラは食い下がる。


「お主に損はさせぬ。我の力の一部を授けようと思うだけだ」

「ああ、それなら、カーリィに渡してくれ」

「そう言うのであれば、それで構わぬ」


すると、ベルがレイヴンの前に現れて、紅い宝石が装飾されたヘッドティカを渡された。

面倒だが、これをカーリィにつけて上げろと言うのだ。


仕方なく、レイヴンは言われた通り、彼女の頭に装着してあげると、オーダーメイドのようにサイズがピッタリと合う。


『レイヴンさん、一言、言ってあげるのがマナーですよ』


何ともうるさい精霊だと思いながらも、ここまで来たら、最後までだ。


「カーリィ、似合っているぜ」

「ありがとう」


向こうが照れた顔をするので、レイヴンまでつられてしまう。気を紛らわせるために、サラマンドラに質問をするのだった。


「この装飾には、どんな能力があるんだ」

「ふむ。一言で言うと炎耐性が上がる。彼女は紐使いだそうだが、その紐も同様だ。あとは、炎を操れるようになるな」


ということは、以前、クロウが火の鳥となりカーリィの紐を焼き切ったことがあったが、それができなくなるということである。

能力が格段に上がったことは間違いない。


これで、大団円。カーリィの命を助け、精鎮の儀式も終了。おまけでサラマンドラの能力まで授かった。

すべて上手くいったところで、レイヴンたちは『砂漠の神殿』を引き上げようとする。


その矢先、神殿に侵入した一団の存在に気づき、精霊二人が警鐘を鳴らした。

誰だ?レイヴンも警戒すると、そこに現れた者の中には、豪華客船で知り合った二つの顔もあるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る